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10 ネット弁慶、りょー -2-

 キッチンからミネラルウォーターを持ってくる。

「真帆ちゃん。水、飲めますか?」

「うん……」


 彼女は細く目を開ける。

「……青柳せんせ。私、寝てた? ごめん」

「いいから、水を飲んでください。熱出てますよ」

「熱……? 小夜ちゃんのがうつったかな……。ごめんなさい、先生歌う人なのに……風邪うつしたら大変……。今日は家に帰れば良かった……」

「僕のことはいいですから。水を飲んで」


 抱きかかえた腕の中で、彼女はゆっくりと水を飲む。

 その動きが小さな女の子のようで、少し背徳的な気分になる。


 半分ほど飲んだところで、彼女はペットボトルから口を離した。

「ありがとう……」

「もういいんですか? まだ買い置きはあるので遠慮しないで」

「大丈夫です……もう飲めない……ありがとうございます……」

 またぐったりと目を閉じてしまう。


 後は、濡らしたタオルだったか。

「真帆ちゃん、ちょっと待ってて」

 彼女をソファーに横たわらせて、洗面所でタオルを濡らしてくる。


「真帆ちゃん、これ、タオル。濡らしてきたから。腋に入れるといいって」

「ありがとう……」

 彼女は受け取って、無防備にまたシャツのボタンをはずす。ブラジャーが露わになって、それを見ていいのか目をそらすべきなのか良馬は迷った。


「青柳先生、お母さんみたい」

 そんなことにも気付かず、彼女は無邪気に微笑む。

「家で熱出すと、お母さんがいつもこういう風に濡れタオル作ってくれるの」

「はあ」

 男なのにお母さんみたいと言われてもあまり嬉しくはない。だがその言葉で『みさぴょんさん』のアドバイスを思い出した。


「真帆ちゃん。親御さんに連絡出来ますか? その状態じゃ帰れないでしょうから、ここに泊まると伝えた方が……。ご心配なさるでしょうから……」

「ああ」

 彼女はぼんやりとうなずく。

「そうですね。青柳先生、気が付いてくれてありがとう」

 フォロワーの受け売りだが、それは黙っておくことにした。


 彼女は自分の携帯を取り出して、通話を始める。

「……もしもし? お母さん、私。真帆。あのね、彼氏のとこにいるんだけど熱が出ちゃった。今日、小夜ちゃんが熱出てるのに大学来てて……家まで送っていったらうつっちゃったみたい……」

 だるそうに話している。

「それで……ね……」

 話している途中で気力が尽きたのか、彼女は急にぐったりしてしまう。


「真帆ちゃん? 真帆ちゃん、大丈夫ですか?」

 あわてて声をかけると、

「うん……」

 とうなずく。が、電話はそのまま放りっぱなしだ。


『もしもし? もしもし真帆? 真帆ちゃん?』

 電話の向こうから女性の声が響いている。


 どうしよう。

 良馬は焦った。彼女と親御さんの話は途中だ。このまま終わりには出来ないだろう。自分が今やるべきことは、ひとつだ。

『電話を取って彼女の代わりに話す』。

 これしかない。


『このまま知らないふりをして切る』

 という選択肢はとても魅力的だ。だがそれを実行した場合、彼女の親の心証は最悪になるだろう。

 知らない人と電話で話すなど、中学一年の一学期(引きこもり前)以来だ。けれどやるしかない。

 一気に冷や汗が出てきて過呼吸の発作も起きそうだが、彼女の一大事なのだ。発作など起こしている場合ではない。


『もしもし? もしもし?』

 電話の向こうからはまだ声が聞こえている。

 良馬は覚悟を決めて、携帯を手に取った。


「もし……もしっ……!」

 いきなり噛んだ。

「は……はじめっ……ましてっ。僕……わ、私……あ、あお……やぎっ……」

 焦りすぎて言葉にならない。


 しっかりしろ自分。彼女は自分と付き合っていることを両親に話しているはず。

 紹介してほしいと親御さんが言っているという話もあったのだ。不審者とは思われないはずだ。


「いえ、あのっ。……ま、真帆ちゃん、いや、真帆さん、と、お付き合い、させて、いただいてますっ、青柳、あ、青、柳っ、と、いい、ますっ……」

 やたら自分の名前を連呼しているようになってしまった。まずい。完全に変な人だ。

 電話を切られるかもしれないと思うとますます呼吸が苦しくなってくる。


『はあ。はじめまして、真帆の母です』

 だが幸い、電話の向こうの女性の声は丁寧に挨拶を返してくれた。ほんのちょっと怪訝そうではあったけれど。

『あの、真帆はどうしたんでしょうか』


「ま、真帆さんはそのっ」

 舌がもつれる。

「熱っ……熱で、熱が、高くて、電話の、途中で、あの、眠ってしまって……」


『ああ』

 女性は少し笑ったようだった。

『真帆、小さい時から熱が出ると寝ちゃうんですよ。真帆、熱出してるんですか?』

「は、はいっ。熱……が……高く、て……あの、水、飲ませたんですけど、熱が、高くて……。それで、あの、良かったら、良かったらですけど、僕のところに、ですね、今夜は」


『三十八度七分?』

「は、はいっ、三十八度七分……」

『濡れタオルは作ってくれました?』

「はいっ。今、腋に挟んで……」


 あれ? と良馬も一瞬思わないでもなかった。

 何だか会話の流れがおかしいような。だがテンパっているので何がおかしいのか考えられない。


 その瞬間、

『りょーさんでしょ? 落ち着いて』

 と言われて、思考がフリーズした。


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