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アイラブユーの命日  作者: すくも藍
第三章 Why be moral?

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20/28

ix

 家を出て二十分ほどで、エイリが指定したネットカフェに辿り着く。


 気づくとTシャツの裏は汗で塗れていた。


 地方でもよく見かけるチェーン店だった。


 別に利用するつもりはなかったが、中に入るのに受付でわざわざ会員証を作らされた。


 エイリが意図したのかは分からないが、受付は機械だったので僕でも進めることができた。


 時間がかかったが、ようやくラウンジの中に入ることができた。


 漫画本で埋め尽くされた本棚に囲まれた一人でも狭い通路を潜り抜けると、入り口近くの共用スペースに一際目を引く金髪姿があった。


 エイリは立ち上がって先導し、空いている部屋に二人で入り込んだ。


 縦長の一畳半ぐらいのスペースの先端に机に挟まれたパソコンと椅子が置いてあるだけの恐ろしく質素な空間だった。


 久しぶりに見たエイリの顔は、確かに最後に見た時よりも蒼ざめていた。


 個室の薄暗さがその印象をより助長していていた。


「ここで暮らしていたのか?」


「まさか。日によって色々です。私だってカメラには映るんですから」


 なるほど、と僕は得心した。一見無敵の殺人鬼にもやはり弱点はあるらしい。


「あと声を抑えて下さい」と付け足す。会話を止めると、


 隣の個室からは何かを叩くような音と微かな喘ぎ声のようなものが断続的に聞こえてきた。


 エイリはそそくさと鞄から電子タブレットを取り出し、カバーの支柱を広げて机の上に音を立てて置いた。


「早速本題です。ターゲットが見つかりました。決行は明日です」


 彼女がタブレットを操作すると、画面に第一印象としては冴えない中年男性が映し出された。


 街中で顔を合わせても三秒後には忘れてしまうぐらい特徴に欠けた、髪が後退しかかっている中肉中背の男だ。


 とても池崎さんと釣り合うほどの罪を重ねているとは思えなかった。


「ここに来てからずっと、殺す人間を探していたのか?」


「ここに来てから、は余計ですかね」


 有無を言わさない速さでエイリは口を挟んだ。


「やっぱり、東京という土地はもってこいの場所ですね。ありとあらゆる場所に悪徳と死が転がっている」


「それにしたって犯罪者がそうそう彷徨いているものじゃないだろ。ターゲットをこうやって見る限りじゃ、普通の人としか思えないな」


「それはあの神父様だって同じことです。私だってあんな大層な犯罪者がそこら中に転がっているなんて考えていません。私が今まで殺してきたのは掃いて捨てるような小悪党ばかりでした」


 僕の鋭い視線を意に返さず、エイリは画面をスクロールして文字の羅列を見せてきた。


「鈴賀昌夫、四十六歳。都内に暮らすサラリーマンです。都内で経営しているスーパーのエリアマネージャーを務めている。見た通り冴えない独身男性ですが、一人娘がいるようです。そして、彼は自分の子を監禁という形で虐待しているらしい」


「自分の子を監禁?」


 正直、肩透かしを食らった気分だった。


 そう一言で説明された限りでは、どうしても池崎さんの所業の重さと比べて見劣りしてしまう。


「あなたの価値観ではそうなるのでしょうね。どちらにせよ、あなたに拒否権はありませんから」


 エイリは僕の態度を鋭敏に感じ取ったらしく、ぴしゃりとそう言った。


「分かってるよ。君はそうしたいと決めたなら、どんな手段を使っても必ず成し遂げる人間だ。異議はないさ」


 僕は肩をすくめて、天井を見上げながらため息を吐いた。


 面倒臭そうにタブレットの画面に視線を移して、エイリは事務的な淡々とした口調で殺害計画を語り始めた。


「彼が住んでいるのはここから五百メートル近辺のマンションの一室です。幸い付近は閑静な住宅街で人通りもあまりない。とはいえここは東京ですから、幾らでも人は出入りするし監視もされている。明日の深夜に、仕事帰りの彼を自宅付近で奇襲。死体は頭部を損傷させて、飛び降り自殺をしたように見せかける」


