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21 女騎士の事情


「け、け、剣聖で、きゅ、吸血鬼退治…ですか?」


 何を言っているのか訳がわからないよ? といった表情を浮かべるアズマリア。内心では『吸血鬼』と聞いた時から心の汗がダクダクと流れていた。

 そして残念な事に、誤魔化すのに成功しているとは言いがたいドモリ具合だ。


「だ、大丈夫か? いきなりで驚かせてしまったかな…飲み物でも飲んで落ち着きたまえ」


「そ、そうですね」


 そう言われ、目の前の白発泡葡萄酒(スパークリングワイン)をあおるアズマリア。


 落ち着いて!! 落ち着くのよワタシ!! 

 ビークール、ビークール、と養母に教わった呪文を心の中で唱えるアズマリア。意味は知らないが冷静になるおまじないらしい。

 なんとか吸血鬼との関係を顔に出さないよう努めようと気を引き締める。


「では話を続けさせてもらうが…まず剣聖ではなく剣聖…候補だ。うむ、そこのところの事情から説明しようか。

 君も……他人行儀だな。同じ信仰を持つ者同士、今後はアズマリアと呼んでもいいかい?」


「それでしたらアズでいいですけど…」


「おや!? 光栄だよ。では私のこともケイと呼んでくれ。

 アズと違ってそのまんまだがね」


「? あ、はい、ケイさん、ですね」


 なにか引っ掛かった気がしたアズマリアだったが、それを考える間もなくケイの話が続く。


「さん付けは無くてもいいが…まあ、アズが呼びやすいなら構わない。

 で、だ。まず剣聖というのは幾つかの国家間から認められた剣の達人に冠される尊称でな。

 平時は武人の頂点的な扱い。そして勇者が現れた時にはその仲間として魔王退治に赴く事が半ば義務付けられている。

 …確かこの街にも勇者パーティーとして訪れたはずだ」


「ああ、はい。吸血鬼討伐の祝勝会に出席されていました。

 覚えている限りだと……おキレイな方だったかと。勇者様のパーティーは皆さんそうでしたけど…」


 勇者パーティーは勇者、剣聖、聖女、魔術師の四人で構成されていたのだが、勇者以外は全員女性であった。


「なんだ、アズは直接会った事があるのか?」


「祝勝会のにぎやかし要員として参加したんで、遠目から拝見しただけですよ…お話はしませんでした」


「ああ、聖女か教会の関係者として参加したのか。

 ……大方あの勇者あたりが『花は多い方が楽しいだろ♪』とか言ってきたんだろうな…」


「…ああ、言いそうですね」


 あきれた表情を浮かべるケイ。その様子から勇者に良い印象を持っていないようだ。

 祝勝会で軟派されたアズマリアも同感だったが。


「話を戻…いや、戻らないのか?

 ともかく剣聖とは強者でなければならない。そして、剣聖はその時代に一人しかいない……正式には国家に認められる剣聖は、だな」


「はあ」


 ケイが言葉尻を濁した気がした。が、特に関心がないアズマリアは聞き流す。


「その剣聖という称号なのだが、時おり代替わりする事がある。

 病による急逝や、剣聖本人が力の衰えを自覚して継承を行う場合等だ。

 先代も高齢の為、次代への継承を決意してな。その場合、各国家から選出された剣士が集められ鎬を削るというわけだ」


「ああ…その選出された剣士というのが剣聖候補になるわけですね?」


 そこまで聞いてつい先程剣を突き付けられた時の動作が思い出された。

 抜く手も見せぬ瞬速の抜刀。国家を代表するような剣士と言われれば納得だ。


「そうだ、私もその一人ということだ。

 で、剣聖の選出方法というのが毎回違う。ある時は一発勝負のトーナメントだったり、またある時は総当たり戦だったりな。

 珍しいのだと候補者をある都市に集めて出会ったその場で戦闘、最後の一人になるまで続くという偶発的遭遇戦(ランダムエンカウント)等もあったらしい。

 なかなか楽しそうな催しだと思わないか?」


 ニタァと好戦的な笑みを浮かべるケイ。

 笑うという行為は本来攻撃的なモノであるらしい。獣が牙をむくのが原点だそうだ。


 それを見て『あ、この人結構な戦闘狂(バトルジャンキー)だ、ヤベー人だ』と思ったアズマリア。


「そ、そうなんですね。ワタシにはちょっと……わかりかねますが…

 と、ところで剣聖様がすでに決まっているということは今回もそういった事…力比べみたいなのがあったんですか?」


 とりあえず質問して剣呑な雰囲気を和らげようとしてみたのだが、それを聞いたケイは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「………あった…半年ほど前だ」


