第38話:定期点検計画とオーパーツ ~拾ったガラクタを『神器』と呼ぶのはやめてください~
本日一話目になります。
「ふぅ……やっと解放されたか」
俺は学園の医務室前にあるベンチに深く腰掛け、天井を仰いだ。
あの後、ロイド教諭へのガス爆発説の虚偽報告は、なんとか受理された。
正確には、あまりにも杜撰な嘘だったが、凛とカイ、そして被害者である一条葵の証言があったため、教師側も追求を諦めたのだ。
「お疲れ様。……君の口八丁には、僕も舌を巻くよ」
「口八丁じゃない。状況に応じた柔軟な報告と言ってくれ」
隣のカイから渡された缶コーヒーを受け取り、プルタブを開ける。
カフェインが疲れた脳に染み渡る。
「……ねえ、佐藤くん」
向かいのベンチに座っていた北条凛が、恐る恐る口を開いた。
その視線は、俺の膝の上に置かれた道具袋に釘付けになっている。
「あなたがダンジョンで使っていた、あの黒い箱……あれは一体何なんですの?」
◇
「ん? ああ、こいつか」
俺は無造作に道具袋から、例のブツを取り出した。
黒いプラスチックの筐体に、赤いデジタル表示板。配線が一部剥き出しになっており、絶縁テープで補強された、見るからに怪しい機械だ。
「ジャンク屋で拾った魔導計算機の基板を改造した、ただの多機能テスターだよ。ガワなんて100均のケースだし」
「テ、テスター……?」
凛が顔を引きつらせる。
「ただの……とおっしゃいました? それで、人の魂の構造を解析し、あまつさえ神の認証システムすら可視化していましたわよね……?」
「まあ、電圧と抵抗を測って、波形を表示するだけですから。大した機能じゃないですよ」
俺はスイッチを入れ、ピッ、と電子音を鳴らしてみせた。
同業者である彼女には隠す必要もないだろう。どうせ中身を見ても理解できないはずだ。
「嘘……信じられませんわ」
凛が青ざめて後ずさる。
(人の魂を数値化して読み取るなんて……そんな芸当、国宝級のアーティファクト真実の魔眼ですら不可能ですわよ!? それを、ジャンク屋の廃材で作ったですって!?)
彼女の戦慄が聞こえてきそうだ。
この世界の魔道具は神秘をベースに作られている。
だからこそ、俺のような論理回路で組まれた電子機器は、彼女たちにとって未知のオーバーテクノロジー(魔法を超えた魔法)に見えるらしい。
「君の改造の定義、辞書で引き直した方がいいかもね」
カイが呆れたように眼鏡を直した。
「航にとってはガラクタでも、魔導院の研究者が見たら卒倒する代物だよ。……絶対に他人に見せるなよ? 戦争になる」
「大げさだなあ。ただの便利な工具だってのに」
俺は肩をすくめ、テスターを雑に袋へ放り込んだ。
彼らがこのガラクタを神器扱いしているとは露知らず。
◇
ガラッ。
医務室のドアが開き、一条葵が出てきた。
検査入院(念のため)を終えた彼女は、制服姿に戻っていたが、その表情は以前の険しいものとは別人のように晴れやかだった。
「お待たせ。……みんな、待っていてくれたのね」
「先輩、お体は大丈夫ですか?」
「ええ。驚くほど快調よ。体が軽すぎて、飛べそうなくらい」
葵はクルリと回ってみせる。
その肌は内側から発光するように艶やかで、魔力の輝きが以前とは桁違いだ。完全に最適化された状態である。
「それは何よりです。……では、これを」
俺は鞄から一枚のA4用紙を取り出し、葵に差し出した。
さっき待合室でサラサラと書いたものだ。
「これ……?」
「一条葵・定期保全計画表です」
俺は事務的に説明を始めた。
「先ほども言いましたが、偽装パッチの有効期限は約90日です。
次回メンテナンス日は9月10日までに実施。その間、今日から1ヶ月後に中間点検を行います。放課後、僕の指定する場所(空き教室)に来てください」
俺は赤ペンで書かれた注意事項を指差す。
