第28話:その「まぶしすぎる朝」は、光害レベルの照度オーバーです
太陽光パネルの反射光並みの明るさです。
「ぐっ……うあぁっ……!!」
翌朝。
俺は自分のうめき声で目を覚ました。
起き上がろうとした瞬間、背中から肩、そして腕にかけて、焼けるような激痛が走ったのだ。
「いってぇ……。体がバラバラになりそうだ」
俺はベッドの上で、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えた。
原因は明白だ。昨夜の480 N・mだ。
スキル『施設管理』は、対象設備を強制的に仕様通りに動かすチート能力だ。
だが、それは魔法じゃない。俺の肉体を媒介にして、物理法則をねじ曲げているに過ぎない。
結果、無理やり引き出された筋力と、骨格にかかった負担は、きっちりと翌日に請求される。
「くそ……身体的経費が高すぎる。……労災認定してくれよ、マジで」
俺は重い体を引きずって、窓の方を見た。
まだ早朝5時のはずだ。だが、カーテンの隙間から漏れてくる光は、まるで真昼の直射日光のように強烈だった。
シャッ。
カーテンを開ける。瞬間、俺は目を覆った。
「……眩しっ!?」
窓の外、学園都市の中央にそびえる大魔導灯の塔。
その頂上から、直視できないほどの純白の閃光が放たれ、街全体を白昼のように照らし出していた。
「……あー。抵抗ロスがゼロになった分、これが本来の出力か」
俺はため息をついた。
設計値を超えたわけじゃない。これが仕様通りなのだ。
だが、住宅街(寮)のど真ん中に建設する光源としては、明らかに設計ミスだ。
「影響評価をサボったな、古代人め」
これじゃ安眠できるわけがない。
◇
這々の体で着替え、寮の外に出ると、そこは異様な光景だった。
「チュン……? チュンチュン……?」
まだ夜明け前だというのに、スズメたちが勘違いして鳴き始め、セミまで鳴いている。
そして、廊下ですれ違う生徒たちは全員、目の下に濃いクマを作っていた。
「……眩しくて一睡もできなかったわ」
「カーテン閉めても部屋が明るいのよ……」
「王宮の方から、すごい怒鳴り声が聞こえなかった?」
ゾンビのように登校する生徒たち。
これはもはや結界ではない。適切な照度管理ができていない、ただの光害だ。
「……完璧に直しすぎたな」
俺は痛む肩を回した。
職場(学園)の労働環境を守るのも、施設管理者の仕事だ。まさか、それを国レベルでやらかすとは。
「おい! 佐藤! ここにいたか!」
校舎の入り口で、目の下にクマを作った学園長と、なぜか満面の笑みを浮かべたガレン技師長が待ち構えていた。
「学園長室へ来い! 王宮からの使いが来ている! 大問題だぞ!」
◇
学園長室の重厚な机を挟んで、俺たちは対峙した。
王宮から派遣された使者――神経質そうな官僚は、充血した目で俺を睨みつけている。
「……単刀直入に言おう。明るすぎる!」
使者が机を叩いた。
「昨晩、陛下は不眠を訴えられた! 王宮の寝室にまで光が届き、アイマスクをしても眩しいと! おかげで城中の者が寝不足だ!」
「……」
「結界が復活したのは重畳。だが、これでは生活できん! 今すぐ光を弱めろ!」
俺はあくびを噛み殺しながら答えた。
「知るか。俺は仕様書通りに直しただけだ。文句なら、周辺環境を考慮せずに設計した100年前の設計者に言え」
「なっ……不敬だぞ!」
使者が激昂するが、その横でガレンが恍惚とした表情で口を挟んだ。
「まあ待たれよ。……ワタル様は、神の領域にある適正トルクを操るお方。あの光こそが、精霊の真の輝きなのです!」
ガレンは俺の方に向き直り、深々と頭を下げた。
「昨晩の御手並み、感服いたしました! あの無駄のない所作、そして『ヨシ!』という神聖な詠唱……! あれこそ魔導工学の頂点!」
完全に信者化している。気持ち悪いが、味方につけておいて損はない。
「……とにかく、修正は可能だ。だが、その前に」
俺は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、学園長の目の前に叩きつけた。
「精算が先だ」
◇
「……なんだこれは? 『セイキュウショ』?」
学園長が羊皮紙を手に取る。
そこには、昨晩の作業に関する詳細な明細が記されていた。
