11 イケメン女子、西浦真帆 -3-
離された後、思わず大きく息をついた。だが落ち着く暇もなく、強く抱きしめられて頬ずりされる。
大丈夫か青柳先生。情緒不安定なのは知ってるけど、今日はまたずいぶんと激しいような。
「あ、あの。この前はご迷惑かけて申し訳ありませんでした」
無言。
「あの。何か、母も押しかけたみたいですみませんでした」
知らない人苦手なのに、そこは本当に悪かったと思う。
そしたら、
「あのっ。み、みさぴょんさん……真帆ちゃんのお母さん……僕のこと……怒ってませんかっ」
咳き込むように聞かれた。
はい? 何で?
「別に怒ってないと思いますけど」
迷惑かけちゃダメだって私は注意されたけど。そして『みさぴょん』ってうちの母のアカウント名か、我が親ながらひどいな。
「お、怒ってなくても訝しんでたりとか、最低のクズ野郎って蔑んでたりとか……」
あなたの頭の中で何が起こっているんだ。
「そんなことはないと思いますけど。カッコいいわねって言ってましたし」
本当はその前に『ダサい服を着てなかったら』がついていたけれど、それも黙っておく。
「だ……だって僕……!」
青柳先生の顔が、殺人事件のトリックを名探偵に暴かれた犯人みたいに歪んだ。
「みさぴょんさんと連絡の取れるアカウント、休止しちゃったし……!」
そんなに後悔するならやるなや。
と思ったけど、やらずにいられなかったんだろうなあ。
私もネットで交流してる人の中に青柳・母が隠れてたりしたらかなり焦るよ。
それをマジでやられたわけだから、このメンタル弱い人が。思えばうちの母の罪は深い。
「いえ、何も言ってなかったし多分大丈夫です」
大して気にもしてないと思う。
「やっちゃダメだ、やっちゃダメだって思ったんですけど……! 僕……どうしても……怖くて……」
やはり青柳先生だけ二時間ドラマの犯人みたいなセリフになってる。
「大丈夫です、あの人は身内の私たちでも怖いです」
父もよく母に何かされて『怖っ!』って言ってる。母はだいたい『うふふふふ』って笑って済ましている。
「アカウント削除だけは何とか……思いとどまったんですけど……。どうしても、今まで通りやっていくことが出来なくて……僕……ごめんなさいっ……!」
ひざまずいちゃった。だから、この二時間ドラマ風味をどうにかしてくれ。
雰囲気的に三人くらい殺してるよ、コレ。犯人にはやむにやまれぬ事情があったんだけど、それゆえに残忍な犯行を繰り返してしまった系のヤツね。
あれ、それじゃアレか。私は『自首してください』って言う刑事ポジションなのか。
「えーと。先生、ちょっと落ち着いて」
とはいえ私は別に刑事でも名探偵でもないし、青柳先生も連続殺人犯ではないので私は微笑んでこの場を収めようと試みる。だが、
「僕……僕はホントにダメなヤツで……。真帆ちゃんのお母さんなのに……事実上ブロックするようなことをして……何で僕はいつも……自分で自分が……情けない……」
ダメだ聞いてない。犯人の涙の告白モードから抜け出てくれない。
「死にたい……」
ここに崖はないから。マンションの青柳先生の部屋の玄関だから。飛び降りたそうな目で何もない空間を見つめるのやめて。
そしてブロック魔のくせに、今さらひとりくらいブロックしたからってそんな絶望した顔されても。
「あの。とにかく青柳先生、落ち着いて下さい」
何もなかったフリをして誤魔化す路線は無理そうなので、私は問題に正面から取り組むことにした。
「うちの母なら大丈夫です。青柳先生のような繊細な神経は持ち合わせていません。多分アカウント休止してることも気付いてないです」
要するに目的は私の動向チェックなわけだから。私が家で寝込んでた間は気にしていないはず。
あ、母を振り切って出て来たから今頃は気付いてるかもしれないが、『あー私がフォローしてたからか、嫌だったかなやっぱり』と思うくらいの神経はある……と思う。思いたい。
「そうかな……。そうだといいけど……」
廊下に膝をついたまま呟く青柳先生。
「けど。そうだとしても僕のやったことは変わらない……僕は……どうして……あんなことを……」
だから、二時間ドラマテイスト。
「先生」
いい加減、二時間ドラマの結末部分をリピートされることにうんざりしてきた私はきっぱりと言った。
「先生は私と付き合いたいんですか、それとも私の母と付き合いたいんですか」
「えっ」
絶望に打ちひしがれていた青柳先生は、急にきょとんとした表情になる。
「それは……真帆ちゃんですけど……」
なぜ答えるのに間が空く。と言いたいが、ツッコんだら更に面倒なことになるので我慢する。
「じゃあ母がどう思っていようといいでしょう? 私は何も気にしてませんし、むしろ母ともどもご迷惑をかけて申し訳ないと思ってます」
