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第15話:その「変身解除」は、ただの作業着への着替えです

来週からはまた設備管理の話が戻ってきます。

放課後の教室。

俺、佐藤航は、カイが持ち込んだ長方形の魔道具(水晶板)を覗き込み、眉間のシワを深めていた。


「……なんだこれは」

「僕のユニークスキル『記憶再生アーカイブ』で投影した、前世(地球)のエンタメだよ。特撮と魔法少女のアニメ」


水晶板の画面の中では、フリル満載の衣装を着た少女と、派手なマントを羽織ったヒーローが、光線を放ちながら敵を吹き飛ばしていた。


「素晴らしいです!!」


エスティアが目を輝かせ、机をバンと叩く。


「この輝く衣装! 名乗り口上! そして悪を断つ必殺技オーバーキル! これこそが正義の執行です! 私たちの教典に加えるべきですわ!」

「あら、私はこっちの方が好きよ」


リリスがうっとりとした顔で指差す。


「変身シーンの尺が長いのが素敵ね。愛の力でリボンが巻き付いて、最後にハートが飛ぶの。……非効率的だけど、ロマンがあるわ」

「……興味深いですわね」


凛までもが、真面目な顔でメモを取っている。


「質量保存の法則を無視して衣装が出現しています。あのステッキの体積に対し、放出されるエネルギー量が異常です。……これが魔法の本質?」


クラスの三強(神・魔神・天才)が、子供向け番組に夢中になっている。

平和だ。平和だが……。


「……くだらん」


俺は冷めたコーヒーをすすった。


変身(着替え)に40秒もかけてどうする。現場じゃその間に事故が起きるぞ。それに、あのマント。回転体に巻き込まれたら即死だ。フリルも突起物に引っかかるリスクが高い」

「あはは。夢がないこと言わないでよ、航」


カイが眼鏡の位置を直しつつ、ニヤニヤと笑う。


「これは様式美なんだからさ。……ま、君ならそう言うと思ったけどね」



その時だった。


「もっと! もっと輝きを! 私も変身したいです!」

「愛の力よ! 世界を包み込みなさい!」


エスティアとリリスの興奮が頂点に達した瞬間、二人の体から膨大な魔力が溢れ出した。


バチバチバチッ!!


「うわっ、映像アーカイブが!?」


カイの水晶板が火花を散らす。

それだけではない。教室の空間モニターにノイズが走り、窓の外の風景が歪み始めた。


『ピガーーーッ!!』


校庭に、不気味な咆哮が響く。


「な、なんだあれ!?」


生徒たちが窓に殺到する。

そこにいたのは、生物ではなかった。


体長3メートル。

テクスチャ(表面画像)が剥がれ落ち、身体が「■■■」や「文字化け」の集合体で構成された、不定形の怪物。

グリッチ・モンスター。


神々の過剰な魔力が、ダンジョンの管理システムとカイの映像データを混線させ、システムバグを実体化させてしまったのだ。


「大変です! 悪の怪人が現れました!」

「私たちが倒さなきゃ!」


二人が窓から飛び出そうとする。


「待てバカ! お前らの魔力が原因だろ!」


俺が止める間もなく、グリッチ・モンスターが校舎の壁に触れた。

ジュッ……。

触れた部分の壁が、消滅したのではなくモザイク状になって崩れ落ちた。


「ひぃっ!? 壁がバグった!?」

「空間ごと隔離バインドしようとしたのに、座標計算がズレて捕捉できないわ!」


リリスが放った概念的な拘束魔法すら、怪物の体を透過して虚無に吸い込まれた。

バグであるこいつには、正常な当たり判定(コリジョン)が存在しないのだ。


「くっ……このままでは校舎がデータ崩壊します!」



「ワタル! 今こそアレをやるのです!」


エスティアが俺の手を掴んだ。


「は?」

「変身です! 私たちの管理者権限を貴方に貸与インストールします! 貴方がヒーローになって、あのバグを修正するのです!」

「愛のステッキよ! 彼を導いて!」


リリスが虚空から、ピンク色のおもちゃのようなステッキを取り出し、無理やり俺に握らせた。


「ちょ、ふざけんな!」


カッ!!


ステッキが激しく発光する。

どこからともなく、勇壮なファンファーレ(BGM)が鳴り響く。


『Make Up!! Eternal Administrator!!』


ふざけたシステム音声と共に、俺の体が光に包まれた。

強制変身シークエンスの開始だ。


(……チッ! 勝手に上書きされる!?)


俺の視界に、装着される予定のヒーロー衣装の設計図ブループリントが浮かぶ。


> [Head: Tiara (Decoration)]

> [Body: White Tuxedo with Frills]

> [Back: Long Red Cape]

> [Legs: Tights]


(……なんだこのふざけた装備は! 現場を舐めてんのか!?)


