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第27話:その「復活の輝き」は、接触抵抗ゼロの適正トルクです

M30(480Nm)、絶許……。

パキィィィィン……!


不吉な音が響いた。

エスティアが展開している光の障壁に、亀裂が走る。


「くっ……! 障壁にヒビが……! もう魔力が持ちません!」

エスティアが悲鳴を上げ、膝をつく。


窓の外では、巨大な飛竜ワイバーンがその顎を開き、次なる灼熱のブレスを吐き出そうとしていた。

さらに、無数のガーゴイルたちが、結界の隙間を狙って旋回している。


「ああっ! 剣も折れた! ワタル、まだかい!?」

カイが絶叫する。

「航くん……お願い……!」

凛が杖を構え直すが、その手は震えていた。


絶望的な状況。

だが、俺の耳には、その悲鳴も爆音も、遠い世界の出来事のように聞こえていた。


俺は無音の集中(ゾーン)に入っていた。

現場において、焦りは最大の敵だ。

俺の全神経は今、目の前の金属表面だけに注がれている。



キュッ、キュッ……。


俺はウエスで、研磨したばかりの端子を拭き上げた。

ヘッドライトの白い光に照らされ、そこには奇跡が生まれていた。


さっきまで緑色のサビとススにまみれていた真鍮の端子は、今や鏡のように輝く純銅色(サーモンピンク)を取り戻していた。

酸化皮膜、完全除去。凹凸なし。


「……よし。ツラは出た」


俺は素早く、太い魔力伝導管(電源ケーブル)を磨き上げた端子に接続し、ボルトを通した。

ここからが最重要工程だ。


「おい貴様! もっと強く締めろ! 全力で締め上げるのじゃ!」


背後で様子を見ていたガレンが叫んだ。魔物の咆哮に負けない大声だ。


「緩んで外れたらどうする! 親の仇のように締めるのだ!」

「黙ってろ素人」


俺は冷たく言い放ち、大型のモンキーレンチを構えた。


「全力で締めたら、金属が伸びて強度が落ちる。それに、通電時の熱膨張でボルトがねじ切れるぞ」



俺は脳内で、さっき確認した図面の数値を呼び起こした。


M30真鍮ボルト・指定締付トルク:480 N・m(ニュートンメートル)


M30という巨大なサイズだ。もしこれが橋やビルの骨組みに使う構造用高力ボルトなら、1400 N・m近いトルクでガチガチに締め上げる必要がある。

だが、こいつは電気を流すための接点ボルトだ。

挟み込んでいる端子台(銅)やクリスタルの台座は柔らかい。鉄骨と同じ馬鹿力で締めれば、接地面が潰れて(塑性変形して)、時間が経つとスカスカに緩んでしまう。

だから、あえて480 N・mという、M30にしては控えめな数値が指定されている。


しかし、だ。

控えめと言っても、それは油圧等の機械の世界の話。

480 N・mは、長さ1メートルのパイプを噛ませて、成人男性がほぼ全体重(約60kg)をかけてようやく届く数値だ。

手持ちの短いモンキーレンチ一本で出せる数字ではない。


(……だが、今の俺には資格スキルがある)


俺はレンチの柄を握りしめ、固有スキル『施設(ファシリティ)管理(・マネジメント)』を意識した。


このスキルは戦闘(破壊)には一切役に立たない。

だが、対象設備を正常な仕様(スペック)に戻すプロセスにおいてのみ、俺の身体能力は強制的に補正される。


たとえ相手が何トンあろうと、それが資材搬入なら持ち上がる。

たとえ人間の腕力で不可能でも、それが規定トルクなら回せる。

それが、俺の能力(現場監督)だ。


(……規定値、480 N・m。……セット完了)


俺はレンチに力を込めた。

本来ならビクともしないはずのボルトが、俺の意思に呼応するように、ヌルリと回り始める。


グッ、グッ……。


筋肉の限界ではない。数値の限界を探る。

ボルトが座面に当たり、摩擦が生まれ、そして金属がわずかに伸びようとする領域。


(……450……460……470……ここだ)


俺の職人としてのセンサーが、金属の悲鳴を聞き分ける。

これ以上回せばオーバートルク。これ以下なら緩み。

スキルの補正が、俺の腕をピタリと止める。


クッ。


完璧な締め付けだ。

俺はレンチを腰に戻し、指差呼称(ゆびさしこしょう)を行った。


「端子接続、ヨシ!」

「絶縁被覆、ヨシ!」

「工具撤去、ヨシ!」


「な、何をブツブツと呪文を……?」


ガレンが呆気にとられているが、知ったことか。安全確認こそが、最強の防衛魔法だ。



パリーン!!


