第15話:その「変身解除」は、ただの作業着への着替えです
来週からはまた設備管理の話が戻ってきます。
放課後の教室。
俺、佐藤航は、カイが持ち込んだ長方形の魔道具を覗き込み、眉間のシワを深めていた。
「……なんだこれは」
「僕のユニークスキル『記憶再生』で投影した、前世のエンタメだよ。特撮と魔法少女のアニメ」
水晶板の画面の中では、フリル満載の衣装を着た少女と、派手なマントを羽織ったヒーローが、光線を放ちながら敵を吹き飛ばしていた。
「素晴らしいです!!」
エスティアが目を輝かせ、机をバンと叩く。
「この輝く衣装! 名乗り口上! そして悪を断つ必殺技! これこそが正義の執行です! 私たちの教典に加えるべきですわ!」
「あら、私はこっちの方が好きよ」
リリスがうっとりとした顔で指差す。
「変身シーンの尺が長いのが素敵ね。愛の力でリボンが巻き付いて、最後にハートが飛ぶの。……非効率的だけど、ロマンがあるわ」
「……興味深いですわね」
凛までもが、真面目な顔でメモを取っている。
「質量保存の法則を無視して衣装が出現しています。あのステッキの体積に対し、放出されるエネルギー量が異常です。……これが魔法の本質?」
クラスの三強(神・魔神・天才)が、子供向け番組に夢中になっている。
平和だ。平和だが……。
「……くだらん」
俺は冷めたコーヒーをすすった。
「変身に40秒もかけてどうする。現場じゃその間に事故が起きるぞ。それに、あのマント。回転体に巻き込まれたら即死だ。フリルも突起物に引っかかるリスクが高い」
「あはは。夢がないこと言わないでよ、航」
カイが眼鏡の位置を直しつつ、ニヤニヤと笑う。
「これは様式美なんだからさ。……ま、君ならそう言うと思ったけどね」
◇
その時だった。
「もっと! もっと輝きを! 私も変身したいです!」
「愛の力よ! 世界を包み込みなさい!」
エスティアとリリスの興奮が頂点に達した瞬間、二人の体から膨大な魔力が溢れ出した。
バチバチバチッ!!
「うわっ、映像が!?」
カイの水晶板が火花を散らす。
それだけではない。教室の空間モニターにノイズが走り、窓の外の風景が歪み始めた。
『ピガーーーッ!!』
校庭に、不気味な咆哮が響く。
「な、なんだあれ!?」
生徒たちが窓に殺到する。
そこにいたのは、生物ではなかった。
体長3メートル。
テクスチャ(表面画像)が剥がれ落ち、身体が「■■■」や「文字化け」の集合体で構成された、不定形の怪物。
グリッチ・モンスター。
神々の過剰な魔力が、ダンジョンの管理システムとカイの映像データを混線させ、システムバグを実体化させてしまったのだ。
「大変です! 悪の怪人が現れました!」
「私たちが倒さなきゃ!」
二人が窓から飛び出そうとする。
「待てバカ! お前らの魔力が原因だろ!」
俺が止める間もなく、グリッチ・モンスターが校舎の壁に触れた。
ジュッ……。
触れた部分の壁が、消滅したのではなくモザイク状になって崩れ落ちた。
「ひぃっ!? 壁がバグった!?」
「空間ごと隔離しようとしたのに、座標計算がズレて捕捉できないわ!」
リリスが放った概念的な拘束魔法すら、怪物の体を透過して虚無に吸い込まれた。
バグであるこいつには、正常な当たり判定が存在しないのだ。
「くっ……このままでは校舎がデータ崩壊します!」
◇
「ワタル! 今こそアレをやるのです!」
エスティアが俺の手を掴んだ。
「は?」
「変身です! 私たちの管理者権限を貴方に貸与します! 貴方がヒーローになって、あのバグを修正するのです!」
「愛のステッキよ! 彼を導いて!」
リリスが虚空から、ピンク色のおもちゃのようなステッキを取り出し、無理やり俺に握らせた。
「ちょ、ふざけんな!」
カッ!!
ステッキが激しく発光する。
どこからともなく、勇壮なファンファーレ(BGM)が鳴り響く。
『Make Up!! Eternal Administrator!!』
ふざけたシステム音声と共に、俺の体が光に包まれた。
強制変身シークエンスの開始だ。
(……チッ! 勝手に上書きされる!?)
俺の視界に、装着される予定のヒーロー衣装の設計図が浮かぶ。
> [Head: Tiara (Decoration)]
> [Body: White Tuxedo with Frills]
> [Back: Long Red Cape]
> [Legs: Tights]
(……なんだこのふざけた装備は! 現場を舐めてんのか!?)
