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新人研修


 冒険者ギルド新宿本部、地下第三訓練室。

 晴れてFランク冒険者となった俺は、新規登録者に義務付けられている『新人研修』に参加していた。


 参加者はざっと三十人ほど。

 彼らの大半は、冒険者育成アカデミーを卒業したばかりの15歳から18歳くらいの若者たちだ。


 誰もがピカピカの真新しい革鎧や、親の金で買ったであろう立派な魔法杖を装備し、希望と野心に満ちた目をしている。


 そんな中。

 35歳、無精髭に紺色ジャージ、手には黄色いドドンキの袋を提げた男(俺)が一人。


「……マスター。完全に道に迷った不審者ですよ。若いエキスに当てられて浮きまくってます」


「うるせえ。金がないんだから服なんて買えるかよ」

 エク子がクスクス笑うのを無視し、俺は壁際で大人しく腕を組んでいた。


 だが、そんな俺の場違いな姿は、血気盛んな10代の若者たちの格好の的になっていた。


「おいおい、見ろよあのおっさん。三十過ぎてジャージにドドンキの袋だぜ?」

「ピクニック気分かよ。ここは命懸けの冒険者の集まりだってのに、人生一発逆転でも狙いに来たのかね」


 ヒソヒソというより、わざと聞こえるような声で嘲笑してくる集団がいた。

 中心にいるのは、全身を特注のミスリルアーマーで固めた、金髪で生意気そうな少年の『剣士』だ。


「おい、そこのおっさん。道に迷ったなら案内してやろうか? 炊き出しの会場なら外だぜ」

 金髪の少年が、取り巻きを連れて俺の前に立ちふさがり、ニヤニヤと見下ろしてきた。


「俺は『閃光の剣』の異名を持つAランク冒険者の息子、霧谷きりやレオだ。

アカデミーでも首席だった。お前みたいないい年した貧乏人が一攫千金を夢見て来る場所じゃねえんだよ、ここは」


 有名な冒険者の二世で、英才教育を受けたエリート様らしい。

 いかにもテンプレのような、若さゆえの絡み方に、35歳の俺は小さくため息をついた。


「……別に、金持ちの道楽を邪魔する気はねえよ。俺は静かに研修を受けて帰りたいだけだ」


「なんだと!? てめえ、誰に向かって……!」

 レオが顔を真っ赤にして凄み寄ろうとした、その時だった。


「そこまでだ、ヒヨッコ共! 私語は慎め!!」

 訓練室の扉が開き、野太い怒声と共に一人の筋骨隆々な男が入ってきた。


 顔に大きな傷跡のある、いかにも歴戦の猛者といった風貌。Bランクのベテラン冒険者であり、本日の教官を務める『鬼島きじま』という男だった。


「俺が教官の鬼島だ。いいかお前ら、お遊びはここまでだ。冒険者の世界は甘くねえ。ここにいる30人のうち、1年後に生き残ってるのは良くて半分だ!」


 鬼島の放つBランク特有の殺気に、レオを含む若者たちがビクッと肩を震わせ、一斉に整列する。


「まずは座学だ! 生き残るための知識を叩き込んでやる!」


 そこから始まったのは、ダンジョン内での罠の解除法や、魔物の生態、ポーションの密閉保存といった基礎知識の講義だった。


 若者たちは真剣にメモを取っているが、俺にとっては欠伸が出るほど退屈な内容だった。


 無理もない。

 俺は長年、ギルドの事務員として、死んでいった無数の冒険者たちの『遺品整理』や『死亡報告書』の処理を毎日毎日行ってきたのだ。


 どんな装備をしていれば死ななかったのか。どういう判断ミスが全滅を招いたのか。


 血と死体から得た「現場のリアルなデータ」が、俺の頭には事務員プロの知識として完璧に叩き込まれている。


