存在強奪の効果とルール
理不尽な査定を受け、雀の涙ほどの三万円を握りしめて帰宅した俺は、電気の止められた暗いアパートの床に座り込んでいた。
買ってきたのは、コンビニの半額弁当と安い発泡酒だ。
本来なら変異血を売り、三十万円を手に入れるはずだった。
しかしギルド職員は俺が「無職(適性なし)」の無許可モグリだと見るや否や、足元を見てたった一割で買い叩きやがったのだ。
その怒りは、冷たい白米を胃に流し込んでも一向に収まる気配がなかった。
「……美味しくないですよね、マスター」
真っ暗な部屋の中、ぽつんと青白い光を放つホログラムの少女――エク子が、俺の隣で宙に浮きながら同情するような顔を向けていた。
「美味しくはないな。だが、食わないと身体が保たないからな。
……いや、どうなんだろうな。今の俺は、本当にただの人間なのか?」
俺は自分の掌を見つめた。
あれだけ泥臭い死闘を繰り広げ、スライムからの強酸で腕を焼かれたというのに、今は疲労感も痛みも完全に消え失せている。
それは強奪した魔物たちの【生命力】や【耐久】が、俺の肉体を根本から作り変えてしまったかのように。
だからこそ、ふと冷静になって気づいた疑問があった。
「なぁ、エク子。今後のためにいくつかスキルの仕様を確認しておきたいんだが」
「はいっ! マスター! 何でも聞いてください!」
エク子は笑顔で返事をする。
「ダンジョンで魔物を倒した時、お前は『しばらくはこの層に魔物が湧くことはない』と言ったな?
……『しばらくは』ってことは、存在を根こそぎ強奪してダンジョンから消去したはずの魔物も、いずれはリスポーンするのか?」
俺の問いに、エク子は空中でクルリと一回転して見せた。
「ご名答です、マスター! 元職員だけあって鋭いですね!」
「鋭いも何も、存在そのものを消し去るんじゃなかったのか? 完全に消滅したはずのものが、どうしてまた湧いてくるんだ」
俺が少し身を乗り出すと、エク子は小さなホワイトボードと指示棒を空中にホログラムで出現させ、教師のようなポーズを取った。
「えっへん。では、エク子先生による【存在強奪】のシステム解説の時間です!
いいですかマスター?ダンジョンというのは、世界に根付いた超巨大な一つの『プログラム』だと思ってください」
「プログラム……?」
「はいっ! マスターのスキルは、そのプログラムを構成するデータ……つまり魔物を、文字通り『削除』して自分のものにする規格外の力なんです。
ですが、ダンジョン側からすれば、自分の一部がポッカリと欠落した状態……つまり『システムエラー』になるわけです」
ポンッ、とホワイトボードに描かれた魔物の絵が黒く塗りつぶされる。
「実は、ダンジョンには強固な自動修復機能があります。欠落した魔物の『存在』というデータを、ダンジョンは周囲の魔素を集めて時間をかけて再構築し、バグを修正しようとするんです」
「なるほど。システムの自動復旧機能みたいなものか」
「その通りです! そして現在、マスターのスキルレベルが低いため、ダンジョンから魔物の存在を完全に消去しておける『有効時間』は、だいたい【一時間程度】なんです」
「一時間だと!?」
俺は思わず声を荒げた。
「おい待て、たった一時間で元通りに湧くのか!? じゃあ、魔物が復活したら俺が奪ったステータスやスキルも、消えて元に戻ってしまうんじゃないのか!?」
もしそうだとしたら、この力はただの「一時的な強化バフ」に過ぎない。一ヶ月で一億稼ぐという俺の計画は、根本から崩れ去ってしまう。
焦る俺を見て、エク子は慌てて両手を振った。
「ち、違います違います! 安心してくださいマスター! 奪ったステータスやスキルは、一度マスターの身体に定着したら『永久にマスターのもの』です! 時間経過で失われることは絶対にありません!」
「ほ、本当か?」
「本当です! パソコンで例えるなら、マスターは魔物のデータを自分のUSBメモリに『移動』させた上で、大元のデータを『削除』している状態です。
一時間後にダンジョンが元データを復旧させても、マスターのUSBに保存されたデータは消えないですよね?」
「……なるほど。そういうことなら理解できる。驚かせやがって……」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
ステータスが維持されるなら問題ない、むしろ好都合だった。
「一時間か……ってことは強力なスキルにしては随分と効果時間が短いが、特定のエリアから魔物を排除し、意図的に安全地帯を作り出せるのは戦術的アドバンテージになるな」
