8 パンチが強烈、青柳郁子 ‐2‐
「じゃあ本当に、拉致でも監禁でも強姦でもDVでも未成年でも家出少女でもないのね?」
「本当だってば」
「本当です」
「ああ、良かったあ」
再三再四確認して、青柳・母はようやく胸をなでおろした。
疑り深いな。ホント性格がそっくりだね、恐ろしいまでに。
「お前がこの子をさんざん慰み者にした後で殺して解体してゴミ置き場に捨てようとしているのかと思って、すごくドキドキしたわ」
「僕を猟奇犯罪者にしたいの? お母さん」
うむ。どうやらお母さん相手だと青柳先生は基本ツッコミに回るようだ。
「西浦さんでしたっけ。こんな息子で申し訳ありませんがよろしくお願いします」
頭下げられた。慌ててこっちも深くお辞儀する。
「い、い、いえ、こちらこそ、ふつつかものですが」
あれ、これでいいんだっけ挨拶って?
「ふふ、可愛いわね」
笑顔になった青柳・母。最初は強烈な人だと思ったけど、落ち着いてくると案外そうでもないかな。普通だし、優しそう。
「こんなお嬢さんが良馬の彼女になってくれるなんて夢みたいだわ」
穏やかにそう言ってくれるのは、かなり嬉しいかも。
「本当に……夢みたいで」
と思ったら急に眼に涙を浮かべた。
「引きこもり歴十七年で年賀状も二、三枚しか来なくて中学も全然行かなくて校長先生のお情けで卒業証書をもらった良馬に……!」
前言撤回。やっぱり普通を逸脱してるわ、このお母さん。
そして苦労しただろうことは分かるけど、息子の評価低っ。
「……高校も大学も通信で単位取っただろ」
すごくきまり悪そうに横を向いて呟く青柳先生。声小さいよ。
だがお母さんは止まらない。
「家から出ないからって、いつもみっともないカッコをしている良馬に彼女が出来るなんて。母だから言うけど、彼女ちゃんの前でそのTシャツはないわよ」
「このTシャツはお母さんが家から持って来たんだろ! 変な色だから誰も着ないけど、僕なら外に出ないから別にいいでしょって言って」
ああ。何で青柳先生が『上町町内会秋祭り』って大書してあるものすごく鮮やかなオレンジ色のTシャツを着ているのかなって、私も少し気になっていたんだけど。ガチ町内会の行事Tシャツでしたか。
「もういいだろ。ワイドショーの見過ぎだよ」
青柳先生はすっかり拗ねた表情になって横を向く。
「帰ったら? 僕が生きてるの確認できたらそれでいいんだろ」
生 存 確 認 。ここは老人のひとり暮らしのアパートか。
「あら、一緒にご飯食べようと思って作って来たんだけど」
「いいよ。真帆ちゃんが炒飯作ってくれるから」
「炒飯なの。ちょうど良かった、じゃあこれ二人で食べて。レバニラ作って来たから」
手提げからニンニク臭強烈な重箱を机の上に出す青柳・母。
えっ……まさかと思うけど、この三段の重箱の中身、全部レバニラ?
「何でレバニラなんだよ。そして何なのこの量?!」
青柳先生もびっくりしたみたいでツッコミが冴えている。
「え? 私が食べたい気分になったから作ってみたんだけど」
「僕たちは食べたい気分になってない。それにちょうどいいって何がだよ」
「え? 炒飯とレバニラ、どっちも中華だからちょうどいいでしょ」
「どう考えても炒飯に対してレバニラ三倍以上食べなきゃダメだよね。嫌だよ、そんなニンニク大食い大会みたいな昼食。持って帰れよ」
「でも家にも同じくらいの量あるし」
「どれだけ作ったんだよ?!」
青柳先生がこんな早口でしゃべってるところ初めて見た。ちょっと感動。
基本『……』を多用してもごもご話す人だと思ってたんだけど、もしかして根はツッコミなのかこの人。
私に対しては、まだまだ遠慮してくれてるってことなのかな。
いつも語尾、敬語だし。さっきはちょっとケンカになりそうだったけど、それでも話し方は優しかった。
でもお母さんと話してる時は普通の口調だ。
私たちって、まだまだ知り合ったばかりなんだな。青柳先生のことで知らないこと、まだまだいっぱいあるんだろうな。
あまりにもレバニラの量が多いので、お母さんをお引止めして三人で食べることになった。
炒飯は二人用のつもりだったからちょっと量が少なくなってしまったが、それを補って余りある量のレバニラがあるので問題ないと思う。(問題しかない気もするが見ないふりをする)
一応卵スープも作ったのだが、ニンニクとレバーとニラを食べたという感想しか残らなかった。青柳・母の料理のパンチ力すごい。
「ああ、おいしかった。真帆ちゃんって料理上手なのね」
「ありがとうございます。……レバニラもおいしかったです」
「お世辞は言わなくていいです。母が調子に乗ります」
「いえ、おいしかったです、ホントに」
ただ量が多すぎただけで。
「あら、気に入ってもらって良かった。また作って来るわね」
「絶対に作って来るなよ。あと三ヶ月は作って来るな。もう十分食べたよ」
青柳先生、ホントにお母さんには強気だな。
「良馬はホントにワガママねえ。真帆ちゃん、ごめんなさいね。付き合いづらいでしょう」
「あははは」
この場合、何と返したらいいのだろう。分からないから乾いた笑いで誤魔化しておく。
「危ないと思ったらすぐに逃げてね。遠慮なく警察に駆け込むのよ」
何かすごく真剣に言われたんですが、まだ猟奇殺人事件を心配しているのかこの人は。
立ち上がって玄関に向かった青柳・母は、ちょっと名残惜しそうに息子を振り返る。
「良馬も。いい人が出来たんだから、いつまでもフラフラしていないでちゃんと仕事に就くことを考えないと」
「僕、ちゃんと収入あるよ。知ってるだろ」
青柳先生の方はまた不機嫌になる。
「そういうのじゃなくて、ちゃんと地に足の付いた仕事をしなくちゃ」
あれ。青柳先生の職業(?)はご家族に理解されてなかったのか。
「CDだって出したしDL販売だってしてるし……」
また小声になって、私の見慣れた感じになった。あー、先生も自分の職業(?)に自信ないのか。
「あの、青柳先生のCD、アルバムチャートで最高二十三位取ってますから」
ライブ一切やらない・基本ネット配信のみ・顔出し絶対NG・大手に所属してないアーティストで、この売り上げはすごいと思う。
とフォローしようと思って言ったのだが、
「ベストテンに入れないんでしょう? 全然ダメじゃない、心配よ」
打ち返されて青柳先生にダメージが入った。お母さん厳しい! うちの母も大概だが青柳家の母もキャラ立ってるな!
