6 メンタル激弱、青柳良馬(再) -2-
「でも、本当に似合ってますね。可愛いです。想像してたよりずっと可愛いです」
あんまり可愛い可愛い言われるのは照れるけど嬉しい。両親以外に言われたことはほぼないから照れるけど嬉しい。でも可愛いを連発するのをループされ続けると、嬉しいけどさすがに恥ずかしい。
「あ、そう言えば」
恥ずかしいので他の話題を口にする。
「うちの両親に付き合ってる人がいるって話したら、そのうち紹介してって言われました」
「え」
固まる青柳先生。この人の場合、本当に五秒以上フリーズする。
「しょ、紹介ですかあ。そ、そうですね、そうですよね……」
せわしなくあちこちに視線を動かす。
やっぱり引きこもりにはハードルが高すぎたか。それとも付き合って十日で両親に紹介とか重かったかな。
「ご両親に紹介……紹介……紹介……」
際限なくぶつぶつ言っている。
「あの、別に今すぐでなくてもいいので。もう少し長くお付き合いしてからでかまわないので」
そんなにストレスになっているのなら悪かったなと思ってフォローすると、
「いえ、そう言っていただいて嬉しいです……」
照れ照れの顔で思わぬ回答をされた。
「ほら、真帆さん……結婚とかまだ考えない方がいいって言ってたから……。なんて言うか僕のこと、軽い気持ちなのかなって……思ったりもしてたんですけど……。ご両親に紹介とか考えてくださってるなら……いろいろ……真剣に……思ってくれてるのかなって……」
軽 い 女 だ と 思 わ れ て た 。
気付いて。私が軽いんじゃない。あなたが重いんです。
そう言えばこの人、事故でキスしただけで『結婚を前提に交際したい』とか言い出す人だったわ。
引きこもり系三十代男子の思考は理解できないな。
さすがに呆れて一分くらい沈黙してしまったが、舞い上がっている青柳先生は気付かない。
「そうかー……」
「紹介……」
「そうかー……」
バグったみたいに延々と同じことを呟きながらニヤニヤしてるので、正直ちょっと引く。
「あのー先生、分かってますか?」
さすがにちょっと落ち着かせる必要があるだろう。そう思って私は、あえて先生のテンションを落とすことを言う。
「うちの両親に会うってことは、うちに来ていただくことになる可能性が高いんですけど。ここから電車に乗って三駅で、その後バスに十五分乗って更に十分くらい歩きますけど大丈夫ですか? 知らない家に行って知らない人と話すことになるんですけど」
「えっ……」
先生は雷に打たれた人のようになって、そのまま十秒くらいフリーズしていた。
紹介されるためには巣(この家)から出なくてはならない。そして知らない人(私の両親)に会ってそれなりの時間会話をしなければならない。
という現実からは自動的に目を背けていたようである。
ニヤニヤしていた間はいったい、どんな光景を思い浮かべていたのか。それは永遠の謎である。お花畑でも見えていたのかもしれない。
「あ……。そう……そうですよね。紹介していただくんだから、当然実際に会わなきゃいけないんだ。出向いて……知らない家にお邪魔して……初めて会う人と……お茶したり……話したり……長いこと……」
顔色が蒼くなって汗が出て来た。しまった、圧をかけ過ぎたか。
お花畑だった表情が、あっという間に地獄の底で苦しむ亡者みたいになったよ。この人、極端から極端にしか精神の針が触れないのかなあ。
「分かりました、ごめんなさい、大丈夫です無理しなくていいです」
「ま、待ってください。僕……本気なので……何とか……這いずってでも行きますから……」
「ご近所で変な噂になりますからそれはやめてください」
うちの近くの路上を、高級スーツ姿の三十男が死にそうな顔で『ま……ほ……さ……ぁ……ぁ……ん……』とか呻き声を上げながら匍匐前進をしている。
そんな姿をリアルに思い浮かべてしまったよ。シュールを通り越してただのホラーだった。
お願いですからホントそれはやめてください。
「そうだ。SNS から始めてみたらどうですか?」
私は自分の携帯を青柳先生の前に出す。
「先生と私とうちの両親でグループ組んで、まずはネット上で交流するんです。慣れてきて先生がいけそうと思ったらリアルでも会う。そんな方向でどうでしょう。良ければ両親に提案してみます」