 嫌なことを思い出した、と言わんばかりの不機嫌な表情と声音である。


「あ、その…」


 ドラゴンの尾を踏んでしまったかとアセるアズマリア。

 よく考えれば、すでに剣聖がいるということは目の前の女騎士はその座を賭けた勝負に敗北したということでは無いだろうか?  


「…その少し前に勇者が発見されたという報告があってな。

 剣聖は勇者に付き従うモノ、ならば勇者自身に選定してもらったらどうか、という意見があがった。そして勇者と候補者全員が手合わせして選ばれた者が剣聖という具合に決定してしまったのだ……何度思い返してもおかしい理屈だ…」


「えっと、でも剣聖って強い人が選ばれるんですよね? 勇者様を一番追い詰めた人とか勝った人なんじゃ…」


「違う!! そもそも、五人の候補者のうち現剣聖のアイツと私の二人しか手合わせは行われなかった!!

 残り候補者の三人は壮年の男性という理由で弾かれてしまい、手合わせの結果としても私の方が優勢だったという意見が大勢であったにもかかわらず、

『可能性を感じるし、相性も彼女の方が良さそう。強いて言えばなんとなく?』等というふわっとした具体性皆無でありながら勇者の一声と言うことで剣聖が決定してしまった!!

 そりゃアイツの腕だって悪くはなかったが、その時点で強いのは私だったし、男の剣聖候補達には機会すら与えられなかったんだぞ!? 

 そんな理由で納得出来る訳が無いだろうが!!」


 テーブルをドンッと叩いて感情を露にするケイ。


「ハァ、ハァ…すまない…取り乱した」


「い、いえ…少し飲み物でも飲んで落ち着きましょう…」


「そ、そうだな、いただくとしよう。

 フッ、先程とは立場が逆になってしまったな」


 そう言ってグラスをあおるケイ。

 熱くなっていた頭がちょっぴり鎮静していくのを感じる。


「…とまあ、そんな経緯があってな。今勇者と行動を共にしているのは対外的には剣聖だが中身は剣聖ではない。少なくとも私を含めた剣聖候補は認めていない…筈だったのだが…」


「?」


「私を含め候補者達はなにかしら国や組織に仕える身だ。剣の勝負で選出されていないことに納得がいかぬと吠えたところで、上から否と言われてしまえばそこまで。そんな風に皆黙らせられてしまった」


「ああ…わかります…宮仕えというか組織に仕える者の悲哀ですね…ワタシもその一端を味わいましたから…」


「そうか…そんな風にモヤモヤした日々を過ごしていたのだがな……」


 一端言葉を切る女騎士ケイ。いったん顔を下げて黙り込んだ


 失意にくれているのかと心配するアズマリアだったが杞憂であった。


「クッ…クッ…クッ、ククク、そんなある日、現剣聖のアイツと話す事があってね」


「ヒィッ!?」


 顔を上げた彼女の口元には先の好戦的な笑みが張り付いており、それは先程よりも余程イッちゃっていたのである。感情の起伏の激しいケイであった。


 ある意味アズマリアと似通った部分のある女性である。


『何でも、


『とある街の近郊に居座る吸血鬼を勇者パーティー全員でなんとか倒すことが出来た、これまで苦戦という苦戦をしたことがなかったので焦りました』


 と 、いうことだ」


「は、はあ、それってつまりは…」


「そう、この街での出来事だ。

 そこで私は思ってしまったんだ。勇者パーティー四人で苦戦した吸血鬼。これを一人で斬り伏せることが出来れば私は間違いなく現剣聖よりも強い!!

 現剣聖のアイツの鼻をあかしてやれる!!