「よし、お前ら! ここでクイズだ」

 鬼島が、ホワイトボードを叩いて全体を見渡した。

「パーティが『毒スライム』の群れに囲まれ、唯一の回復役ヒーラーが気絶した。お前ならどうする? そこの金ピカの坊主、答えてみろ」


 指名されたレオは、自信満々に胸を張った。

「簡単です! 俺が前に出て、家伝の『火炎魔法剣』でスライムの群れを一網打尽に焼き尽くします!」


「……バカ野郎」

 鬼島が深くため息をついた。


「毒スライムの体液を、高温の炎で一気に焼いたらどうなるか想像つかねえのか? 猛毒の成分が瞬時に気化して、密閉されたダンジョン内に致死性の有毒ガスが充満するんだよ。

魔物を倒す前に、お前らパーティ全員がガスを吸い込んで全滅だ。

アカデミーの首席が聞いて呆れるぜ」


 レオが顔を真っ赤にして俯く。

 鬼島は、あえて一番やる気のなさそうな、後ろで欠伸を噛み殺していた俺を指差した。


「そこの35歳のジャージ! お前ならどうする!」

「え? 俺ですか」

 俺は無精髭を掻きながら、事務員時代に処理した『スライムによる全滅事例データ』を思い出し、淡々と答えた。


「……絶対に戦いません。持っている『荷物(ドロップ品)』や『重装備』をその場に捨てて、ヒーラーを担いで全力で撤退します」


「……逃げるのか?」

「はい。スライムは視覚がなく、匂いや振動で獲物を感知します。

だから、持っていた保存食や、血の匂いがついた素材袋をあえて反対方向に投げ捨てて『デコイ』にするんです。

あいつらがそっちに群がっている隙に、逃げ道を作ります。

スライムは動きが遅いんで、欲張って戦おうとさえしなければ、確実に逃げ切れますから」


 ……シーーーン。

 訓練室が静まり返る。

「……大正解だ」

 鬼島が、感心したように目を丸くした。


「無様な逃走に見えるが、それが最も生存率の高い『最適解』だ。

冒険者が全滅するのは、たいてい『まだ倒せる』という驕りか、『集めた荷物を捨てたくない』という欲をかいた時だ。

プライドや金より仲間の命を優先し、即座に撤退の判断を下せるやつが最後に生き残る。

……ジャージのおっさん、お前、ただの素人じゃないな?」


「いや、ただの昔の経験で……」

 前に死亡報告書の処理(事務員)をやっていたとは言えず、俺が適当に濁すと、隣でレオがギリッと悔しそうに奥歯を噛み締める音が聞こえた。


 ◆


「座学は終わりだ! 次は実技、魔物との模擬戦をやるぞ!」

 地下の闘技場エリアに移動し、鬼島が一つの巨大な鉄の檻を引いてきた。


 中にいるのは、全身を分厚い装甲で覆い、身の丈3メートルはある豚頭の魔物――Cランクの『アーマード・オーク』だった。

 Fランクの新人に見せるには、あまりにも格が違いすぎるバケモノだ。


「ヒッ……!?」

「な、なんだよあんなの……!」

 若者たちが恐怖で後ずさる中、鬼島はニヤリと笑った。


「安心しろ。コイツの首にはギルド特製の『魔力抑制首輪』がついてる。ステータスはEランク程度まで落ちてるから、お前らでも複数で当たれば倒せる。……さあ、誰から行く!」


「俺が行きます!!」

 名乗りを上げたのは、先ほど座学で恥をかかされたレオだった。

 彼は名誉挽回とばかりに、高価なミスリルの剣を抜き放ち、単独で檻の前に進み出た。


「あのジャージのオッサンに見せつけてやる……!優秀な血を引く俺の本当の力を!」

 鬼島が檻の扉を開ける。

 咆哮を上げて飛び出してきたオークに対し、レオは剣に凄まじい雷の魔力を纏わせた。


「喰らえ! 『紫電の刃』ッ!!」

 バチィィィィンッ!!