足元でうずくまっている先生の頬に手を当てて、上を向かせる。しっかりと目を合わせる。
「母が何か言ったとしても、私は青柳先生が好きですし、お付き合いさせていただきたいです。青柳先生のご両親がもし私を気に入ってくれなくても、先生とお付き合いしたいです。青柳先生は違うんですか?」
「えっ……あの……」
先生の顔が、思いがけないことを言われた人みたいに固まる。
泣きそうなままできょとんとしてる、その顔が小さな子供みたいで笑いたくなってしまう。
ああもう私、ホントこの人のこと好き。
曲補正が大きいんだろうなとは思うけど、この繊細過ぎるところも最近はツボなんだよね。
ちょっとしたことで動揺してるのが、面倒くさいと思いつつも愛おしい。
微熱でまだ体がだるいのに、青柳先生に嫌われたかと思うと心配でここまで飛んできちゃうくらいには、めちゃくちゃホレてるよ。
「青柳先生、大好きですよ」
かがみこんで、今度は私からキスをした。
さっきもう濃厚なのされちゃったからいいよね。うつっても知らないよ。熱出たら治るまで私が看病するけれど。
目を見開いて固まったまま私にキスされた先生は、ゆっくりと唇を離した私の顔をぼんやりと見つめた。
それからガシッと強い力で私の両手首をつかんで、
「僕もです。僕も真帆ちゃんが好き……大好きです」
すがるように言った。
そして、
「結婚してください」
と付け加えた。
そもそも最初から『結婚を前提にしたお付き合いを』とか言ってたけど、この人。
その時は、無理させて枷を着けたくなくて『そこまで気にしなくていいです』なんて言ったのだけど。
今なら分かるようになってきた。きっとこの人、その方が安心するんだ。
私、負担にならないようにとしようと思って逆に負担をかけてたのかもしれないなあ。
指を伸ばす。両手首つかまれてるから届く範囲で、青柳先生の腕をそっとなでる。
「分かりました。いつ、結婚しましょうか?」
青柳先生の目が潤む。
「真帆ちゃん。……ホントに?」
泣くなや。男だろ。
「ホントです」
うなずいたら、つかんだ手首をそのまま引っ張られた。
力が強くてよろけてしまって、思い切り胸に飛び込んでしまう。
がっしりと抱きしめられた。
「……真帆ちゃん、ほっぺた熱い」
「まだちょっと微熱が」
「そうだったんですか」
青柳先生はとても申し訳なさそうな顔になった。
「無理させてごめんなさい」
私は首を横に振った。
「ううん。私も会いたかったから」
もう一度先生の頬を触る。
「でも、今度こそ風邪うつしちゃったかも。ごめんなさい」
「かまわないですよ」
頬ずりされる。
「熱が下がり切ってないのに呼びつけてごめんなさい。少し寝た方がいいですね。ベッドまで運びましょうか」
「いや無理しなくていいです」
そんな筋力ないでしょうが引きこもりの人。
「あのね、先生」
私は先生の首に腕を絡めて、耳元にそっと囁く。
「もしこのまま熱が下がらなかったら、今夜泊めていただいてもいいですか?」
青柳先生の肩がぴくっとする。
「あっ、もちろん両親には私から連絡します。何も言わせませんから」
「いえ……」
青柳先生はちょっとギクシャクした動きになったが、それでも言った。
「ぼ、僕が……僕がきちんとみさぴょんさんに連絡して、真帆ちゃんをお預かりしますって言いますので……。その、ちゃんと、ご挨拶もするから、大丈夫、ですから、……大丈夫、聞いてもらえる、大丈夫、出来る……」
後半自分に言い聞かせるみたいになっているが。
「あのう、あんまり無理しなくても」
「だ、大丈夫、無理じゃないです、出来ます、やりますから」
なんか言い切ってるし。いいのかな? 頼っても。
「じゃあ、お願いしてもいいですか」
「は、はい。頑張りますから」
過呼吸で死にそうになったら助けに入ることにしよう。
それから青柳先生に支えられて寝室に行った。ひとりでも歩けたけど支えてもらった。
そして先生は私をパジャマに着替えさせた。ひとりでも着替えられたけど、ちょっと恥ずかしかったけど先生に任せた。
いつもは私が青柳先生に添い寝するけど、今日は青柳先生が私に添い寝してくれた。
夜になって熱を測ったけれど、青柳先生は体温計を私に見せてくれなかった。
そしてものすごく裏返った声で、
「いえっ、迷惑ではありませんからっ」
「大丈夫ですっ」
「様子がおかしかったらすぐに病院に連れて行きますのでっ」
「とにかくお預かりしますのでっ」
と電話してるのが聞こえた。……最後、一歩間違ったら誘拐犯みたいなセリフになってるよ青柳先生。
私からもこっそり母に『泊るから』と連絡しておいたけど。
母は『帰って来なさいよー』とか言ってたけど、『今夜は帰らない』って返しておいた。




