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アイラブユーの命日  作者: すくも藍
第三章 Why be moral?

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 望月蒼という人格を成り立たせている記憶、そのほとんど全てには真篠汀という少女の面影が添えられている。


 掛け値なしにそう言っても、よもや言い過ぎだと切り捨てることはできないだろう。


 互いの実家が四軒先で、物心つかない幼児期からすでに母親のコミュニティによって顔を合わせた。


 その後無二の親友として幼少期を過ごした。


 僕たちはパッケージングして百貨店に売りに出せるほど、完璧な幼馴染同士だった。



 真篠家は汀が産まれる一年前、変哲もない地方の田舎である僕の故郷に越してきたという。


 見る見るうちに建設されていく周囲を威圧するような大きな邸宅に、父も母も当時は面食らったと口を揃えて述べていた。


 実際、真篠家はかなりの金持ちだった。汀の父親は高名な神経工学の権威で、BCI開発の先駆者であり主導者でもある大層な御仁だった。


 こんな辺鄙な土地でも首都圏へのアクセスは良かったし、家族計画の一貫として子供を育てるには中々好都合な環境なのだろう。


 ほとんど汀の父親の顔を見た記憶はないが、鋭い顔つきをした、見るからに厳格そうな人だったのは覚えている。


 一方で彼女の母には何度も世話になった。主人とは正反対に人当たりが良く、常に微笑みを絶やすことのない女性だった。


 凸凹夫婦とはよく言ったものだ。だからこそ、望月家と真篠家は深い親交を持つことになった。


 自分語りというものは気恥ずかしいので、なるべく手短にしたい。


 子どもの頃から親にノイローゼのなりそうなほど聞かされた言葉があった。


 神さまは私たちのすることを全て見ている。


 善いことをすれば幸せなことが、悪いことをすれば罰が起こる。


 実にありきたりな戒めの言葉だ。


 神さまっていう奴は随分と傲慢で器の小さい奴なんだなと反発の念を抱きながらも、僕はそれを馬鹿正直に信じてきた(刷り込みと言った方が正確か)。


 そして、歳相応にTVの中で力戦奮闘するヒーローへの憧憬がその暗示を深めた。


 僕はそんな彼らに憧れた。


 自分を犠牲にして、誰かのために尽くすその様が美しいと心から思った。


 当時の僕には、その憧れを行動に移せるだけのバイタリティがあった。


 町中でまごついている人がいれば躊躇いなく話しかけて助けになろうとしたし、友人や級友に頼まれれば根気強く最大限のリソースをもって応えた。


 相手が笑ってくれれば、心がスープのような温かい気持ちで満たされた。


 だけど正直、善いことというのが何を指すのか実感を得なかった。


 ヒーローたちが無遠慮に振りかざす正義という言葉の巨大さは、小さくか弱い僕の前に高くそびえ立っていた。


 そして気づけば、真篠汀という名の少女が隣人として収まっていた。 

 

 漆を塗ったような黒髪が短くて、癖っ毛の女の子。


 母親の作るホットケーキが何よりの好物。


 時々、猫のように身を捩るのが癖だった。


 彼女はまだ幼い頃、随分気弱で控えめな性格をしていた。


 物心着いて間もない時の話だ。


 僕はそんな彼女を言葉では時々馬鹿にしていた。


 それでも弱い彼女を守ることが自分の使命なんだと義侠心を募らせた。


 隣の貫井さんが飼っているグレートピレニーズのトニー。


 ご近所の不良が乗り回す改造バイク。


 公園前から続く急な上り坂。


 僕らの身を取り巻く全ては、彼女の小さすぎる体躯とは不釣り合いに大き過ぎたから。


「仕方ないな、なぎさは」


 僕は背筋を伸ばして、肩をすくめながら言う。


「あおくんってヒーローだ」


 怯える彼女を背にして、木の棒を構えてトニーを追い払った時、汀はくしゃくしゃした間抜け顔でそんなことを僕に言った。


 彼女にとって、僕はヒーローらしい。


 本当だろうか? 汀にとってはそうなのか?


 僕はびっしょりと汗で濡れた手の裏を見つめながら思った。


 毎週録画して何回も見直す色々な特撮番組。

 

 惚れ惚れするような甲冑を纏った姿に変身して、人々を守るために自己犠牲を厭わないみんなに応援されるヒーロー。


 彼らとどうしても反りが合わない同じ組の彰良くんと先日喧嘩して、泣かされてしまった自分のどこが似ているというのだろうか。


 だから僕は、汀にそう言われると内心苛立った。


 当時の自分は、一方でそういう子どもらしい捻くれ方をしていた。


 年相応に女の子の前では背伸びをしたかったのだ。


 それに他人からの自分へのおべっかに批判的だった。


 たまに家に来る親戚に「いい顔をしている」とか「賢い」とか褒められた時、どうせ心の篭らないリップサービスにすぎないと悟って無性に腹が立って仕方がなかった。


 握った拳に力を込めると、汀は「痛い」と言った。


 はっとして僕が謝ると、彼女はいつもくしゃくしゃした顔で僕に笑いかけてきた。


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