表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/58

第七話 【転生したら剣だった男ー5】

 走る剣線、踏み締められる大地、熱い吐息が絶え間無く吐き出され、酸素を求めて呼吸を続けるも、苛烈極まる戦いに明け暮れ肺が満たされる事はない。


「くっ、ここは大丈夫だ! 向こうの援護に行ってやれ!」

「はっ!」


 振っても振っても、斬っても斬っても状況は進展せず、自身へ蓄積する疲労や傷は積み重なるも、次を倒せば次が現れる。まるでそれが初戦であるかの様な体力的優位を誇る敵が現れては、疲労困憊の身体で立ち向かう他ないナターリア。


「ゲヘヘ、そろそろテメーもぐはっ!?」

「下卑た顔を私に向けるな、痴れ者め」


 戦闘の連続に剣は上がらず、思考もままならない。それでも戦線が維持できているのは、恐らくレインと呼ばれた後方に控える男の存在が大きいのだろう。


 ナターリアは剣を振っていた。彼女がやらねば敵が減らないからだ。戦いを終結に導くに当たり誰かが敵を斬り伏せなければならないが、彼女がそこに注力し過ぎては軍全体が総崩れとなり、大敗を招いてしまいかねない。ナターリアは一団の団長であり、この場では最高指揮官である。だがその一方で最高戦力でもある彼女は、先までの戦場では思う様に剣を振るう事が出来て居なかったのだ。だが、今は。


「忌々しい程に、ハァハァ、け、剣を振り続けられるな……」


 体力が底を尽きる程にその剣を酷使され、只管に敵を屠り続けていた。と言うのも、彼女の戦場に妙な男が参戦したのだ。自身はニコル領主の旧友で助太刀に参ったとか何とか。名は【レイン】と名乗っていたが、どこで聞いたか聞き覚えはある名前だったのだが、今この状況で思い出せと言われてもそれはなかなかに難しい話だろう。


 その仮面で素性を隠匿せし男が、信じられない程に的確な指示を飛ばし続けているのだ。


「そこはそれくらいで手を引いて、向こうの戦場を助けに。そこの部隊は一度立て直そう、後衛まで引いてくれ」

「馬鹿な、今このタイミングで部隊を減らすなど……」

「あの部隊はこのまま置けば間も無く全滅だ、退けばまた使い道が残る。それだけだ」

「だがそれでは今ここの戦況が! あそこの部隊は三十は居るんだぞ! そんな数を動かしては……」

「いや、問題ない。ニコル領主が後衛に控えている。間も無くここに増援が来るだろう」

「夢見も大概にしろ! 連絡の手段が無いこの状況で、何を根拠にそん……な!?」


 戦力が拮抗しており、何かが間違えば総崩れとなる場面で味方の総数を減らそうとする指揮に物を申すナターリアであったが、秒を置かずに彼の言う通りこの地に増援が現着し、またその数凡そ三十。


「ナターリア様、お待たせしました。ここは私どもにお任せ下さい!!」

「……頼む」


 疲弊し、傷付き、間も無く打たれ始めるであろうその中隊を

 、全滅に瀕す前に回復を済ませた部隊と入れ替える。敵からすればたまったものではない事態だろう。だが味方であれは、これ程心強い事はない。


「ふふ、ははは。これが、この力がニコル様の本領か!」


 これが笑わずに居られるだろうか。剣を振れと、修行を積むのだとアレ程口を酸っぱくして語り掛け続け、今日まで剣の道で鍛えて来た男が、よもや剣を持たぬ戦場にて本領を発揮するなど見当違いも甚だしい。


 だが、それが瑣末な事に思える程にニコルの采配は的確で、彼の描く戦場で戦う事は気持ちが良かった。肩で息をするこの身体を酷使するに、何の躊躇いも持たぬ程に。


「ナターリア様、我々も行きますぞ!!」

「すまない、頼む!」


 決して不利な戦型には持ち込ませず、絶えずギリギリの戦力を効率良く動かし続ける軍司令部。そしてその意図を素早く汲み取る前線指揮官。この二人が戦場に参加してから、ここの空気は一変してしまった。


「死ねゴルァァぐはっ!!」

「まだ死ねんな、私にはやるべき事があるのだ!」


 ナターリアの目に見ても、この戦場は異常だった。山賊の様な見た目の敵戦力に相対すこちらの戦力は、武装し剣を持った兵士たちの数に対して、同数程の農具の集団が混ざっている。そしてその武装民衆達がー


