第16話:その「高度な盤上戦術」は、ただの業務妨害への対処です
同郷なら出てくるものはコレでしょう!
学園都市のメインストリートから一本入った、薄暗い路地裏。
そこに、知る人ぞ知る名店があるという。
「ここだよ。僕の実家、カフェ『六角堂』だ」
カイが指差したのは、レンガ造りの古めかしい建物だった。
看板には、六角形のマス目をあしらったロゴ。
ファンタジー世界の酒場のような外観だが、扉を開けると、そこは異空間だった。
カランコロン♪
「いらっしゃいませー」
落ち着いたジャズが流れ、ビロード張りのソファに、琥珀色の照明。
壁一面には、この世界のボードゲームだけでなく、見たことのある「ライフゲーム」や「キタン」に似た箱が所狭しと並んでいる。
(……おいおい。ここは秋葉原のボドゲカフェか? それとも神保町の純喫茶か?)
俺は、漂ってくる懐かしい匂いに鼻をヒクつかせた。
スパイスと、炒めた玉ねぎの香り。
「みんな、適当に座って。今日は僕が奢るよ」
カイが慣れた手つきで厨房に入り、数分後、トレーを運んできた。
「お待たせ。当店自慢のカツカレーとクリームソーダだよ」
ドン。
目の前に置かれたのは、とろりとした茶色のルーに、揚げたてのカツが乗った皿。
そして、鮮やかな緑色の炭酸水に、アイスクリームが浮かぶグラス。
「……これ」
俺はスプーンでカレーを口に運んだ。
……美味い。
スパイスの奥に感じる、リンゴとハチミツの甘み。これは完全に「日本の家庭の味」だ。
「……お前、やっぱり」
俺がジト目で見ると、カイは眼鏡の位置を直しながらニヤリと笑った。
「ふふ、企業秘密さ。……やっぱり航には通じるね」
やはりこいつは同郷の記憶持ちか。
妙に話が合うわけだ。
「わあ! なんですかこの緑色の水は! 宝石みたいです!」
「シュワシュワするわ! 舌がピリピリして……面白い刺激ね」
エスティアとリリスは、初めて見るクリームソーダに大はしゃぎしている。
北条凛も、恐る恐るカツカレーを口にし、目を丸くしていた。
「……美味しい。未知の味覚ですわ。この複雑なスパイスの調合、黄金比率です!」
平和な放課後。
俺も久しぶりのソウルフードに舌鼓を打とうとした、その時だった。
◇
「おい店員!! なんだこのクソゲーは!!」
店の奥、一段高くなったVIP席から、怒声が響いた。
そこに陣取っていたのは、揃いの真紅の制服を着た四人組。
胸には『帝都軍事学院』のエンブレム。
隣国のエリート養成校の生徒たちだ。
リーダー格の、金髪をオールバックにした男が、テーブルをバンバン叩いている。
「ふざけるな! 俺のSSR英雄『竜殺しのジーク』が、なんで移動不能になるんだ! まだ3ターン目だぞ!?」
カイが営業スマイルを貼り付けて対応する。
「お客様、それは仕様です。英雄ユニットは強力ですが、維持コストが一般兵の3倍かかります。補給線が繋がっていないため、空腹デバフがかかっているのです」
「はぁ!? 英雄が腹減って動けないだと!? つまらんリアリティだ! 俺たちが求めているのは爽快感なんだよ!」
男はゲーム盤――水晶で作られたホログラム投影装置――に八つ当たりをしている。
彼らが遊んでいるのは、カイの店で一番人気の戦略シミュレーション『アストラル・レジメン』だ。
「……やれやれ。兵站を軽視する指揮官には、このゲームは難しすぎるかな」
カイが小声で呟く。
その目は全く笑っていない。自分の愛するゲームをクソゲー呼ばわりされ、静かにキレているようだ。
「……帰るか」
俺は面倒事を察知して席を立った。
だが、運悪くエリートの一人と目が合った。
「あ? なんだその制服……冒険者学園の生徒か。しかも胸のバッジ……Fランク?」
男が鼻で笑った。
俺の胸元にある、特別校務員(Fランク相当)を示す鉄のバッジを見て嘲笑する。
「おい見ろよ。底辺Fランクが、こんな店で油売ってるぜ。……ったく、店も客もゴミ捨て場みたいなレベルだな」
ピキッ。
隣で、凛がフォークを握りしめる音がした。
「……失礼な方々ですわね。撤回なさい。ここは素晴らしいお店ですわ」
「はん。Fランクの連れなんざ、女も同レベルのFランクだろ。エリート騎士団候補生に口答えか?」
男たちが立ち上がり、威圧的な態度でこちらへ向かってくる。
どうやら、俺のバッジを見たせいで、隣にいるのが「Sランクの北条凛」だとは夢にも思っていないらしい。
◇
一触即発の空気。
俺が「やめとけ」と言おうとした瞬間、カイが一歩前に出た。
「お客様。そこまで不満がおありなら……僕らと勝負しませんか?」
「あ?」