 たとえ世が、人が知らずとも剣に生きてきた私がようやく報われる時が来るのだと!!」


「うわぁ~…」


 口元もそうだが目もイッちゃっていた。目玉の中でグルグルグルグルと狂気が渦巻いているようである。

 人の持つ恐怖の一端を垣間見た気がするアズマリア。今日一日で物理の恐怖と精神の恐怖を味わってしまう可哀想な女神官だ。


「ででで、でもその吸血鬼って勇者パーティーに倒されてしまったんじゃ…」


 実際にはその縁者と繋がりのあるアズマリアである。もしその関係がバレたらと思うと気が気ではない。


「もちろんそれも考えた!! だが吸血鬼という奴は一度死んでも蘇るというのが定説ではないか。ほら、復活用の棺自体を破壊したり清めておくとか、予め中の本体の心臓を銀の杭で刺しておくとか聞いたことがないかい!? 勇者どもの話を聞いた限りそういったことはしていない!! 蘇生している可能性は高いと踏んだんだ!!

 よしんぼ勇者の持つ聖剣の力で倒されたとしてもその血縁者がいる可能性だってある!! そう教会の上役を丸め込み、調査と討伐の任を請け負って来たのだよ♪」


「はわわわわ…」


 完全にイッちゃってる女騎士からテーブル越しに見つめられてガクブルなアズマリア。

 部屋の扉の外では飲食店の店員が料理を運んで来ていたのだが、鬼気迫るケイの様子に扉をそっ閉じしていった。


「ちょ、店員さん!?」


「それでだ、数日前にこの街に到着した私は吸血鬼の痕跡が無いかを調査して回った。

 …不思議と勇者の吸血鬼退治があったばかりだというのに、この話になると住民の反応が鈍くてね、苦労したんだ。

 だがその結果、吸血鬼退治の一月後、冒険者ギルドでアンデッド関連の依頼が受注され処理された事がわかった!! ここいらでは全く発生したことがないアンデッドが、だ…」


 完全にアズマリアにロックオンしたケイ。彼女を追い詰める言葉が続いていく。


「…そしてその依頼を受けた女神官は以降羽振りが良くなったらしい。それまで麦粥のみだった食事はパンとオカズがつくようになり、滞りがちだった宿賃はまとめ払い、古巣の孤児院にも寄付をしたそうだ。孤児院の年少者にはアズねぇアズねぇと呼ばれているそうだ。

 そう、君の事だよ、ア・ズ・マ・リ・ア♪ 私はな~んでも知っているんだよ?」


「イヤァ!? ニタァな笑みがニチャアな笑みに変わってますぅ!?

 店員さん、人を、衛兵を呼んでくださいいぃ!! 偏執的な変態がここにぃ!!」


「そしてアンデッドの依頼の件以降、妙な噂があるらしいね? 

 依頼先の貴族の愛人だかをやっている、なんていうねぇ…その貴族、とても怪しいと思うんだ…」


「うぁぁ…」


 いつの間にかテーブルから離れ、壁際に追いやられてられているアズマリア。

 身も心も追い詰められていた。


「間の悪い事にそれがわかった次の日にはアズはその依頼主の所に出掛けてしまっていた。

 ここ数日は北門に張り付いてそれらしき馬車の出入りを見張っていたんだけどね、アズが徒歩で戻って来たと聞いたときには焦って気が急いてしまったよ。

 何度も言うが先程の乱暴な態度は済まなかった。本当に悪いと思っているんだよ。

 だが、あの時見たかなりの量の魔石はなんなんだい? 出来ればキチンと説明して欲しいんだ♪」


 言外に吸血鬼と関わっているだろう?と問われている。


「ひぐぅぅ…」


 追い詰められて泣きそうなアズマリア。


 だいぶイッちゃっている雰囲気はあるが、ケイの予想・推理は大部分が当たっていた。関係各所に聞き込みを行う念の入れようだ。

 誤魔化しきるのは相当な弁論能力が必要だろう。そんな中アズマリアが下した決断は、


「あ、あの…」


「ん!? なんだい♪」


「ワ、ワタシにはよくわからないんで、その依頼主の方に直接聞いてもらって…いいですか?」


 ヴァルへの丸投げだった。




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