23 女騎士の交渉
翌日の中天の鐘前、北門広場にて迎えを待つアズマリアの姿があった。そしてその傍らには女騎士ケイ。
「フフフ、待ちわびた瞬間がもうすぐ……」
「は、はあ…」
「まるで噂に聞く恋人との逢瀬の待ち合わせのようだ。心が逸るというやつか」
「そうですか~、はは…」
広場の噴水の縁に腰かけて待つアズマリアに対し、ケイはウロウロとせわしなく動き回っていた。
アズマリアの隣に座って貧乏ゆすりをしたかと思えば、立ち上がって歩き回り、立ち止まって腕を組みながら爪先で地面を叩く。そんな事を繰り返している。
そうしてはアズマリアに同じような内容の会話を求めてくるのだ。
「あ!! あの馬車かな!?」
特にこれが煩わしい。北門から馬車が出てくる度にこれであった。まるで小さな子供のようである。
「…違います。ケイさん、少し落ち着いて下さい」
そんな風にたしなめる事数回、ようやく北門から見覚えのある馬車がやって来た。
「あ、あれです。あの馬車」
「なに!! 行こう、すぐ行こう」
「だから落ち着いて下さい。人通りの少ないところに停車しますから、ゆっくり追いかけましょう」
すぐさま駆け寄ろうとするケイを引き止め、通常の歩行速度で馬車へ近付いていく。
アズマリアの言う通り、馬車は広場の中心部を避けて比較的閑散とした方へ進んでいき停車した。
少し遅し遅れて馬車に追い付く二人。
「ほう、二頭立ての馬車、仕立ても立派なモノだが…紋章の類いがないのはどういう事だろうなぁ…フフフ、怪しい」
言葉とは裏腹に嬉しそうな表情を浮かべるケイ。
「も、紋章がないとなにか不味いんですか?」
庶民のアズマリアには縁のない事なので気にしなかったが、貴族の馬車にはそれぞれの家紋をつけておくのが通例だ。
「うむ、貴族というのは何より面子を大事にするモノだからね。
貴族の乗った馬車の前を横切った平民の子供が無礼討ちされた、なんて話も聞いたことがあるだろう? そういった事を防ぐ意味でも貴族、またはそれに準ずるような大商家等の所有する馬車には紋章の提示が半ば義務付けられているんだよ。
平民相手だけでなく貴族同士でもどちらの家格が上なのかがわからないと面倒の元だしね」
「へ~、なるほど」
「まあ、おしのびで出掛ける際など紋章なしの馬車の例外もあるがね。
愛人の家や娼館、賭場等の少しばかり人の目が気になるところにデカデカと紋章を掲げて行きたい物好きは……ん? アズが噂通り愛人なら紋章がないのも納得できてしまうね?」
「ち、違いますからね?」
アズマリアの愛人疑惑はまだ尾をひいているようだ。
そうこうしていると馬車の側面の扉が開き、金髪碧眼の青年が顔を出す。
「やあ、アズマリアさん、今回もよろしくお願いします」
いつの間にか御者が用意したタラップをおりて広場に下り立つ若き貴公子と、その後ろに控えるメイド。
いつもの事だが、人目があるところでは礼儀正しい言葉づかいの猫かぶりモードのヴァルである。
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします…」
「…ふむ、女…の方ができそうだ」
二人の姿を見たケイはなにかを確認したように呟く。どうやら強者的な力量を測る行為をしたようだった。
そんな不躾な視線にさらされたヴァルだが、気にした様子もない。メイドのミザリーも同様だった。予め聞いているのだから当たり前ではあるが。
「おや、隣の凛々しい騎士殿はどなたですか?」
「あ、こちらはケイさんといいまして…その、ワタシと同じ教会の聖騎士さんです。
剣聖候補だったらしくて剣の腕もスゴいんですよ」
白々しいなあと思いながらもケイの紹介をするアズマリア。
すでにコウモリ念話で伝えてあるのだが、それを知らないケイに配慮しての事だ。
「おや!? そのような方がなぜこんなところに?」
「…その、とある件でヴァル様に尋ねたい事があるらしくて…よければお話を聞いていただけると…」
「そうですか。う~ん、他ならぬアズマリアさんの頼みであるなら断る訳にはいきませんね♪ わかりました、お話を伺いましょう騎士殿」
「………じゃあ…ケイさん、どうぞ」
なんか気持ち悪いな、と思いながら会話を交代するアズマリア。
ふとミザリーを見ると彼女のめったに動かない表情に違和感を感じる。いつもと同じように見えるのだが、よく観察してみるとほんの僅か口元がひきつっていた。まるで間違い探しのようであった。
「お初にお目にかかります。聖騎士のケイ=アンガートと申します」
「初めましてヴァルゲイン=フォン=ベオウルフです。にしても聖騎士殿でしたか。
王都や聖都ならともかく、この街でお目にかかれるとは思っておりませんでした。お会いできて光栄です」
「いえいえ、そのように畏まられるような身分でもありません。お気になさらず…」