「随分と杜撰な犯行計画だな。警察の手にかかればそんな工作はすぐに明らかになるし、そんなに都合良く事が運ぶわけがない」


「杜撰でいいんですよ。端から自殺で済ましてくれるなら勿怪の幸い。足がつくことがあっても、最初から人の目に見えない私が捕まる可能性は万が一もないんですから」


 その発言からは余裕に裏付けされた自信があった。


 いや、自分の手にかかれば警察も名探偵も出る幕はないという、それは明白な傲慢の発露だった。


「私が、か」


 例え実行犯ではなくても、僕は彼女とは違う。


 誰からも姿を見られることがないなどという都合の良い能力は持ち合わせていないのだ。


 しかも〈脳錠〉持ちで、当局に両手で尻尾を握られている立場だ。


 仮に殺人に協力していることなど明らかになったら、それこそ僕の望みはご破算になってしまうだろう。


「もっと間接的な方法を使うことはできないのか? 例えば毒殺とか、電車のホームから突き落として轢かせるとか。君だったら相手が気づかない間に注射するとか可能だろ?」


 以前から薄々思っていたことを訊いてみる。


 エイリは見定めるような無遠慮な視線を向けながら、やがて答えた。


「試してみたことがあります。でも駄目でした。直接的に手を下して相手を殺さない限り、私の飢えは解消されないらしいです」


「なんだ、本当に便利な体質だな」僕は皮肉混じりに答える。


「でも、こんなものだったらありますよ」


 そう言って、エイリは突然背中を見せた。


  自分のキャリーケースを半分開けて中からやや小振りのラッパと銃を組み合わせたような機械を取り出す。


「これはメガホンか?」


「そうです。改造で出力を大幅に大きくして、かつ音楽プレイヤーを無線接続させて色々な音声を流すことができるようになっています。流石に音響兵器とまではいきませんが、それでも十分な威力があります。ターゲットの虚を突いて、一瞬の隙を作ることぐらいは可能です」


「これは僕にも扱えるのか?」


 気になって尋ねてみる。


 音を鳴らすというのは、物理的ではない方法で相手を攻撃する手段だ。


 〈脳錠〉持ちがそういう間接的な手段で他人を攻撃できるのかどうか、今まで試すことはしなかったし過去にそういう事案が発生したという話も聞かない。


 エイリはしばらく考え込んでから、ようやく口を開いた。


「分かりません。ですがその設計思考から察するに、あくまでケースバイケースだとは思います。〈脳錠〉が何を判断して装用者の行動を制限するかはサーバー元のAIが判断することであり、それは装用者の意志を基数として、今まさに行われている行動、それが行われている環境下を計算して導出されるものですから」


「つまり、僕にまったく加害的な意志がなければ、これを扱える可能性もあるにはあるんだな」


「正直、期待はしない方がいいですよ。〈脳錠〉の判断はシビアです。それはあなたが自認できるレベルの表象の意思ではなく、脳内で分泌された物質を解析した厳然とした臨床データで決まる。それに私と行動している以上、あなたにこれが必要になるとは考えづらいですし」


 目を瞑りながら、エイリは浮かれた子どもを諭すように言った。


「分かった、話を戻そう。で、今回の計画の中で僕は何を手伝えばいい?」


「この前も言いましたが、私の身を守ることに終始してください。あなたが立ち会うのは初めてですし、どうせ大して役に立たないことは分かっています」


 そう言ってエイリは、初めからお前には期待していないという冷たい目つきを僕に向けた。


「あとは死体の運搬。私には成人男性の身体を運ぶほどの筋力も余力もありませんからね。指紋がつかないようにくれぐれも注意してください」


 実際にその状況に置かれた時のことを考える。


 その言葉の生々しさを理解するだけの想像力を、今の僕は持ち合わせていなかった。


「彼の最近の行動パターンは把握しています。平日は毎日きっかり二十三時に最後の現場を出る。乗り継ぎせず一本の電車に乗って、駅から徒歩で二十三時三十分頃に自分のマンションに帰宅する。その間に自宅の最寄りのコンビニに寄ってビールを数本購入する。イレギュラーさえなければ明日も同じ行動を取るはずです」


 ズボンのポケットから通知音が鳴った。


 確認すると目の前に提示されたデータが全て自分の携帯電話に送信されていた。


 液晶画面の奥に映るターゲットの顔をもう一度凝視する。


 その落ち窪んだ瞳と皺一つないスーツとシャツを眺めていると、彼の毎日が幾何学にように画一化されていることに一定の説得力を見出すことができた。


「でも、今日まで君が監視してきた彼の行動パターンで、明日の彼の行動を決めつけていいのか?」


「もちろん、心得ています。今日がそうだったからと言って、明日も太陽が東から昇るとは限らない」

 エイリは頷いて、しばらく思案を続けていた。


「明日は一日中、私が監視します。今日と同じぐらい、夜の二十二時にこの店の前で落ち合いましょう」


「いいけど、そんな体力が一週間近く何も食べていない君にあるのか。それにもしも明日、僕が来なかったら君はどうするんだ?」


「その時は一人で決行するだけです。私はあなたともう二度と出会わない。あなたはすぐに死ねるチャンスを永遠に失う」


 ただそれだけの話ですよ。


 彼女は僕の最初の質問には答えず、やはり無表情でシンプルな回答を並べた。


「どちらにせよ、これから人が一人死ぬことには変わりない」


「彼が死ぬか、私が死ぬか。問題はそれだけです」


 僕は少女の顔を眺めた。その痩せこけた頬、ついで蒼ざめた唇、コントラストのような眩しい金髪。


 池崎神父を殺したあの日から何も食べていないのだろう。


 今この瞬間さえ苦しんでいるはずなのに、彼女は一切その素振りを見せようとはしなかった。


 僕は萎縮して、それ以上殊勝な言葉を続けることはできなかった。


「じゃあ、また明日」


 僕はそう言い残して、一方的に踵を返した。


 何が正しいのか、どうすれば正解に辿り着けるのか、今の僕にはさっぱり分からなかった。


 エイリは何も言わずに僕を見送った。


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