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9 朦朧風邪ひき女子、中森小夜 -1-

 その一週間ほど後のこと、

「おー。真帆ちゃん久しぶり、元気ぃ……」

 ゲホゲホと咳をしながら、小夜ちゃんが大学に現れた。

 季節外れの風邪を引いてしまったそうで、彼女はしばらく講義を休んでいたのだ。SNSで連絡を取ってはいたが、顔を見るのは久しぶりである。


「大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

 と言っているが、まだフラフラしているみたいだ。四十度の熱が二日続いたとか言ってたしなあ。

「真帆ちゃんは? 膝、治った?」

「うん、だいぶ良くはなったよ。それより小夜ちゃん、まだ辛そうだよ」

「大丈夫大丈夫、ここまで来られるようになったんだから大丈夫」

 そう言われても、大丈夫に見えない。


「ちょっとね、めまいがするから作品作れないのよ。それが辛いけど、あとはちょっと咳が出るだけだから」

 ゲホゲホゲホゲホ。すごい咳。マスクしてるけど、マスクが吹っ飛ぶんじゃないかと心配になる。

「まだ講義受けられる状態じゃないんじゃないの?」

「一週間も寝込んだんだからもう大丈夫だよ。薬のせいで眠くてフラフラするだけ」


 もう元気なのだと言い張る。私が肩をすくめて、

「ノートは私が取るから。小夜ちゃんは講義の間眠っててもいいから」

 と言うと小夜ちゃんは、

「さんきゅ」

 机に突っ伏してしまう。やっぱりまだだるいのだろう。


「ねえ真帆ちゃん」

「んー?」

「彼氏とうまく行ってる?」

 ……赤くなるぞ。


「んー。まあ」

「写真見せてよお」

「写真ない」

「嘘。プリとかは」

「ない」

 彼氏、外出しないもん。


「マジか」

「マジマジ。彼氏、引きこもり」

「どうやって知り会ったの。チャット?」

「いや、奇跡的に外に出てきた時にご縁があって」

 自分で言うのもあれだけど、深海魚を一本釣りしたみたいな気分になって来たな。


 考えてみると、あの青柳先生が外出するってそれだけですごいことだ。

 事故キスしたのって、青柳先生が月一でバイト先の会社に来るようになって三回目。あの青柳先生が月一で三回も外出! 彼の生態を知り尽くした今になってみると信じられない。


 どうやって釣ったのか知らないけど、今思うと氏原のプロデュース力ってすごかったのかも。

 居酒屋に連れて行ったりもしてるんだよね。宅飲みならまだ分かるけど、居酒屋! 絶対無理そうに見えるけど。今更だけど、どう誘ったらあの青柳先生がそれについていくんだろう?


 考えてみると青柳先生が外に出て来なければ私たちが付き合うことも、それどころか出会うことさえなかったのだ。

 あれ。これって、ちょっとくらいは氏原に感謝すべきなのかな?


「そっかー」

 風邪でいつもよりテンションが低い小夜ちゃんは、机に突っ伏したまま呟く。

「付き合い出してから真帆ちゃん楽しそうだから。彼氏どんな人なのか見てみたいんだよね。真帆ちゃんが可愛くなり過ぎて、ちょっと妬けるし」


「か、可愛く?」

 そんなこと、両親と青柳先生にしか言われたことない。あ、青柳・母にも言われたか。

 でもそういうのは小夜ちゃんみたいな女の子のためにある言葉で、青柳先生の場合は他に選択肢がないから私に言ってるだけのはずで。


「なったなった、可愛くなった。あと女の子っぽくなった」

 小夜ちゃんはだるそうな口調のまま、雑に請け合った。

「颯爽としてカッコいいイケメンキャラが真帆ちゃんの味だったから複雑な感じもするけど、女の子っぽい真帆ちゃんもそれはそれで可愛いからさらに複雑なんだよー。だから親友の小夜ちゃんとしては、私の真帆をそんな風に変えたヤローの顔が見てやりたいわけなのさ」


「小夜ちゃん。まだ熱があるんじゃ」

 率直に言って心配になった。なんかオカシイよ今日。

「大丈夫、熱下がったよ。ちょっとだるいだけ」

「いや、あんまりそういう風には思えない」


 私は着ていたカーディガンを脱いで、小夜ちゃんの背にかけてやった。無理するな。

「ありがと真帆ちゃん。やっぱりイケメンだよ」

 感動して目を潤ませる小夜ちゃん。うん、やっぱりまだ熱あるでしょ?


「私の彼氏ね」

 小夜ちゃんの耳元で囁く。

「オジサンだよ。ちゃんとした服着ればカッコいいけど、家だとだいたい変な服着てる。優しいけどメンタル弱くてよくキョドってるし、けっこうムッツリ。だけど」


 本当に聞こえるか聞こえないかくらいに声を小さくして、

「blue blue blue の音楽みたいな人だよ」

 付け加えた。

 それが親友だって言ってくれた小夜ちゃんに、私が返せる精一杯の気持ちだった。


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