ⅳ
都会とは違う、そよぐような爽やかな夏風が髪を揺らす。
海馬に焼きついた生まれ故郷の匂いと空気は、強制的に郷愁という名の感傷を生み出した。
「これからどうしよう」と駅舎を通り抜けたタイミングで訊こうと思っていたが、その前に抱いていた違和感を口に出した。
「もしかして今日は祭りの日か?」
「そうみたいですね」そっけなくエイリが言う。
駅から真っ直ぐメイン商店街が続いているが、いつもは寂れて活気など皆無なのに今日だけは喧騒が聞こえてきた。
微かに祭囃子の調子も聞こえてきて、微かに甘ったるい匂いが混じった揚げ物の香ばしい匂いが鼻をついた。
「運が悪いですね、こんなところで人目につくのは得策ではない」
「ああ、なるべく早く通り過ぎるぞ」
祭りの会場は駅の北口側と南口側の通りどちらも伸びていて迂回路はない。
人目につくのを覚悟するしかなかった。
足早に屋台が連なる区画を通り過ぎる。
知り合いにばったり出くわすなんていう事態だけは絶対に避けたかった。
「なんかいつもより寂しい気がするな」
まだ夕方とはいえ客はまばらで、屋台の数も例年よりも少なく見えた。
神輿も出回っている様子はない。
凄惨な事件の舞台となったせいで自粛の気運が高まったのだろうか。
どうせ僕たちは初めから何を買うこともできないし、祭りを楽しむなんてことは許されていない。
ようやく屋台の端を抜けて人混みが消えた路地まで辿り着く。
先導していたエイリがおもむろに振り返った。
「これからどうしますか?」
「とりあえず僕は一旦家に帰るよ。帰ってきたことをナガシマさんに報告もしたい」
「分かりました。私も別の用があります」
そういうわけで、しばらくの間別行動することになった。
天沼を殺した日の夜、エイリは言っていた。
この町に帰ってきた後でこの後のことを話そうと。
それまでの気晴らしとしては丁度いいと思った。
ひとまず夜にまた落ち合う約束をして、僕たちは別れた。
まっすぐ本来の棲家であるアパートへ向かう。
戸の前でバッグの底を弄り、鍵があることを確認して胸を撫で下ろす。
扉を開けると、まず違和感に気づいた。
郵便受けに何も溜まっていない。
てっきり、行政や管理局から送られてきた郵便物で溢れているだろうと思っていた。
ナガシマさんが管理してくれていたのだろうか。
疑問に思いながら玄関に荷物を置いて再度外に出た。
一階に移動してナガシマさんの部屋のインターホンを鳴らす。
しばらく待ってみても反応がなかった。
その後何度か鳴らしてみても無駄だった。
首を傾げながらも、諦めて離れることにした。
こちらから用があっても中々あの人には出会えない。
ひとまずはそう結論づけた。
それから、最寄りの牛丼チェーンで数十時間ぶりに食事を摂った。
数日間エイリと同居していた手前、彼女を差し置いて食事を摂るのは躊躇われた。
本人にはそんなことを気にするなと凄まれたが、簡単には引き下がれないのは性分だった。
食事の途中でメールが入ったことに気がつく。
エイリからだった。
そこには「海を見ませんか?」とシンプル極まりない文章が綴られていた。
丼の残りを口に運び、その足で海岸まで向かうことにした。
時刻はすでに十九時を回り、夏の気長な陽も落ちて次第に夜の帳が張り巡らされようとしていた。
アパートから少し埃が被ったスクーターを引っ張り出す。
なんとか行って帰ってこられるぐらいのオイルは残っていた。
初めて彼女と出会ったあの日のように、排気音を響かせながら町の海岸へと向かった。