その瞬間、エスティアの障壁が完全に砕け散った。


「グルァァァァァァッ!!」


ワイバーンが塔の中に首を突っ込み、灼熱の喉奥を見せつける。

炎の塊が、俺たちを焼き尽くそうと膨れ上がる。


「きゃぁぁぁっ!!」

「うわぁぁぁっ!!」


凛たちの悲鳴。ガレンの絶望的な顔。

だが、俺は動じない。

俺の手はすでに、壁にある主開閉器(メインブレーカー)の黒いレバーにかかっていた。

俺は短く息を吐き、そのレバーをガコンと押し上げた。


通電(スイッチ・オン)!!」



瞬間。

世界から「音」が消えた。


以前のような「ブーン」という唸り音も、「チカチカ」という点滅もない。

ただ、圧倒的な静寂と共に。


カッ!!


部屋の中央にあるクリスタルから、直視できないほどの純白の光が放たれた。

それは以前の黄色がかった光とは次元が違う。

抵抗ゼロ。エネルギーロスゼロ。

100%の効率で変換された、純粋な魔力光だ。


「ギャッ……!?」


ワイバーンが驚愕に目を見開く。

次の瞬間、クリスタルから放たれた光圧プレッシャーが、物理的な衝撃となってワイバーンを襲った。


ドォォォォン!!


「ギャァァァァァッ!!」


巨大な飛竜が、まるで木の葉のように吹き飛ばされた。

塔から放たれた光の波紋は、瞬く間に同心円状に広がり、学園都市の夜空を昼間のように照らし出した。

空を覆っていた無数のガーゴイルたちが、その光に焼かれ、悲鳴を上げて彼方へと逃げ去っていく。


「な……なんという……!」


ガレンが床にへたり込み、涙を流して震えていた。


「音も、揺れもなく……これほどの光量が……!? まるで、精霊が無音の歌を歌っているようだ……!」

「……当たり前だ」


俺は眩しさに目を細めた。


「抵抗がなけりゃ、音も熱も出ない。……これがこいつの本来の性能(スペック)だ」



数分後。

塔の中は、穏やかで強力な光に満たされていた。

不快なオゾン臭も、あの石油の匂いも換気され、今はただ、静かな稼働音(ハム音)だけが響いている。


俺は散らばった工具を丁寧に箱に戻し、持参した厚紙とミニ箒を取り出した。

床に散乱した削り落とした緑青の粉を丁寧に掃き集め、油まみれのウエスや、空になった自作スプレーのペットボトルと共に、ゴミ袋へと放り込む。


4S(整理・整頓・清掃・清潔)。

ただ直すだけじゃない。ゴミ一つ残さず、来た時よりも美しく。

そこまでやって、初めて仕事は完了する。


へたり込んでいる凛、カイ、エスティアに手を差し伸べる。


「怪我はないか? ……お疲れさん」

「わ、航くん……」


凛が俺の手を取り、涙目で立ち上がる。


「すごいですわ……。あんな奇跡、見たことがありません」

「ただの修理だよ」


俺は最後に、呆然としているガレンの前に立った。

そして、老人の肩をポンと叩いた。


「修理完了だ。……次は半年後に点検しろよ。サビ止め塗っといたから、当分は持つはずだ」

「き、貴様は何者なのだ……? 大賢者の生まれ変わりか? それとも、精霊の愛し子か?」


ガレンが縋るように聞いてくる。

俺はヘルメットを小脇に抱え、ふっと息を吐いた。


「ただの施設管理員だ」


俺は出口へと歩き出した。


「帰って寝るぞ。……明日は普通に授業があるんだ」

「あっ、待ってよワタル!」

「航くん、素敵でしたわー!」


仲間たちが追いかけてくる。

いい現場シゴトだった。

……だが、この深夜の呼び出しと危険手当、きっちり()()()として学園長に請求させてもらうぞ。


本日も一日ご安全に!

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