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8 パンチが強烈、青柳郁子 ‐1‐

 ところで、またバイトに行き始める(つまり青柳先生の家に来られる日が少なくなる)という話をしたら、ものすごくガッカリされた。


「えー。バイト……どうしても行かなきゃダメですか……」

「行かないとお金が入って来ませんし」

「えー。そんなの何とかなるんじゃないですか」


 好きで作ってる曲を動画サイトにアップするだけで広告料がじゃんじゃん入って来るとかいう、恵まれた人間はこの世にそんなにいない。理解してもらいたい。


「真帆ちゃんは僕よりお金の方が好きなんですね……」

 すごくいじけられたんだけど、人を金の亡者みたいに言うのやめて。お金は大事なんだよ。


 ムスっとしたまま、青柳先生はトイレにこもっちゃった。

 そんなことされてもバイトはやめないからね? 今日一日を青柳先生のために空けたんだからそれでいいじゃん。



 ちょっとケンカっぽくなっちゃったなあ。

 考えてみると、今までケンカしたことってなかったんだ。

 このまま先生、私のことを嫌いになっちゃったり……しないよね。


 先生って、ダメだと思ったらすぐに相手を切っちゃう人なんだよな。

 ネットの交流だって、ちょっと地雷ふまれたら即ブロック。(氏原を切ったのだけは正しいと思うが)

 小中学校の友達とも全く連絡をとってないって言うし。


 ……私のこともダメだと感じたら、きっとあっさりさっぱり切り捨てられる。

 それはちょっと、とても怖い。


 だけど、だからって青柳先生の機嫌を取ってバイト辞めるって言うのも違うと思う。

 急に辞めたら迷惑だろうし、別に仕事が嫌になったわけでも何でもないし。

 先生が私と一緒にいたいって思ってくれるのは嬉しいけど、それだけじゃダメな気がする。


 私は青柳先生が引きこもりでも友達いなくてもくそダサTシャツ着てても好きだよ。

 でも先生は、自分を置いてバイトに行っちゃう私は好きじゃない?

 そんなこと言われちゃったらさ……。


 あーダメだ。考えても結論が出ない。

 先生がトイレから出てきたら、もう一度話し合ってみよう。それまではえーと、昼ごはんの準備でもするか。今日はここで作ろうと思って、いろいろ材料買って来たし。


 まずはお米を研いで。あれ。今、玄関でガチャガチャって音がしなかった?

 まさか先生、私と一緒にここにいるのが嫌で外に出て行っちゃった……いや、それはないか。青柳先生だもんね。キング・オブ・引きこもりだもんね。自分が出て行くくらいなら私を追い出すだろう。それだけは確信を持って言える。


 じゃあ、今の音はなんだ?

 私はキッチンから顔を突き出した。

 ちょうどリビングに鼻歌を歌いながら入ってきた、白髪交じりの知らないオバサマと目が合った。


 凍結する時間。


「えっ? あの……」

 きょろきょろと部屋を見回すオバサマ。

「えっ? ここ……良馬の部屋よね」


 その言葉で確信する。この人は青柳先生の母!

 うちの両親に紹介するより前に、青柳先生のお母様に出会ってしまうとは。しかも先生の部屋でとか、割と最悪のシチュエーション。(一般的に)

 先生が引きこもりすぎておうちデート以外のデートをしたことがないという特殊事情を鑑みても、やっぱり最悪のシチュエーション。


「あ、あ、あのっ」

 ようやく声が出るようになった。とりあえず挨拶、挨拶しなくては。

 青柳先生、いつまでトイレに入ってる! さっさと出てきてこの状況を何とかして!


 と思ったら。

「……ついにやっちゃったのね」

 ものすごく憔悴した表情の青柳・母が目の前に。いきなり距離を詰めてくるのは青柳家の伝統なんですか?

「あなた。逃げるのよ、今のうちに」

「はい?!」

「いいから。良馬が気付かないうちに早く。私は味方よ」


 何か、手を掴んで玄関の方へ引っ張られ始めた。

「あ、あの」

「怯えなくていいから。玄関を出たら右側にエレベーターがあるから一階まで下りて。エントランスから外に出て、まっすぐ大通りを五分ほど行けば警察署があるからね。そこまで頑張るのよ」

「は、はあ、いえ、あの」

 知ってますけど。警察署、駅からこのマンションに来る途中にあるから。


「息子は私が止めるから。とにかく逃げるのよ。ごめんなさいね……!」

 玄関まで押し出された。

「あ、あの? 何か誤解が」

 あるような。ていうか百パーセントあるな、この状況。

「いいから早く!」


 すると水音がして、ようやくトイレから先生が出て来た。

 玄関にいる私たちを見て眉を寄せる。

「何かうるさいと思ったら、お母さん来てたんだ。何やってるんだよ」


「あおやぎせ」

「良馬ぁ! あんたって子は、なんてことを!」


 青柳・母が悲鳴のようなものすごい声を上げた。せ、声量が。さすがミュージシャンの母。

「早く、逃げるのよアナタ!」

 そして私は背中を強く押され、玄関のドアに思いきりおでこをぶつけた。



「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私、早とちりで。おでこ大丈夫?」

 十分くらい後、私は青柳先生のお母さんにおでこに湿布を貼ってもらっていた。

 私には『青柳一族と接近遭遇するたびにどこかを強打しなくてはならない呪い』がかかっているのだろうか。だとしたらお父さんやお兄さんと出会う時にもこんなことが起こるのか。それはイヤだな。


「何で僕が未成年の女の子を誘拐して監禁してると思うんだよ」

 青柳先生は身内からあらぬ疑いをかけられ、とても不機嫌だった。

「ホントにびっくりしたわ。勘違いで良かった。ついに良馬がやってしまったのかと」

 心からホッとしたようにため息をつく青柳・母。

「ついにって何だよ。お母さん、僕のことをどういう目で見てるの」

 とても珍しい青柳先生のツッコミだ。


「だってあなた、引きこもりで友達もいないし、仕事もしないで一日中ネットとかゲームとかやってるし。彼女が出来るなんて思わないじゃない。どうやって出会ったのよ」

 質問してから青柳・母は何かに思い当たったように愕然とした表情になった。

「もしかして出会い系?! 家出少女拉致?!」

「違うから。仕事先で会っただけだから」


 何ていうか表情豊かなお母さんですね。顔のパーツは似てないけど、間違いなく青柳先生と親子だと感じるわ。そしてこのネガティブにネガティブにと発想をつなげて行く思考パターンにも、すごく見慣れたものを感じる。


「あ、あの。初めまして西浦真帆です、青柳先生とお付き合いさせていただいてます」

 フォローの必要性を感じて早口で挨拶する私。

「あの、先生とは私のバイト先でお会いしまして」


 しかし、青柳・母はいっそう不安そうな表情になった。

「仕事先なんて……引きこもりの良馬が外で仕事なんか出来るわけない。そんな見え透いた嘘を……女の子まで口裏を合わせて……」

 そこでまた『はッ』という顔になる青柳・母。

「まさか暴力……! DV……?! 脅されている……?!」

「大丈夫です暴力振るわれてないし同棲もしてないし、あと私ハタチです、青柳先生のお母さん!!」


 ああ、ついにツッコんでしまった。

 交際相手のお母様との初対面がこれで良いのだろうか。

 ていうか自分の息子に対する信頼はないのか、このお母さん。……ないのか。


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