「そう申されましても、貴女のようにお美しい女性の騎士殿にお会いしたのは初めてですから。
男としてはいささか緊張してしまいますね」
「はは、ヴァルゲイン様はお世辞がお上手だ♪」
「いやいや、本心ですよ♪
そのように他人行儀な呼び方でなく、どうぞヴァルとお呼びください」
「ではヴァル殿で。私のこともどうぞケイとお呼びください」
「ではケイ殿で」
「「ハハハハハ♪」」
表面上は和やかなケイとヴァル。
だが一方は疑念、一方はその疑念を知っていながら知らぬフリを腹に抱え込んでの会話。
どちらも知るアズマリアから見ると黒いオーラが漂っているかのようだった。
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「…なるほど…話はわかりました。
つまりは勇者様の退治した吸血鬼とその残党勢力の調査、場合によってはその殲滅に協力して欲しい、という事でよろしいのでしょうか?」
場所を変え、北門広場の出店のテーブルに腰を下ろす三人。ヴァルとケイ、アズマリアの三人だ。
ミザリーはヴァルの側に控え、御者は馬車に残っている。
「はい、なにぶん吸血鬼といえばアンデッドでも上位の魔物。
いくら勇者の聖剣と言えども滅しきれたかどうか…」
「なるほど、あり得る話ですね」
ケイの考察にそう答えるヴァル。
『ねーよ!! 代替わりしちゃってんじゃん!?』と突っ込みたくなるアズマリアだったがここは自制しておく。
「私が調べたところ、吸血鬼騒動の後のアンデッド関連の事件はヴァル殿が出した依頼のみです。
貴方の領地で問題があったそうですね?
ひょっとしたらそこになにか手がかりががあるかもしれません。なので調査の許可をいただきたいのですよ」
「ふーむ…」
アゴに手をあてて考えるフリをするヴァル。
「おや!? なにか不都合でも?」
「………」
ケイからすれば、この貴族らしき男が吸血鬼となんらかの繋がりを持っているというのは確定事項であった。
取っ掛かりは多分に主観…と言うよりは狂気に近い願望…の入り交じった結論であったが、詳しく調べてみるとギルドに出された依頼者の家名、ベオウルフ家など貴族名鑑に存在しなかった。領地に関しても、ここいら一帯はこの街の領主に治められており他の貴族の飛び地なども存在しない。
架空の家名、存在しない領地、アンデッドの存在、それらのピースがピタリとはまり奇跡的に真実にたどり着いた稀有な例である。
それでもまさか目の前の本人がお目当ての吸血鬼だとは思い至らなかったが。
ともあれ、おそらくこの場ははぐらかされるか断られるかするだろう。そうなったら多少強引にでも問い詰めればいいと思っていたのだが、
「わかりました、協力いたします」
「はぇ!? い、今なんと!?」
「ですから、協力いたしますと申しました」
断られると思っていた提案があっさり承諾され呆気に取られるケイ。
「いやいや!! いいの!? 見られて困るものとか…そういうのないの!?」
驚きのあまり言葉づかいがくだけてしまったようだ。おまけに相手側の心配までしてしまっている。
それを気にせず話を進めていくヴァル。
「いや、実はですね、我が領内で少し前から新規のアンデッド関連の問題が浮かび上がっていたのです。
まだ実害は出ていない上、解決方法が少しばかり特殊なモノになりそうだったので放置しておこうかと思っていたのですが、そのような時にケイ殿のような方が訪れて下さるとはまさに神のお導きでしょう」
そう言ってヴァルは大袈裟に身振り手振りで感謝を表現する。宗教画のモチーフに使えそうな感じだ。
「…ひょっとしてヴァル様が言ってるのって、前回の依頼の時に聞いた別件てヤツでしょうか?」
「左様でございます」
ヴァルの話の内容を聞いて思い当たるアズマリアと、いつの間にかその後方に移動してきて相づちを打つミザリー。
そんな二人を尻目にヴァルとケイの話は更に進んでいく。
「先程聞いたところによるとケイ殿は剣聖候補になるほどの腕の持ち主だとか? つまりお強いのですよね?」
「む…それに関してはそれなりに自負がある。私に勝てる者はそう多くはないはずだ」
強者の矜持を試すようなヴァルの尋ね方に反応してしまうケイ。
剣の腕に関してはそうそうゆずれない気性であるのだ。そしてそれはヴァルの思惑通りであった。
「それは素晴らしい。では、それがアンデッドの死霊騎士であっても問題ないですかね?」
「連中とは何度も戦り合っているが遅れをとったことはない。何匹かかってこようが問題にも…ヴァル殿は先程からなにが言いたいのだ!?」
質問の意味するところがわからないケイが少し苛立たしげに言い放ち、待ってましたとばかりにヴァルは答える。
「どうかその剣をもってして、我が領に居座る死霊騎士を討伐していただけないでしょうか?」




