■7月.なんだか苦手
月葉 日差しは大嫌い
奈由菜 夏大好き 祭りやプールがあるから
明日になれば月がかわる。昔の暦で数えれば、夏から秋へとかわる。今の私たちにして言えば梅雨が明けてのこれからは暑さが本格的になって、太陽が猛威を振るい出す頃だ。
私はというと、この七月からの時期が大嫌い。運動するとすぐバテるし、なにもしていないのに汗がにじみ出てくるし。
何よりも嫌なのは強い日差し。照りつけるそれは私の身体を傷つけてくる。
だから私は、普段から長袖にレギンス。これのせいで余計に暑い。外に出るときは日傘が必要になる。当然、日焼け止めはいつも一時間半おきに塗り替えているからそこは季節による問題はない。ただ、汗で流れ落ちてしまうことがあるのでいつもより意識するようにしている。
そんな大嫌いな夏なのに、ふわふわした口調のうっとうしいのがひとり。私と机を挟んだ向こうでにやにやと笑っている。
朱音とはすっかり仲良くなった彼女の名前は奈由菜。
同じクラスでいつも話したりはするももの、私はあまり好きじゃない。
「ねぇ、月葉ちゃんって数学得意なの~?」
「え、……そんなことないと思うけど。なんで?」
私が得意なのは現代文だ。本をたくさん読んだのが大きいと思う。他には生物とか。これは私が病気持ちだったからなんとなく頑張れた。
「えっと、あたしはあまり得意じゃないからさぁ。教えてもらえないかなあと思ったんだけど~」
私が数学が得意なように見えたんじゃなくて、奈由菜自身が困ってたのか。
それならそうと言ってくれればいいのに。
「いいよ、ある程度ならわかるかも」
「ありがと~」
私は学力には自信があるのだ。
私の場合、なんとしてもこの学校に入らないといけなかったから、高熱が出ても余裕だよっていうくらいの学力をつけたのだ。それもあって休みがちだったにも関わらず、前回の中間テストはクラス一位。
朱音にいっぱい自慢した。
「ここのところなんだけど……」
奈由菜はわからない問題というのを指差したが、奈由菜から机の対称の位置にいる私からは、逆向きにしか見れないのでよくわからない。
「あっ、見えないよね」
「いいよ。私がそっち行く」
教材を私の見やすいようにしようとする奈由菜の手を止めて私は彼女の後ろに回った。
「うーんと……図形?」
「そうなの~。こんなのやった覚えがなくってさぁ~」
私にもやった覚えがない。休んでて勉強し損ねたのだろうか。だが引き受けた以上は、ちょっとは考えなきゃダメだよね。
「ここの辺とここの辺が三対四で……」
「解けそうかなぁ?」
ああ、期待した顔で見ないで欲しい。解けそうもないんだもの。
(うーん、無理だな。諦めよう)
心のなかで諦めたと同じくらいに朱音が私の視界に現れた。
少しキョロキョロして、奈由菜の席にいる私を見つけると、スタスタと私のもとへ歩いてくる。
(かわいいなぁ)
"今の私の心情は?"という問題はあまりにも簡単すぎる。すぐに朱音を目で追ってしまって、朱音が近くにいると幸せオーラが全開になる。
そしてそれを私は全力で覆い隠すのだ。言葉や仕草、笑いやスキンシップで。
「月葉、今から委員会の集まりですよ」
「え? うそ!?」
「はあ、やっぱり忘れていましたか。本当ですよ」
やっぱりって……私をおばかキャラにしないでよ、と言いたいところだけれど、完全に忘れていた私にそんなこと言う資格はない。
「奈由菜ごめんなさい。そういうことだから。月葉を借りていきますね」
借りていくって。私は奈由菜の物じゃないんだから。
「いやいや、あたしが借りてたんだよ。朱音ちゃんにお返しするね~」
「そうそう。私は……って私は朱音の物じゃないんだから!」
「おー。ノリツッコミ~」
朱音のものじゃないもん。持っていかれたのは心だけ。それに、それでも私の心は私のもの。この好きという気持ちは誰にも渡したくない。
朱音になら、なにされてもいいけど……
ってなんでこんなこと考えているんだ、私は!
そうだよ。奈由菜がなんか言ったんだ。そうに違いないよ。
「月葉、早く行きましょう。結構時間もないですよ」
「そ、そうだね」
あっ、そういえば、奈由菜に数学聞かれてたとこだった。まあ、わからないけど。
「ごめんね、奈由菜ちゃん。途中なのに……」
「いいよー。委員の仕事頑張ってね~」
笑顔で見送ってくる奈由菜。私は彼女のどこが気に入らないのか、いまいちわかっていない。
前はなんとなく理由があったような気がしていたけれど、最近になって余計にわからなくなった。私が入院していたあたりからは余計に。
「ははは、そんな頑張るものでもないよー」
「月葉は少しくらい頑張りなさい」
私だって努力してるのに。朱音はわかってない。
「私だってちゃんとやってるんだよ!」
「わかってますよ。月葉は頑張っています」
「あー。なんか流された感じ~」
わかってない。やっぱりわかってない。私が努力しているのは、朱音への気持ちに対することだけだから。
朱音はきっとわかってない。
でも、知って欲しいというのは少し違う。だって、それなら言ってしまえばいいんだもの。私はそういうのを躊躇うタイプではないはずなんだ。
それでも踏みとどまろうとするのは、不安とかそんな曖昧なものじゃない、明確な恐れがあるのだと。そう感じている。
「なんか今の月葉、奈由菜みたいですね」
「それはないよ」
私と奈由菜は全然違う。似ているところがあるとすれば、ちょっと弱気なところで、そういうのが気に食わないのだろう。