俺の脳内警報が鳴り響く。

ティアラ? 落下物から頭を守れない。

フリル? 突起物に引っかかる。

マント? 転倒と巻き込みの最大リスク要因だ。

タイツ? 切創防止機能ゼロ。


「却下だ! こんな格好で現場に出られるか!」


俺は管理者権限を使い、変身バンクの最中に「仕様書(スペックシート)」を高速で書き換えた。


> [Tiara] -> [Delete] -> [Add: Helmet (Polycarbonate)]

> [Frills] -> [Delete] -> [Add: Reflective Vest]

> [Cape] -> [Delete] -> [Safety Warning: Clear]

> [Tights] -> [Delete] -> [Add: Safety Shoes (Steel Toe)]


「露出度を下げるな、防御力を上げろ! 装飾を削れ、視認性を確保しろ!」


光の中で、俺の意思がシステムを再構築していく。



「――変身、完了!」


光が収まり、俺は校庭に降り立った。


「おお! ワタルが魔法少……年?」


エスティアの歓声が、疑問形に変わる。

そこに立っていたのは、キラキラした王子様ではなかった。


頭には、黄色いヘルメット(あご紐よし)。

顔には、防塵マスクと保護メガネ。

体には、高輝度反射材がついた安全ベストと、墜落制止用器具フルハーネス

足元は、JIS規格適合の安全靴。

そして手には、ステッキではなく――明滅する誘導灯(合図灯)


「……よし。装備点検完了」


俺は誘導灯を振り、動作確認をした。


「だ、ダサい!! なんですかその夜間工事のおじさんみたいな姿は!」

エスティアが悲鳴を上げる。リリスも絶句している。

「私の愛のステッキが……ただの誘導棒に……」


だが、教室の窓から見ていた凛だけが、目を輝かせて震えていた。


「……いいえ。あれこそが究極の機能美。無駄を極限まで削ぎ落とし、生存率のみを追求した……労働安全衛生フォームですわ!」


その隣で、カイだけが腹を抱えて笑っていた。


「ぶっ……あははは! まさか異世界で現場モグラの実写版を見るとはね! 最高だよ航、君はやっぱりブレないな!」



『ガガガ……ギギ……』


グリッチ・モンスターが、俺に向かって襲いかかってくる。

不定形の腕が振り下ろされるが、俺は慌てず、誘導灯を水平に構えた。


「――誘導開始。バックオーライ」


ブンッ!


俺が誘導灯を進行(緑色)に光らせて振ると、緑の光の軌跡ライトトレイルが空中に残り、強制的な信号コマンドとしてシステムに認識された。


『ピガ……?』


怪物は俺を攻撃できず、緑の誘導灯が指し示す方向へと、ズルズルと後退し始める。

物理攻撃は効かないが、こいつはシステムバグだ。ならば、正しい信号を送れば制御できる。


俺が誘導したのは、校庭の隅にあるマンホール。

ダンジョンの排気ダクト(ゴミ箱フォルダ)に通じる穴だ。


「オーライ、オーライ。……そこだ、止まれ(赤点灯)


俺が手元のスイッチを切り替え、誘導灯を赤色(停止)に光らせて交差させると、怪物はマンホールの上に立ち、動けなくなった。


「トドメだ」


俺は右手を高く掲げ、人差し指を突き出した。

魔法少女のような派手なポーズではない。

現場で最も尊ばれる、安全確認の動作。


「必殺!労働災害防止・指差呼称ポイント・アンド・コール!!」


ビシッ!!


「対象確認! 排除プロセス、ヨシ!」


俺の声がトリガーとなり、システムに修正パッチが走る。

誘導灯から放たれたのは、破壊光線ではなく、純粋な「デリート・コマンド」の光。


シュンッ……。


怪物は断末魔を上げることもなく、ただのデータカスとなって霧散し、マンホールの奥へと消えていった。


> [Bug Fixed]

> [System Normal]


空が晴れ渡り、歪んでいた校舎も元に戻る。


「……ふぅ。ご安全に」


俺はヘルメットの鍔を直し、静かに敬礼した。



変身解除。

光の粒が消えると、俺はいつもの作業着ツナギ姿に戻っていた。


「わ、ワタル……今の技、凄かったですけど……なんか地味です!」

「もっとこう、ハートとか出してよぉ!」


神々が文句を言いながら駆け寄ってくる。


「うるさい。怪我なく終われば、それが一番の名場面だ」


俺は誘導灯(変身アイテム)を腰袋にしまい、校舎へと戻った。


「あはは、最高だったよ航!」


カイが水晶板を掲げて待っていた。


「今の姿、バッチリ録画したよ。学園新聞……いや、僕の個人コレクションにしておこうかな。タイトルは『ご安全に! 異世界の現場監督』で」

「……肖像権の侵害で訴えるぞ。即刻削除しろ」


俺はカイの水晶板を取り上げようとするが、彼はひらりと躱した。


「ま、これだけ活躍したんだし、週末くらい付き合ってよ」

「……あ?」

「今度の日曜日。僕の実家……ボードゲームカフェに新作が入荷するんだ。『盤上の戦争』ってやつ。……航なら、面白い攻略法を見つけると思ってね」


カイの瞳が、いたずらっぽく光る。

神々の騒動が一段落したと思ったら、次は同じ「地球の知識」を持つゲーマーからの挑戦状か。


「……残業代(勝ち分)が出るなら、考えてやる」


俺はため息をつきながら、夕暮れの校庭を後にした。

こうして、俺の(不本意な)ヒーローショーは、一度きりの公演で幕を閉じたのだった。

本日も一日ご安全に!

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