「ネットで……交流……」
先生は決心しかねているような表情で、私の携帯の待ち受け画面( blue blue blue の PV 映像をスクショしたもの)をにらんだ。
「…… SNS なら……話せるかも……しれない……けど……」
ものすごく不安そうだ。
「難しいですか? 先生、呟きサービスじゃ結構饒舌なのに」
「あそこの人たちはネットだけの付き合いで、リアルの僕に関係してくることないし……嫌だと思ったらすぐブロックできるから……」
うん、そうだね先生のブロックリスト見せてもらったけどすごいことになってたね。
「でも真帆さんのご両親をブロックとか出来ないし……。それに僕、オフ会って一度も行ったことがなくって……。ネットではいい人でも実際に会ったらイヤなところあるかもしれないし、そういうの考えると足がすくんじゃうし、それならネットだけの付き合いの方がいいかって思うし。もし実際に会って、そんなことになったらどうしようと思うと……」
「落ち着いて、青柳先生落ち着いて」
私はあわてて、滝のように流れ始めた先生の冷や汗をハンカチで拭いた。
「ごめんなさい、本当に無理しなくていいから」
やっぱりハードルが高すぎたようだ。
「すみません。僕はダメなヤツです……。好きな人のご両親に挨拶も出来ないなんて……」
「いや大丈夫、それだいたいの人がやりたくない行事ですから」
「ホント……社会性なくて……三十過ぎたのに……恥ずかしい……」
落ち着け青柳、どこまでも沈んでいかないで。
「あの。私も青柳先生のご家族に会うとか考えたら緊張しますし、何着て行ったらいいのかなとかどんな挨拶したらいいのかなとかいろいろ考えちゃいますから」
何で付き合って十日経ってないのにこんな話してるんだ私たち。
「え? 僕の両親とかどうでもいいですよ、適当で」
唐突に平常に戻るな。あなたって繊細だけど、時々すごく雑だよね。
「そういうわけにはいかないですよ」
「いいですよ別に。挨拶とかもいらなくないですか?」
ご両親の扱い雑。不登校引きこもりの息子に心を痛められただろうに。
「いや、でも」
何かこの話、照れるな。照れてきたぞ。
「青柳先生をこの世に生み出してくださった方たちだったら、私も大事にしたいですし」
あ、顔見られない。今、自分が言ったことが恥ずかしすぎる。
抱きしめられた。
「あの……次に親から連絡あったら、今の話をして自慢してもいいですか?」
「いや、それは恥ずかしいです」
「彼女がすごくいい子だって自慢したい……」
「ホントに恥ずかしいですから、いろんな意味で」
あとご両親の他に自慢する人いないのか? あ、いなかったねゴメンナサイ。
「僕も……頑張ってみようかな……」
あれ。何か青柳先生の口から、すごく前向きな言葉がこぼれたような。
「……あの。曲、出来てるところまで聴きますか? 歌詞とかなくて仮歌になりますけど」
「聴きますっ! 聴かせてくださいっ!」
「じゃあ準備しますね」
青柳先生は私を離し、いそいそとキーボードのところに行く。
「あの、新曲ってタイトルとか決まってるんですか?」
タイトルもいつもすごく好きなんだ。だから聞いてみる。
「ああ、タイトルですか。僕、タイトル最後に考える方だからなあ」
決まってなかった。
「あ、でも自分の中で決まってるタイトルだったら……」
「それ、聞きたいです! 聞いてもいいですか?」
先生は赤くなった。
「真帆ちゃん好き好きの歌……」
クソダサかった。
いや嬉しくないわけじゃないけど、一抹の嬉しさはあるけれど、だけどクソダサい。
あと先生の心の中では私のこと『ちゃん』付けだったんですか。今、初めて知った。
出来立ての『真帆ちゃん好き好きの歌』をフルで聴かせてもらう。
大好きなミュージシャンが、私だけのために演奏してくれるシークレットライブ。
何て贅沢なんだろう。
曲は最高だった。(タイトル以外)
パフォーマンスも最高だった。(青柳先生がジャージ姿であること以外)
その後、軽くご飯を食べてから、寝室で添い寝した。
……どっちも眠らなかったけど、添い寝した。