「この『アストラル・レジメン』で。もし君たちが勝ったら、店にあるレアな英雄ユニットの駒、全部プレゼントするよ」
「ほう……?」
男の目の色が変わった。
この店のユニット駒は精巧で、コレクターの間では高値で取引されている。
「いいだろう。雑魚狩りも余興には悪くない。……格の違いを教えてやるよ」
決闘成立。
カイが俺の方を向く。
「航、手伝ってよ。2対2のタッグマッチだ」
「断る。俺は帰って寝る」
「勝ったら、特製カツカレー無料パスを発行するよ」
「……乗った。契約成立だ」
俺は即座に上着を脱ぎ、椅子に座った。
タダ飯の権利。それは俺という作業員を稼働させるための、最も重要なコストカットだ。
「直接経費の削減は、現場監督の最重要課題だからな」
◇
テーブルの中央に、ホログラムの戦場が展開される。
地形は荒野と森林。中央に一本の街道が走っている。
「先行は譲ってやる。好きなユニットを選べ」
エリート組が得意げに端末を操作する。
【エリート組の編成】
前衛:SSR英雄『竜殺しのジーク』(コスト50)
後衛:SR魔導師『紅蓮のサラ』(コスト40)
残り: 最低限の歩兵(肉壁用)
「見てろ、コストの9割を英雄につぎ込んだ『一点突破型』だ! 個の力で蹂躙してやる!」
清々しいほどの脳筋だ。
対する俺たちの編成タイム。
「カイ、どうする?」
「航の好きにしていいよ。僕はサポートに回るから」
「了解」
俺はユニットリストをスクロールし、戦闘力ゼロのページを開いた。
【航・カイ組の編成】
カイ: 『偵察兵』×10、『通信兵』、『スパイ』
航: 『大型輸送トラック』×5、『工兵』×20、『建材セット(バリケード・鉄条網・セメント)』
戦闘ユニット:ゼロ
「……は?」
ギャラリーの客たちがざわめく。
「おい、剣も魔法使いもいないぞ?」
「トラック? 作業員? あんなのでどうやって戦うんだ?」
凛が青ざめて俺の肩を揺さぶる。
「航くん!? 武器を買ってくださいまし! トラックで敵を轢き殺すおつもり!?」
「まさか。車両規定違反だ」
俺は涼しい顔で配置を完了した。
「準備完了。……始めようか」
◇
『Battle Start!!』
電子音声と共に、ゲームが開始された。
「行くぞ英雄! 全軍突撃ィィィ!!」
エリート組の英雄ジークが、光り輝く剣を掲げ、猛スピードでマップ中央の街道を爆走する。
速い。そして強い。
道中の野生モンスターを一撃で粉砕しながら、一直線に俺たちの拠点へ向かってくる。
「ハハハ! 見ろこの火力! お前らのトラックなんて紙屑だ!」
対する俺たちのターン。
「工兵隊、前へ。……ここを掘削しろ」
俺はマップ上の街道、敵の進行ルート上にカーソルを合わせ、工兵を展開した。
「輸送隊は後方へピストン輸送。中立都市のマーケットにある兵糧を全て買い占めるぞ」
「了解。……偵察兵、散開。敵の視界を管理するよ」
カイが偵察ユニットを巧みに動かし、こちらの陣地の様子を「戦場の霧」で隠蔽する。
敵からは、俺たちが何をしているか見えないはずだ。
ただ、「土煙が上がっている」ことだけが伝わる。
「おいおい、穴掘って隠れるつもりか? 俺のジークは岩をも砕くぞ!」
エリート組は止まらない。
勝利を確信し、アクセル全開で突っ込んでくる。
◇
数ターン後。
英雄ジークは、あっという間に中間地点を突破し、俺たちの陣地手前まで迫っていた。
「チェックメイトだ、Fランク! 貴様らの陣地には、戦える兵士が一人もいない!」
エリート男が勝利宣言をする。
確かに、盤面上には無防備なトラックと、スコップを持った作業員しかいない。
だが。
俺とカイは、顔を見合わせてニヤリと笑った。
「……威勢がいいのは最初だけだ」
俺は手元の端末を操作し、盤面のある地点に補給禁止エリアの看板アイコンを設置した。
「英雄だろうが魔王だろうが、飯と弾がなけりゃ動く案山子だ」
「このゲーム、実は英雄ごっこじゃなくて補給線維持ゲームなんだよね。……開発者のこだわりを、たっぷりと味わってもらおうか」
カイが眼鏡を光らせる。
エリートたちはまだ気づいていない。
彼らの英雄が踏み込もうとしているエリアが、すでに物理的に進行不可能な泥沼と化していることに。
そして、彼らの後方から届くはずの兵糧が、俺のトラック部隊によって既に市場から消滅させられていることに。
「戦争? 違うな」
俺は冷酷な管理者の目で、盤面を見下ろした。
「これは在庫管理だ。……まずは敵の消費カロリーから計算してやるよ」
次回、エリートたちが誇る最強の英雄が、空腹と渋滞で野垂れ死ぬ地獄絵図が幕を開ける。
本日も一日ご安全に!




