◆5月 撮影旅行.楽しみは潰えて
朱音 右利き
月葉 左利き
旅館に七時集合のところを、五時前には着いてしまった。
先生もどこかへ行って、まだ戻って来ていなかったから旅館の人に早く来てしまったことを話すと、「団体の方ですね。どうぞ、こちらへ」と言って部屋へ案内してもらえた。
「ねえねえ、お姉さんすごく綺麗だよね。」
前を歩く旅館の女性に聞こえないような、小さな声で、私の隣を歩く月葉がそっと話してきた。
年は私たちとあまりかわらないように見えるその女性は浴衣姿の似合う長い黒髪を持ち、首の白い肌が、甘い罠に誘うかのごとく覗いている。
月葉の方がかわいいよ。大好き。
なーんて。言えたら苦労しないよ、こっちは。
冗談めかして言うのはあり……? あー、もうわかんない。
「自販機あったので、飲み物買いにいってきますね」
「あ、うん。いってら~。先に部屋行ってるね」
「はい、なにかいりますか?」
「コーラ」
私たちは変わったんだろう。変われたから、今こうして二人で話せる。
「わかりました。待っててください」
四人で一室にしては少しゆとりのある、私が案内されたのはそんな畳の部屋。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
女性のその声の後、ぴたりと戸が閉められた。
「……」
こんなにも早くチャンスが訪れるとは思っていなかった。
このあとは、旅館の部屋に朱音と二人っきり。
旅行前に四人部屋と聞いて、実はちょっと残念に思ってたけど、こんな状況になったのはすごくツいてる。
うーん。だがしかし、いざこの状況になってなにをしようかという問題が発生。
二人きりになったときにイチャイチャするための準備はしてきたのだけれど、お菓子をくわえ合うのとか、二人で王さまゲームとか、そういうのは直接的過ぎるような気がして……。
「王様ゲームは大人数だから盛り上がるんだしなあ」
それに、これは私と朱音との距離感とは違うのではないかと。そう思って踏みとどまった。
考えながら、ほぼ無意識的にベッドを探していたけど、見当たらない。
「月葉、コーラありましたよ」
「あ、おかえりー。ありがとね」
自分の家でもないのに、おかえりはちょっとおかしい。頭ではそうなのに、この新鮮さが楽しいと思う。
プシューという音が小さく鳴る。ペットボトルの蓋は思ったよりも固くて、苦戦していたら、朱音が開けてくれた。
「あ、そういえば」
「どうかしましたか?」
朱音は買ってきたリンゴジュースをゴクリと飲んでから応えた。
「ここは、布団だけなの?」
「そうですね。月葉の家は、みんなベッドでしたっけ?」
「うん。うちはみんなベッドあるからなあ。布団だけで寝るのは楽しみだよ。初めてだし」
私がそう言って笑いかけると朱音が困った顔になる。
はじめてとか、言い方がちょっとまずかったのかな。私がいつも外に出られなくて、落ち込んでいたのを、朱音は知っているから。
また私が落ち込んでいると、思わせてしまったかもしれない。
「そ、そういうのは、私に以外言ってはだめですよ」
わかってる。朱音だから言うんだよ。私の気持ちは、朱音以外に向かないんだから。
もっと他のやり方があると解っても、私は道にもたれかかってしか歩けなかったのに────。
朱音は私にとっての特別を上書きしてくれた大事なひと。
「あたりまえだよ。私が朱音以外に言いたい人なんていないんだから」
私は少し恥ずかしかった。少しと言うには控えめすぎるかもしれない。
敢えて言葉に例えるなら、目の前がぐるぐる回りだしたようなそんな感覚。ふわふわと身体が浮くようなそんな感覚。
朱音が叫んだような気がした。いつもの静かな雰囲気の朱音とは違う、大きな声で。
私の身体が畳に打ちつけられても、朱音の声は途絶えない。
なぜだろうか。身体が鉛みたいで、立っているのがだるくて、だるくて、だるくて……。
朱音の言葉は徐々に遠くなって、私の目が役割を放棄した頃に、意識は失われた。
そんな状態では、朱音の腕に抱かれた温もりを感じるだけで精一杯だった。




