◆5月 なゆなの笑顔
奈由菜
身長154cm
髪はふわふわ。性格もふわふわの、宙に浮いたような存在。
朱音のクラスメイト。
写真部内では、同学年のまとめ役だったりもする。
空は雲一つなく、太陽は私を照らしている。
月葉が入院して一週間。いつもなら、月葉と一緒にいないときは、この天気だと清々しい気持ちになれるのに。
今は月葉のことが心配で、気分が落ち込む。
ホームで電車を待っている間、ぼーっと空を見つめる。照らす太陽が憎くなってきて顔が歪む。
やがて来たうるさい電車には、すぐに乗り込んだ。
さほど混んではいないけど、座る場所はない。
仕方なく扉横の手すりにもたれ掛かった。
今日はついてない。同時に、ため息をついてしまう。
「朱音ちゃん、おっはよー」
後ろからポンと背中を叩かれて、私は驚いて体をビクッと奮わせてしまった。
振り向いた先には、同じ部活で、かつクラスメイトである私の友達、奈由菜がいた。
甘味がかかった青色の髪と黄色の瞳が特徴的で、ふわふわした髪はつい触りたくなる。
横に並ぶ席の一番端で、その席に座ったまま、私にちょっかいをかけてきたみたい。
そして、大きなくりっとした目を、私の方へと向けている。
「・・・・・・おはようございます」
「えー。朝一番にそんなジト目向けないでよー」
「それを言うのなら、いきなり背中をつっつくのはやめてくださいよ。びっくりしたじゃないですか」
「あはははは。ごめんごめん。なんか、元気なさそーだったし~。大丈夫なの~?」
奈由菜の甘ったるい口調は、今に始まったことではない。
最初はぶりっこみたいでうっとおしいなって思ってたけど、話せば嫌な子ではなかった。
ちょっとおバカなだけで悪い子ではない。
「・・・・・・大丈夫とは?」
「写真部だよー。元気なさそうなのもだけど、今日は朝来てーって、先生にいわれてたじゃん」
あー、そう言われてみれば、そうだったような気もする。
「そーゆー奈由菜も同じ写真部でしょう? いいのですか?」
「いいのです~」
軽いなあと思わず感嘆してしまう。そんな軽さが奈由菜の長所だと思う。
「私は、朱音ちゃんとか月葉ちゃんみたいな、真面目枠じゃないからねー」
そんなノリの軽い彼女だからというわけではないのかもしれないけど、奈由菜にはよく相談をする。
別に、なに話しても理解しないから話しやすいとかそういうわけではない。それでは奈由菜をあまりにも馬鹿にしすぎだ。
「奈由菜には、こういったような悩みはありますか?」
月葉のことで私が落ち込んでいること。一緒に撮影旅行にも行った奈由菜には、私の悩みの原因は言わずとも知れたことだろう。
「そうだねぇー」
「あ、あの、言いたくないなら別に構いませんが」
「んーちょっと待ってね。言葉が見つかんなーい」
うーん、と声を出しながら悩む奈由菜を見ているうちに、電車の扉が開いて数人だけ人が入ってきた。
奈由菜は入ってきたおばあさんに気づくと、すぐにさりげなく席を譲り、私の隣に並んだ。奈由菜のこういうところが好きだ。
「んー、あたしはね、まだ夢中になるような物は見つけられていないんだよ。朱音ちゃんみたいに。だからそうやって悩むことがないかなぁー」
言葉の途中に、扉を閉めるアナウンスがあったけれど、奈由菜の言葉のせいで頭には入ってこなかった。
「夢中になるものですか」
「そうだよ。月葉ちゃんを、朱音ちゃんは愛しているでしょう? その存在はとても大きなものなんだと思うよ」
「あ、愛しているとか、そういったものではないですよ!」
「えっ? 大好きじゃないの~?」
「それはそうですけど!」
奈由菜の笑顔は嫌い。私が見る奈由菜の笑顔は含み笑いばかりだから。
でも、わからないことをわからないというのが大切なんだと、この人から学んだ。
私の周りの人たちは私に多くの学びを与えてくれる。もしかしたら、誰にでも当てはまることなのかもしれない。
そんな些細なことを、気づかせてくれたのだ。
「大好きですよ。あなたのことも。柚子里のことも。みんな大好きです」
「あっははは~なにそれ~・・・・・・?」
いつもの弾んだ調子で話すのに、少しだけ声のトーンの高さが失われた奈由菜の言葉は少し怖かった。
つながっていた会話が、一度ぶつ切りにされたような感覚になる。
「奈由菜?」
「そーゆー逃げはずるいよー」
取り繕うかのように奈由菜は笑う。
逃げたつもりなんてなかった。本当のこと。
でも、私はなにか間違えたのだろうか。
「そんなんじゃないですよ」
窓の外の景色は次から次へと移り変わっていく。
都会と比べて田舎だと言ってきたこの町は、上から眺めると、意外と多くの建物が視界に収まる。その建物のほとんどをこの窓越しにしか見たことがない。私にはまだ見えていないことが多すぎる。
月葉とおそろいのピンクのバッグからスマホを取り出して、電源のスイッチを押す。灯った画面を見ると、時間は午前の九時を優に越えていた。
私の部屋の時計が間違っていたみたい。これも全て月葉のせい。
「私は次で降りますね」
「あ、あたしも行くよー」
「どこに行くのとは聞かないんですね」
「月葉ちゃんのとこでしょ? 病院、まだ行けてないし」
瞬時に私の意図はばれてしまったみたい。
奈由菜が私のことを「真面目枠」なんて言ったのも、冗談なのかもしれない。
「学校は始まってますよ」
「関係あるの?」
奈由菜の笑顔は先ほどのようなニヤニヤした笑いとは違う、温かいものだった。私がそれに安心してもいいのかも奈由菜が抱く心境さえもわからないけれど、私は確かに救われている。
私は乗った時よりも軽い足取りで、電車を降りた。
眩しいほど光っていた太陽は、薄い雲に覆われて、ちょうど植物たちが喜びそうなくらいにまで弱まっている。
それもまた私にとっても心地のいいもの。
月葉と歩くときに比べると少し離れたいつもの距離を保って横を歩く奈由菜。
そして、私の話を、いつもとは違う温かい笑顔で迎え入れてくれる。