緊急夜間対応費(22:00~05:00): 基本給の200%(2.0倍)
緊急呼出特別手当: 金貨10枚(一律)
高所作業手当(地上50m): 危険ランクA
特殊環境作業手当(高電圧・魔獣戦闘区域):特別加算
技術指導料(ガレン技師長へのOJT): 一式
消耗品費(灯油・洗剤・ウエス・廃棄物処理費): 実費+諸経費(調達・管理手数料 20%)
「こ、こんな細かい数字……! なんだこの『深夜200%』とか『諸経費』というのは!?」
使者が目を剥く。
「ふざけんな。こっちは寝込みを襲われて、命懸けで現場に入ったんだ」
俺は使者を睨みつけた。
「日本の法律ですら深夜は割増だ。ましてや緊急呼び出しだぞ? 本来ならもっと吹っ掛けたいところだ。それに、材料だって俺が自前で調達・管理していた在庫だ。手配の手間賃を乗せるのは商売の基本だろ」
「ぐぬぬ……」
「払うのか、払わないのか。……払わないなら、あの塔のボルト、今すぐ全部緩めてくるぞ」
「は、払う! 払いますとも!」
学園長が慌てて金庫を開けた。
◇
ずっしりと重い革袋を受け取った俺は、ようやく表情を緩めた。
これで新しい腰道具(安全帯)と、そこそこの工具セットが買える。
「よし、商談成立だ。……光の問題を解決する」
俺はメモ用紙にサラサラと回路図を描いた。
「光を弱めるだけじゃ芸がない。自動制御を組む」
「しーけんす……?」
「今は24時間、常に100%で垂れ流しだ。これじゃ眩しいし、設備の寿命も縮む」
俺は図面をガレンに渡して説明した。
「爺さん、あんたの出番だ。魔力供給ラインに抵抗切替スイッチと、時間を計測する回路を組み込め。設定値はこうだ」
俺は三つの数値を書き込んだ。
1. 通常点灯モード(夕方~23時):出力『60%』
「今の100%は『異常事態』だ。6割もあれば十分明るいし、結界機能も果たせる」
2. 深夜・早朝モード(23時~6時):出力『30%』
「人が寝る時間は落とす。防犯灯レベルでいい」
3. 昼間・待機モード(6時~夕方):出力『20%』
「昼間だからってOFFにするなよ? 結界が消えるからな。最低限の出力で維持しろ」
「そして、魔獣襲撃時などの緊急時のみ、手動で100%にする。……わかるか?」
ガレンが図面を食い入るように見つめる。
「な、なるほど……! 常に全力ではなく、状況に合わせて出力を変える……。そしてそれを、時の砂時計と連動させ、自動で行うとは……!」
ガレンの手が震えている。
「これが自動化……! 神の発想だ!」
「現代のビル管理じゃ常識だ。……とっととやれ」
◇
その日の夕方。
ガレン指揮のもと、突貫工事で制御盤が取り付けられた。
「……時刻、18:00。通常点灯シーケンス開始」
俺が腕時計を見ると同時に、塔の光がボウッと灯った。
昨日のような殺人的な閃光ではない。街を優しく包み込む、適切な光量だ。
「おお……! 眩しくない! ちょうどいい明るさだ!」
「これなら夜も眠れる!」
「凄いわ! 魔法使いが張り付いてるわけじゃないのに!」
校庭に集まった生徒たちから歓声が上がる。
環境対策および省エネ化、完了だ。
「よし。通常時はこの自動モードで運転しろ。緊急時だけ手動で全開にすればいい」
俺は肩の荷が下りた気分で、塔を見上げた。これでようやく、俺の平穏な日常が戻ってくる。
「ワタル様! お疲れ様でした!」
ガレンが駆け寄ってきた。その手には、黒く汚れた布切れが握りしめられている。
「あの、ご相談が……。この、ワタル様が昨晩使われた聖なる布を、我が家の家宝にしてもよろしいでしょうか!?」
それは、俺がサビと油を拭き取って捨てた、ただのウエスだ。
あの独特の油の匂いを、こいつはまだ神の香りだと思っているらしい。
「……はぁ」
俺は深い、深いため息をついた。
「好きにしろ。……ただし、油染みてるから自然発火するぞ。金属製の密閉容器に入れて保管しろ」
「ははーっ! ありがたき幸せ!」
汚れたウエスを押しいただき、涙を流して喜ぶ国の最高権威。
その姿を見て、俺は思った。
(……この世界、本当に大丈夫か?)
俺は革袋の重みを確認し、寮への道を歩き出した。
とりあえず、今日は高い肉でも食って、湿布を貼って寝よう。明日はまだ、筋肉痛の支払いが残っているからな。
本日も一日ご安全に!




