3 当ててくる系男子、藤倉玲 -1-
次の日、またしても私は大学の学食でぐったりしていた。
昨日はあの後、青柳先生とペンキ塗りゲームを二時間ほどやって、それから『青柳良馬です』『西浦真帆です』と改めて自己紹介して、メアドと電話番号交換してSNSのグループ作って、宅配ピザ食べて氏原の手土産のアップルパイ食べて。
……で、そろそろ帰ろうという時に青柳先生が何だか物足りなさそうだったから、私の方からキスをした。まだ二回目(一回目は事故)だから、下手くそだったけど。
それで軽く胸触られてからタクシーおごってもらって帰った。帰ったんだけど。
ああーもう、どうしてあんな恥ずかしいこと出来たかな! 思い出すと恥ずかしすぎて、窓から飛び降りたくなるよ。
今日も学校終わったら青柳先生のところに行くことになってるんだけど(引きこもりだから外デートという選択肢がない)、どんな顔で会ったらいいのか分からない。
こんなことでジタバタ悩むとか私のキャラじゃないんですけど。こんなことで悩んでること自体が恥ずかしいんだけど。
だいたい先生は私なんかにキスされて嬉しいのか? 私の胸とか揉んで楽しいのか? 全然分からん……男女交際よく分からないよ……。
「真帆ちゃん……何してるの?」
顔を上げると小夜ちゃんが怪訝な顔で私を見下ろしていた。
「私、何かしてた?」
「何だかジタバタしてた」
行動に出てた! 余計恥ずかしい。
こういう時は小夜ちゃんに相談……したいところだが。
お人形さんのようにかわいい小夜ちゃんだが、彼女は恋愛に興味のない人である。
アクセサリーとか作る人で、そういうので身を立てられるようになりたいらしい。だから大学の勉強の他に、デザインの勉強も頑張っている。
いろいろな男性から時々告白されるらしいが、『あんまり興味ないしタイプの人から告られたこともないし、今はいいかなって』と言って恋愛からは距離を置いている。
そうだからこそ、『彼氏? 出来る時は出来るでしょ。出来なくても別に毎日楽しいし?』みたいなスタンスだった私とウマが合ったわけなんだが。
『出来る時』が意外に早く来てしまった私としては、どんな顔して小夜ちゃんにその報告をしたら良いのか分からない。
こんなことなら『彼氏欲しいわー』『どうしたらいい男捕まえられるかなー』みたいな会話をしておけば良かった。普段から恋愛中心に生活していれば、いざという時あわてなくて済んだというのに。
「真帆ちゃん? どうしたの、本当に今日おかしいよ? 膝、そんなに痛むの?」
「いやまあ……膝も痛いは痛いんだけど」
言いにくい。すごく言いにくい。でも小夜ちゃんは大学で一番の親友だ。やはり報告しないわけにはいくまい。よし言うぞ。
「小夜ちゃん」
「何?」
「実は、私ね」
「あ、西浦さん、中森さん。お昼一緒していいかな?」
横から声をかけられてガクッとした。
同じ学科の藤倉くんだ。男女問わず愛想がいいが、どちらかと言うと女子と一緒にいることの方が多いタイプ。悪い人ではないが、ちょっと軽い。
藤倉くんがいるうちは青柳先生の話は出来ないな。
「いやあ最近暑いねー」
ニコニコしている藤倉くん。
「でも女の子が薄着になるから俺は嬉しいんだけど。二人はまだ薄着しないの?」
こういうタイプだ。
「私、冷房苦手だから夏でも長袖」
真面目に返す小夜ちゃん。
ちなみにかみ合ってなくても藤倉くんは気にしないので、会話は普通に進む。
「あれ、どうしたの?」
藤倉くんが首をかしげる。
「何?」
「いや、いつもだったらこの辺で西浦さんの鋭いツッコミが入るのに。調子でも悪いの?」
……彼は勘のいい人なんだよね。
それで助かる時もあるが、今日みたいな時は困る。
「真帆ちゃんね、バイト先で膝ケガして辛いんだって」
幸い小夜ちゃんがフォローしてくれた。ありがとう小夜ちゃん。
「そうなんだ。災難だったね、どうしたの?」
「蛍光灯を替えようとしてたら脚立から落ちて……」
「え? 西浦さん、運動神経良さそうなのに」
うっ。
「いやちょっと……来客に声かけられて」
「それくらいで落ちないでしょ、普通」
普通はね。
「いやその……脚立も古くてガタガタしてたし」
「それは危ないね」
良かった、誤魔化せた。
と思ったら、
「なーんか、おかしいなー」
ちょっと意地悪っぽく目を細めて言われた。
「今日の西浦さん、いつもと違う。そう思わない、中森さん」
「うーん、そうね」
言われて、小夜ちゃんも私をじろじろと見た。
「確かに、真帆ちゃんにしては歯切れが悪いね。いつもはもっとハッキリしてるのに」
「だろ? おかしいよね」
「膝が痛いからだと思ってたけど」
ナイス小夜ちゃん! よしここで膝の痛みをアピールするんだ自分。
「あっ痛い! 膝が痛い! 湿布替えてこようかな!」
しかし私の迫真(多分)の演技にも、二人の目は冷たかった。
「明らかにおかしいね、藤倉くんの言うとおり」
「やっぱり? そうだよね」
しまった。下手な演技をしてますます状況を悪くしてしまった。
だいたい私は裏表ないのが芸風だから、こういうシチュエーションは苦手なんだ。
けど、藤倉くんの前で青柳先生の話をするのもちょっとヤダ。大事なことだから、小夜ちゃんにこっそり打ち明けたいんだけど。
勘がいいんだから、そういうところは察してくれないのかなー。
「うーん。運動神経が良くてはきはきしている西浦さんが脚立から落ちて怪我をして、人が変わったようにポンコツになっている。これは、何かあったかな?」
ポンコツってあんた。他に言い様はないのか。
「もしかして頭でも打った?」
そう来たか。でも、使えるかも?
「あ……もしかしたらそうかも」
「それは危ないなあ。病院で検査してもらった方がいいよ」
藤倉くんはうなずくが、
「真帆ちゃん、そんなこと言ってなかったじゃない」
まずい。小夜ちゃんの目が本格的に鋭くなってしまった。
そうだ、バイト早退して病院に行ってる間、ずっと小夜ちゃんとSNSしてたんだっけ。その時にケガの様子とかも細かく説明したんだった。頭は打ってないことも含めて。
「分かった。さては俺がうるさいと思って、適当なことを言って誤魔化そうとしてるね?」
にっこり笑う藤倉くん。そんなとこばっかり鋭くなくていい。
「でもムリだよ。西浦さんは元々嘘は下手だし、今は更にポンコツ化している。俺はもちろん、中森さんもだませない」
何か推理ドラマの会話みたいになって来てるんですけど、何でですかね?