「なんだコイツら、見た目は無茶苦茶なのに妙に勢いが……」

「おい! 素人臭い雰囲気に騙されるな! そいつら本気で殺しに来てやがる! 確実に殺さねぇと死ぬまで動くぞ!!」

「何なんだよ気色の悪い……」


 兎に角士気が高いのだ。目は血走り、何故ここまで出来るのかと不思議に思う程に戦うのを止めない狂戦士と化した民衆軍団。農具を振り回し、敵を倒したかと思うとその装備を剥ぎ取って、見る見る内に強化されていく。決死隊の様な士気で、生きる事を諦めない軍勢。


「やらせるかよ、俺たちの街だ。俺たちが作った街だ!!」

「家族が居るんだ、嫁が、娘が! 殺させてたまるか!!」

「領主様が立たれたのだ、続かなくてどうする!!」


 ナターリアは味方ながらその集団に恐怖を抱かずにはいられなかった。背筋がゾッとする感覚を覚え、味方である事に心の底から安堵する。戦場に於いて、剣の腕前よりもその士気の高さでもって攻め上がられるならば、数多の状況を覆す事が可能だという事をナターリアは知っていた。その士気のレベルが余りにも高過ぎる。ニコルに焚き付けられ、レインがそれを適切に配置する。この二人が連動する戦場は信じられない程に戦いやすく、また死路しか見えてしなかったナターリアの目に、僅かながら活路が見え始めていた。恐らく、他の者達も負けるつもりなど毛頭無く、死ぬ気で勝ちに行っている。そこに自分程の戦力が遊んで居るなど愚の骨頂。


「ルァァァ!!!」

「ぎゃっ!?」


 故に、ナターリアは剣を振り続けた。


「ハァァァ!!」

「グハッ!?」


 その美しい顔を鮮血に染めながら、疲労困憊を告げる身体を無視して酷使し続けた。まだやれる、この戦場であればまだ覆せる。やれる、ニコルが後ろに居てくれるのであれば、まだ剣を振っていられる。ナターリアが死力を尽くし戦っていた、その最中に。


 新たな絶望が降り注ぐ。


「敵の……増援。あそこには……ライアス殿が!!」


 突如として現れた敵の増援。恐らくこれは敵の戦力内から捻出された物では無く、後天的に当てがわれた思考外からの一手。それが故に、司令部の対応が僅かに遅れている。偶然にも自身の立場は逼迫していない。寧ろ、あそこを抜かれる方が遥かに拙い。


 ナターリアすぐに移動を開始した。敵の異常性を察知したライアスの部隊はこれを迎え撃ったが、敵の勢いは高く、次々に斬り伏せられてしまう。一人、また一人と地に沈む旧友達、だがそんな事を憂ている暇など無くー


「どけぇぇぇぇ邪魔をするなぁぁぁぁ!!」

「行かせるかよクソ女が!!」


 道を阻まれ、邪魔する者どもを蹴散らして何とか前へと足を進める、ナターリア。しかし、無常にも。


「グッ……!」

「やっと死んだかよ、ジジイが!!」


 ライアスの胴体を、一振りの剣が貫いてしまっていた。


「ライアス殿ォォォォォォ!!」


 叫ぶナターリア、だがこれに対してライアスは。


「こ、れ、し、きぃぃぃ!! ガアアアアァァァァ!!!」

「なっ!? 嘘だろグバッ!?」


 剣が身体を貫通したまま、敵を斬り捨てる。そしてその鬼気迫る面のまま。


「ここを死守しますぞ! ナターリア殿!!」

「……おおとも!!!」


 激を飛ばされる。ライアスから、ナターリアへ。下唇を噛み、ライアスの救援を諦め、この戦線の維持に努めるナターリア。剣を振り、敵を斬り払い、そしてそれが何人目かになろうという、その時。背後で、大きく崩れる様な音が聞こえる。振り返るとそこには……ライアスが倒れていた。


「ライアス殿ぉぉぉぉ!!!」

「む、無念……漸く、漸く殿の剣となれる日が来たというのに、この目に焼き付ける事なく逝くなど……ぐふっ!!」


 駆け寄るナターリア、だがもうライアスに生気は残されておらず、死の淵の眼にて、一言。


「後は、た、頼みました、ぞ」


 そう言葉を残すと、彼は力尽きた。


「ライアス……殿。うわぁぁぁぁぁ!!!」


 一人分の将の喪失、それ以上に時を共にした戦友の喪失、それらが戦場に与えた影響は事の他大きく、またナターリアの心にも小さな揺らぎを作ってしまっていた。


「クソッ、クソクソクソクソクソォォォォォ!!!」


 乱暴に振り回されるその剣は既に消耗の域を越えており、俺は自身を作り直さなければ、如何なフラガラッハと言えど間も無く崩壊すると言う状態を察していた。だが、そんな猶予は与えて貰えず。


 斬って斬って斬って斬って。

 受けて受けて受けて受けて。


 剣へのダメージは着実に蓄積していき、やがてー


「そ、んな……」


 俺は刃の中央部分から、粉々になって砕け散ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