俺の脳内警報が鳴り響く。
ティアラ? 落下物から頭を守れない。
フリル? 突起物に引っかかる。
マント? 転倒と巻き込みの最大リスク要因だ。
タイツ? 切創防止機能ゼロ。
「却下だ! こんな格好で現場に出られるか!」
俺は管理者権限を使い、変身バンクの最中に「仕様書」を高速で書き換えた。
> [Tiara] -> [Delete] -> [Add: Helmet (Polycarbonate)]
> [Frills] -> [Delete] -> [Add: Reflective Vest]
> [Cape] -> [Delete] -> [Safety Warning: Clear]
> [Tights] -> [Delete] -> [Add: Safety Shoes (Steel Toe)]
「露出度を下げるな、防御力を上げろ! 装飾を削れ、視認性を確保しろ!」
光の中で、俺の意思がシステムを再構築していく。
◇
「――変身、完了!」
光が収まり、俺は校庭に降り立った。
「おお! ワタルが魔法少……年?」
エスティアの歓声が、疑問形に変わる。
そこに立っていたのは、キラキラした王子様ではなかった。
頭には、黄色いヘルメット(あご紐よし)。
顔には、防塵マスクと保護メガネ。
体には、高輝度反射材がついた安全ベストと、墜落制止用器具。
足元は、JIS規格適合の安全靴。
そして手には、ステッキではなく――明滅する誘導灯。
「……よし。装備点検完了」
俺は誘導灯を振り、動作確認をした。
「だ、ダサい!! なんですかその夜間工事のおじさんみたいな姿は!」
エスティアが悲鳴を上げる。リリスも絶句している。
「私の愛のステッキが……ただの誘導棒に……」
だが、教室の窓から見ていた凛だけが、目を輝かせて震えていた。
「……いいえ。あれこそが究極の機能美。無駄を極限まで削ぎ落とし、生存率のみを追求した……労働安全衛生フォームですわ!」
その隣で、カイだけが腹を抱えて笑っていた。
「ぶっ……あははは! まさか異世界で現場モグラの実写版を見るとはね! 最高だよ航、君はやっぱりブレないな!」
◇
『ガガガ……ギギ……』
グリッチ・モンスターが、俺に向かって襲いかかってくる。
不定形の腕が振り下ろされるが、俺は慌てず、誘導灯を水平に構えた。
「――誘導開始。バックオーライ」
ブンッ!
俺が誘導灯を進行に光らせて振ると、緑の光の軌跡が空中に残り、強制的な信号としてシステムに認識された。
『ピガ……?』
怪物は俺を攻撃できず、緑の誘導灯が指し示す方向へと、ズルズルと後退し始める。
物理攻撃は効かないが、こいつはシステムバグだ。ならば、正しい信号を送れば制御できる。
俺が誘導したのは、校庭の隅にあるマンホール。
ダンジョンの排気ダクトに通じる穴だ。
「オーライ、オーライ。……そこだ、止まれ」
俺が手元のスイッチを切り替え、誘導灯を赤色(停止)に光らせて交差させると、怪物はマンホールの上に立ち、動けなくなった。
「トドメだ」
俺は右手を高く掲げ、人差し指を突き出した。
魔法少女のような派手なポーズではない。
現場で最も尊ばれる、安全確認の動作。
「必殺!労働災害防止・指差呼称!!」
ビシッ!!
「対象確認! 排除プロセス、ヨシ!」
俺の声がトリガーとなり、システムに修正パッチが走る。
誘導灯から放たれたのは、破壊光線ではなく、純粋な「デリート・コマンド」の光。
シュンッ……。
怪物は断末魔を上げることもなく、ただのデータカスとなって霧散し、マンホールの奥へと消えていった。
> [Bug Fixed]
> [System Normal]
空が晴れ渡り、歪んでいた校舎も元に戻る。
「……ふぅ。ご安全に」
俺はヘルメットの鍔を直し、静かに敬礼した。
◇
変身解除。
光の粒が消えると、俺はいつもの作業着姿に戻っていた。
「わ、ワタル……今の技、凄かったですけど……なんか地味です!」
「もっとこう、ハートとか出してよぉ!」
神々が文句を言いながら駆け寄ってくる。
「うるさい。怪我なく終われば、それが一番の名場面だ」
俺は誘導灯を腰袋にしまい、校舎へと戻った。
「あはは、最高だったよ航!」
カイが水晶板を掲げて待っていた。
「今の姿、バッチリ録画したよ。学園新聞……いや、僕の個人コレクションにしておこうかな。タイトルは『ご安全に! 異世界の現場監督』で」
「……肖像権の侵害で訴えるぞ。即刻削除しろ」
俺はカイの水晶板を取り上げようとするが、彼はひらりと躱した。
「ま、これだけ活躍したんだし、週末くらい付き合ってよ」
「……あ?」
「今度の日曜日。僕の実家……ボードゲームカフェに新作が入荷するんだ。『盤上の戦争』ってやつ。……航なら、面白い攻略法を見つけると思ってね」
カイの瞳が、いたずらっぽく光る。
神々の騒動が一段落したと思ったら、次は同じ「地球の知識」を持つゲーマーからの挑戦状か。
「……残業代が出るなら、考えてやる」
俺はため息をつきながら、夕暮れの校庭を後にした。
こうして、俺の(不本意な)ヒーローショーは、一度きりの公演で幕を閉じたのだった。
本日も一日ご安全に!




