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第38話:定期点検計画とオーパーツ ~拾ったガラクタを『神器』と呼ぶのはやめてください~

本日一話目になります。

「ふぅ……やっと解放されたか」


俺は学園の医務室前にあるベンチに深く腰掛け、天井を仰いだ。


あの後、ロイド教諭へのガス爆発説の虚偽報告は、なんとか受理された。

正確には、あまりにも杜撰な嘘だったが、凛とカイ、そして被害者である一条葵の証言があったため、教師側も追求を諦めたのだ。


「お疲れ様。……君の口八丁には、僕も舌を巻くよ」

「口八丁じゃない。状況に応じた柔軟な報告と言ってくれ」


隣のカイから渡された缶コーヒーを受け取り、プルタブを開ける。

カフェインが疲れた脳に染み渡る。


「……ねえ、佐藤くん」


向かいのベンチに座っていた北条凛が、恐る恐る口を開いた。

その視線は、俺の膝の上に置かれた道具袋に釘付けになっている。


「あなたがダンジョンで使っていた、あの黒い箱(テスター)……あれは一体何なんですの?」



「ん? ああ、こいつか」


俺は無造作に道具袋から、例のブツを取り出した。

黒いプラスチックの筐体に、赤いデジタル表示板。配線が一部剥き出しになっており、絶縁テープで補強された、見るからに怪しい機械だ。


「ジャンク屋で拾った魔導計算機の基板を改造した、ただの多機能テスター(魔力解析機)だよ。ガワなんて100均のケースだし」

「テ、テスター……?」


凛が顔を引きつらせる。


「ただの……とおっしゃいました? それで、人の魂の構造(ソースコード)を解析し、あまつさえ神の認証システムすら可視化していましたわよね……?」

「まあ、電圧(魔力圧)抵抗(干渉値)を測って、波形を表示するだけですから。大した機能じゃないですよ」


俺はスイッチを入れ、ピッ、と電子音を鳴らしてみせた。

同業者パーティメンバーである彼女には隠す必要もないだろう。どうせ中身を見ても理解できないはずだ。


「嘘……信じられませんわ」


凛が青ざめて後ずさる。

(人の魂を数値化して読み取るなんて……そんな芸当、国宝級のアーティファクト真実の魔眼(ヴェリタス・アイ)ですら不可能ですわよ!? それを、ジャンク屋の廃材で作ったですって!?)

彼女の戦慄が聞こえてきそうだ。


この世界の魔道具は神秘をベースに作られている。

だからこそ、俺のような論理回路ロジックで組まれた電子機器は、彼女たちにとって未知のオーバーテクノロジー(魔法を超えた魔法)に見えるらしい。


「君の改造の定義、辞書で引き直した方がいいかもね」


カイが呆れたように眼鏡を直した。


「航にとってはガラクタでも、魔導院の研究者が見たら卒倒する代物だよ。……絶対に他人に見せるなよ? 戦争になる」

「大げさだなあ。ただの便利な工具だってのに」


俺は肩をすくめ、テスターを雑に袋へ放り込んだ。

彼らがこのガラクタを神器オーパーツ扱いしているとは露知らず。



ガラッ。


医務室のドアが開き、一条葵が出てきた。

検査入院(念のため)を終えた彼女は、制服姿に戻っていたが、その表情は以前の険しいものとは別人のように晴れやかだった。


「お待たせ。……みんな、待っていてくれたのね」

「先輩、お体は大丈夫ですか?」

「ええ。驚くほど快調よ。体が軽すぎて、飛べそうなくらい」


葵はクルリと回ってみせる。

その肌は内側から発光するように艶やかで、魔力の輝きが以前とは桁違いだ。完全に最適化された状態である。


「それは何よりです。……では、これを」


俺は鞄から一枚のA4用紙(レポート用紙)を取り出し、葵に差し出した。

さっき待合室でサラサラと書いたものだ。


「これ……?」

「一条葵・定期保全計画表(年間スケジュール)です」


俺は事務的に説明を始めた。


「先ほども言いましたが、偽装パッチの有効期限は約90日です。

次回メンテナンス日は9月10日までに実施。その間、今日から1ヶ月後に中間点検を行います。放課後、僕の指定する場所(空き教室)に来てください」


俺は赤ペンで書かれた注意事項を指差す。


「最も重要なのはここです。『禁止事項:他者による魔力回路への干渉厳禁』。学校の身体測定や、保健室での魔力検査は拒否してください。下手に触られると、偽装コードがバグって暴走します」