「真帆ちゃんも心配じゃない? 将来のこととか考えると」
いきなり私の方に振られた。
えっ、急に言われても。えっ、将来?
「あ、あの」
「心配でしょ? 真帆ちゃん」
「あの、心配ですか……? 真帆ちゃん……」
青柳親子が二人してすごい目力でぐいぐい私を見てくる。こ、怖い。
「あの」
怖いからちょっと目をそらした。二人の頭の斜め上を見ながら続ける。
「私は青柳先生の音楽が昔から大好きなので、これからも素敵な曲を作ってほしいかなと……」
「えー」
という青柳・母の声と、
「ほら」
という青柳先生の声がかぶった。
「真帆ちゃんは僕の音楽を気に入ってくれてるんだ。僕の味方なんだよ」
すごく得意げで嬉しそう。分かりやすいなあ。
「それでいいの? 良馬を甘やかさなくていいのよ」
青柳・母は不服そう。こちらも分かりやすいなあ。
「真帆ちゃん、良馬とどんな風に付き合っていくのか真面目に考えてる?」
おっと何だか突然、詰問モードに? そんなに私の回答が気に食わなかったのだろうか。
どんな風に……どんな風にって、どんな風なんだろう?
私は青柳先生とどうやって付き合っていきたいんだろう?
青柳先生の顔を見ると、先生も私を見ていた。
私は……。
「あの。ケンカしてもちゃんと仲直り出来るくらい仲良くなりたいです」
ケンカしちゃったらもう一緒にいられないかも、なんて不安になるのは寂しい。
そんなこと思わなくていいくらい、もっともっと仲良くなりたい。
「ケンカしてもちゃんと話し合って、どうしたらいいかなって二人で考えていけるくらい仲良くなれたらなって思います。あと、遠慮しないで思ってることもっと言って欲しいです」
ってあれ、なぜ沈黙が。
あれ、はずした? そういう意味じゃなかった?
なぜか青柳・母に両手で肩をぽんぽんされたんだけど。
右手の親指上げてグッてされたんだけど。
そして両手握ってぶんぶん振られてるんだけど。
「やー何だか癒されたわ、女の子って可愛いわ、私も女の子産みたかったわ」
しみじみされてる。
「真帆ちゃん、今度うちの方にも遊びに来て。お父さんにも紹介するから。あと一緒にスイーツとか食べに行きましょ。娘がいたらそういうことしたかったのよ」
なんだなんだなんだ。
呆然としているうちに、青柳先生のお母さんは『じゃあまたね』と言って帰っていってしまった。
「その。変な母ですみません……」
後ろから抱きしめられて、耳元で囁かれた。いやとってもあなたのお母さんって感じだったけど。
いきなりそういうことされるとビックリしてすごくドキドキするから、やめてほしい。
「あと、あの……さっきはワガママ言ってすみません。バイトのこと……」
え、と思って先生の顔を見ると、耳まで真っ赤になっていた。
「真帆ちゃんが好きだから一緒にいたくて……あんなワガママ……大人なのに……ごめんなさい……」
何かよく分からないが、青柳先生が真っ赤なので私もつられて赤くなってしまう。
「いえ、私こそきつい言い方しちゃってごめんなさい。あの、私も先生と一緒の時間が欲しいので。土日は出来るだけ先生のために空けるし、バイトのない日は必ずここに来ますから」
「……真帆ちゃん」
キスされた。
青柳先生、どんどんキス上手くなってる。最近、キスの仕方がすごくねちっこい。
「僕のこと、嫌いになってないですか?」
私は首を横に振った。
「私の方が嫌われちゃうかと思って、不安でした」
そう言ってから思った。
先生がすぐに他人をブロックするのは、誰かに嫌いって言われる前にそれを避けようとしてるのかな。
「真帆ちゃんを嫌いになんて……」
「私だって、青柳先生を嫌いになんかならないです」
こういうのって付き合い始めの時だけだっていうけど、そうなのかな。
今のところ私には、青柳先生を嫌いになる未来なんて見えないんだけれど。
「もう一度だけ、わがままを言ってもいいですか?」
耳元で甘い声がまた囁く。
「君を抱きたいです」
……レバニラ効果?