「最も重要なのはここです。『禁止事項:他者による魔力回路への干渉厳禁』。学校の身体測定や、保健室での魔力検査は拒否してください。下手に触られると、偽装コードがバグって暴走します」
「……!!」
葵は、その紙切れを震える手で受け取った。
まるで、神から授かった啓示か、あるいは愛の誓約書であるかのように。
「分かったわ。……このスケジュール、魔導手帳のカレンダーに入れて、通知設定も『最優先』にしておくわね」
「ええ、忘れないでください。命に関わりますから」
「(忘れるわけないじゃない。……次のデート(点検)は1ヶ月後……ふふ、待ちきれないわ)」
葵が紙を胸に抱きしめ、うっとりと頬を染めている。俺は「ちゃんと伝わったかな?」と少し不安になったが、まあ同意は得られたので良しとした。
◇
「ありがとう、佐藤くん。……で、私の命と人生を救ってくれた対価だけれど」
葵が真剣な眼差しで俺に向き直った。
「一条家の資産の半分……いえ、私の持てる全てを譲渡するわ。何がいい?」
一条家といえば、この国でも指折りの名家だ。その資産半分といえば、一生遊んで暮らせる額だろう。
だが、俺は即答した。
「いりません。税金対策が面倒くさいし、贈与税で破産します」
「えっ? でも、それじゃ私の気が済まないわ!」
「じゃあ、これで手を打ちましょう」
俺は学園パンフレットの学食メニューのページを開き、指差した。
「月に一度、学食のプレミアム・ハンバーグ定食(850円)の食券を一枚。メンテのたびに、報酬として現物支給してください。……それなら受け取ります」
「え……?」
葵がキョトンとする。凛とカイも「は?」という顔をしている。
「ハ、ハンバーグ……? たった850円の……?」
「たった、じゃありません。俺の小遣いだと、あの半熟目玉焼き付きは高嶺の花なんです。……ダメですか?」
俺は真顔で聞いた。
これは切実な問題だ。定時退勤と美味しいご飯こそが、俺の人生の二大目標なのだから。
しかし、葵の脳内では、またしても通常言語が恋愛言語へと変換されていた。
(お金なんていらない。……彼が欲しいのは、私と一緒に食べる温かいご飯……? つまり、それって……)
葵の顔が、ボンッ! と音を立てそうなほど赤くなる。
(『胃袋を掴んでくれ!』っていう遠回しなプロポーズ……!?)
「わ、分かったわ……!」
葵は潤んだ瞳で俺を見つめ、力強く頷いた。
「任せて。私、料理は得意なの。……あなたへの愛、最高に美味しく仕上げてみせるわ!」
「? よく分かりませんが、交渉成立ですね」
俺は満足げに頷いた。これで来月から、月一の贅沢が確定した。
◇
夕暮れの校門。
俺たちはそこで解散することになった。
「じゃあ、俺は帰って寝ます。明日は有給取りたい気分だ……」
「ええ、また明日ね。……私の管理者さん♡」
葵は、貰ったスケジュール表を宝物のように鞄にしまい、俺の背中に熱烈な視線を送っている。
その粘着質な視線は、完全に依存しきった者のそれだった。
その様子を見ていた凛とカイは、顔を見合わせて深々と溜息をついた。
「……カイ。わたくしたち、とんでもない怪物を野に放ってしまったのではなくて?」
「うん。……航の技術もヤバいけど、一条先輩の愛も大概ヤバいことになってるね」
カイは眼鏡を光らせ、遠ざかる航の背中を見つめた。
「彼を敵に回さないよう、北条家(と東条家)に進言しておこう。……あんなオーパーツ使いと喧嘩したら、国が滅ぶよ」
「同感ですわ。……お父様に連絡しておきます」
こうして、俺の知らぬところで「佐藤航=危険人物」という評価が確定し、学園の勢力図が大きく書き換わろうとしていた。
俺はただ、ハンバーグのことを考えていただけなのだが。
GWまで後一日!みなさん、本日もご安全に!