「……!!」


葵は、その紙切れを震える手で受け取った。

まるで、神から授かった啓示か、あるいは愛の誓約書であるかのように。


「分かったわ。……このスケジュール、魔導手帳スマホのカレンダーに入れて、通知設定も『最優先』にしておくわね」

「ええ、忘れないでください。命に関わりますから」


「(忘れるわけないじゃない。……次のデート(点検)は1ヶ月後……ふふ、待ちきれないわ)」


葵が紙を胸に抱きしめ、うっとりと頬を染めている。俺は「ちゃんと伝わったかな?」と少し不安になったが、まあ同意は得られたので良しとした。



「ありがとう、佐藤くん。……で、私の命と人生を救ってくれた対価だけれど」


葵が真剣な眼差しで俺に向き直った。


「一条家の資産の半分……いえ、私の持てる全てを譲渡するわ。何がいい?」


一条家といえば、この国でも指折りの名家だ。その資産半分といえば、一生遊んで暮らせる額だろう。

だが、俺は即答した。


「いりません。税金対策が面倒くさいし、贈与税で破産します」

「えっ? でも、それじゃ私の気が済まないわ!」

「じゃあ、これで手を打ちましょう」


俺は学園パンフレットの学食メニューのページを開き、指差した。


「月に一度、学食のプレミアム・ハンバーグ定食(850円)の食券を一枚。メンテのたびに、報酬として現物支給してください。……それなら受け取ります」

「え……?」


葵がキョトンとする。凛とカイも「は?」という顔をしている。


「ハ、ハンバーグ……? たった850円の……?」

「たった、じゃありません。俺の小遣いだと、あの半熟目玉焼き付きは高嶺の花なんです。……ダメですか?」


俺は真顔で聞いた。

これは切実な問題だ。定時退勤と美味しいご飯こそが、俺の人生の二大目標なのだから。


しかし、葵の脳内では、またしても通常言語が恋愛言語へと変換コンバートされていた。


(お金なんていらない。……彼が欲しいのは、私と一緒に食べる温かいご飯……? つまり、それって……)


葵の顔が、ボンッ! と音を立てそうなほど赤くなる。


(『胃袋を掴んでくれ(愛妻弁当)!』っていう遠回しなプロポーズ……!?)


「わ、分かったわ……!」


葵は潤んだ瞳で俺を見つめ、力強く頷いた。


「任せて。私、料理は得意なの。……あなたへの愛(ハンバーグ)、最高に美味しく仕上げてみせるわ!」

「? よく分かりませんが、交渉成立ですね」


俺は満足げに頷いた。これで来月から、月一の贅沢が確定した。



夕暮れの校門。

俺たちはそこで解散することになった。


「じゃあ、俺は帰って寝ます。明日は有給取りたい気分だ……」

「ええ、また明日ね。……私の管理者さん♡」


葵は、貰ったスケジュール表を宝物のように鞄にしまい、俺の背中に熱烈な視線を送っている。

その粘着質な視線は、完全に依存しきった者のそれだった。

その様子を見ていた凛とカイは、顔を見合わせて深々と溜息をついた。


「……カイ。わたくしたち、とんでもない怪物を野に放ってしまったのではなくて?」

「うん。……航の技術もヤバいけど、一条先輩の愛も大概ヤバいことになってるね」


カイは眼鏡を光らせ、遠ざかる航の背中を見つめた。


「彼を敵に回さないよう、北条家(と東条家)に進言しておこう。……あんなオーパーツ使いと喧嘩したら、国が滅ぶよ」

「同感ですわ。……お父様に連絡しておきます」


こうして、俺の知らぬところで「佐藤航=危険人物(取扱注意)」という評価が確定し、学園の勢力図が大きく書き換わろうとしていた。

俺はただ、ハンバーグのことを考えていただけなのだが。


GWまで後一日!みなさん、本日もご安全に!

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