 強力な雷撃がオークの巨体に直撃する。

 だが。


「……あ?」

『トラ子ちゃん、あれマズいですよ! 雷の魔力が、抑制首輪の制御術式に干渉ショートしました!』


 AIの警告と同時に。

 パァンッ!! という破裂音と共に、オークの首にはめられていた『魔力抑制首輪』が、レオの雷撃を吸い込んで粉々に砕け散ったのだ。


『ブグルォォォォォォォォォッ!!!』

 リミッターを解除されたCランク本来の威圧感と殺気が、爆発的に闘技場を支配する。


 さっきまでの鈍重さが嘘のような速度で、オークの巨大な剛腕が振り下ろされた。

「しまっ――」


 ドゴォッ!!

 レオのミスリルの剣が飴細工のようにへし折られ、彼自身の身体がボールのように弾き飛ばされて壁に激突した。


「ぐ、あァァッ……!?」

「レオ!!」

 一撃。金ピカ鎧の息子が、手も足も出ずに気絶する。

 本物の殺意を前に、若き新人たちは腰を抜かして悲鳴を上げることしかできない。


「チィッ!! まさか首輪が壊れるとは……! お前ら、下がれッ!!」

 教官の鬼島が慌てて大剣を抜いて飛び出そうとするが、距離が遠すぎる。


 オークの狙いは、気絶したレオを助け起こそうと駆け寄っていた、一人の小柄な少女の冒険者に向いていた。


『ブヒョォォォォッ!!』

 少女の頭上に、大木のようなオークの拳が振り下ろされる。

 もう間に合わない。誰もが最悪の結末を想像し、目を閉じた、その瞬間。


「……ったく。ギルドの備品はもっとマメにメンテナンスしとけよな」

 ――ボシュッ。

 という、拍子抜けするほど軽い音が響いた。

 目を開けた少女が見たのは。


 いつの間にか自分の前に立ち塞がった、ジャージを着た35歳の男の背中。


 そして。

「…………え?」

 その男が右手に持っていた『黄色いドドンキの袋』で、ハエでも追い払うようにアーマード・オークが軽く横殴りにされた。


 顔面の分厚い装甲ごと首の骨をヘシ折られ、コマのように回転しながら闘技場の端まで吹き飛んでいき……壁にめり込んで、白目を剥いて即死している姿だった。


「……いっけね」

 俺は黄色い袋を肩に担ぎ直し、しまったという顔で振り返った。


『マスター! やりすぎです! Cランクの魔物をビンタ一発で即死させたら目立つに決まってるでしょう!!』


「いや、撫でる程度の力だったんだぞ!? あいつの装甲が豆腐みたいに脆かったんだよ!」


 慌てて言い訳をしながら、俺は静まり返った闘技場を見渡した。

 腰を抜かした少女も、目を覚ましたレオも、そして教官の鬼島でさえも。


 全員が、ポカンと口を開けて、俺と、壁にめり込んだオークの死体を交互に見比べている。


「あー……その」

 俺は気まずく無精髭を撫でながら、教官の鬼島に向かって精一杯の愛想笑いを浮かべた。


「首輪が壊れたように見えましたけど……実は鬼島教官が、事前にオークの体力を『HP1』ギリギリまで削ってくれてたんですよね? さすがBランクのベテラン、新人への配慮がハンパないっすね!」


 ……無理があるだろ、その言い訳。


 鬼島は滝のような冷や汗を流しながら、俺の『異常な物理法則を無視した一撃』と、俺の『ヘラヘラした35歳の作り笑い』を見て、本能で(これ以上踏み込んではいけない)と悟ったらしい。


「あ、ああ! そ、そうだ! 俺が事前に仕込んでおいたんだ! ビビらせて悪かったな! ハ、ハハハッ……!」


 顔を引き攣らせて笑う鬼島に合わせて、俺もハハハと笑う。


 地面に座り込んだレオは、三十路半ばのジャージのおっさんを、もはや底知れない化け物でも見るかのような、深い恐怖と畏敬の混じった瞳で見つめ上げていた。


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