「むぅ、今はまだレベルが低いですからね。
でも、マスターが成長していけば、この『存在を消去して湧かせなくする時間』を半日、一週間、一ヶ月……と、どんどん伸ばしていくことが可能になりますよ!」
「よし、魔物が湧く仕組みと、ステータス上昇が永久なのはわかった。……なら、もう一つ聞きたい」
俺は飲みかけの発泡酒を置き、真剣な顔でエク子を見た。
「一時間で復活するなら、同じ場所で待っていれば『また同じ魔物』が狩れるわけだ。
……そいつをもう一度【存在強奪】で倒したら、また『100%ドロップアイテム』が手に入って、ステータスもドカンと上がるのか?」
もしそれが可能なら、一時間おきにゴブリンを狩るだけで、三十万の価値がある【変異血】が無限に手に入り、ステータスも青天井で伸びていく。まさに錬金術だ。
だが、エク子は申し訳なさそうに眉を下げ、腕でバッテンを作った。
「ブブーです。さすがにそれは甘すぎますよ、マスター」
「……やっぱり、ダメか」
「はい。アイテムの100%確定ドロップと、あの大幅なステータス上昇は、その魔物の『概念』を初めてマスターが掌握したことによる【初回討伐ボーナス】なんです。
なので、それが適用されるのはゴブリンならゴブリン、スライムならスライムという『種類ごとに最初の1回だけ』になります」
「種類ごとに初回のみ……。なら二回目以降はどうなる?」
「二回目以降も存在を強奪してステータスを奪うことはできますが、上昇値は初回の【10分の一】に低下します。
アイテムに関しても通常のドロップ確率に戻り、他の冒険者と同じになっちゃうんです」
チッ、と俺は小さく舌打ちした。
世の中、そこまで甘くはないということか。
同じ場所で雑魚を狩り続けるだけでは、一億円には到底届かない。
常に新しい獲物を、未だ見ぬ魔物を求めてダンジョンの深層へ潜り続ける必要があるということだ。
「あ、でもマスター、もう一つ重要な仕様がありますよ!」
エク子はチョンッと指示棒でホワイトボードを叩いた。
「実は【存在強奪】は、発動をマスターの意思でオンオフできるんです。つまり『存在を消去しない(奪わない)』という選択も可能です」
「奪わない? なんのためにそんなことをするんだ?」
「存在を奪わなければ、魔物はダンジョンの通常ルールの通り、すぐにその場でリスポーンします。
その代わり、得られるステータスの上昇値は『存在を強奪した時の10分の1』になっちゃいますが」
「……なるほど。スキルをオフにすれば一時間の湧き待ちをカットできるから、同じ場所に留まって延々と『チリツモ』のレベル上げができるってことか」
「ビンゴです! とにかく回数をこなして、少しずつ確実に強くなりたい時にはおすすめのモードですね!」
俺は感心して息を吐いた。
無装備・無職・素手というイカれた制約はあるものの、システムを理解すればするほど、この能力の異常性が際立ってくる。
「他にも、このスキルに隠された機能はあるのか?」
「はいっ! 実は他にも、倒した魔物の特徴を掛け合わせたり、特定の条件を満たすことで――」
そこまで言いかけた瞬間だった。
エク子のホログラムが、一瞬だけ赤いノイズに包まれて『ザーッ』と乱れた。
『――アクセス拒否。マスターの現在の権限レベルでは、これ以上の拡張機能の開示は許可されていません』
「……え?」
エク子の声が、突然無機質な機械音声に変わった。
数秒後、ノイズが収まると、エク子はハッとして自分の口を手で覆った。
「あわわっ、ごめんなさいマスター! システム側からストップがかかっちゃいました!」
「権限レベルが足りない……?」
「はい……。私自身はマスターに全部教えたいんですけど、今のレベルだと、まだプロテクトがかかってるみたいです……」
しゅん、とうつむくエク子。
だがこの情報以外にも存在強奪には秘密があるらしい。
「気にするな。今教えてもらった情報だけでも、これからの戦略を立てるには十分すぎる。……ありがとうな、エク子」
「マ、マスター……っ! はいっ! 私、マスターのために全力でサポート頑張りますからね!」
エク子がパァッと顔を輝かせるのを見ながら、俺は冷めた弁当の最後の一口を飲み込んだ。
妹の治療リミットまで、一ヶ月。
稼がなければならない金額は、一億円。
今日の理不尽な査定でわかった。ギルドのような表のルートに頼っていては、中抜きされて搾取されるだけだ。
「ならば、希少アイテムを深層から持ち帰って、裏から売り捌くしかないな」
俺は拳を強く握りしめた。
ステータスはすでに一般人を遥かに超えている。
明日は一気にダンジョンの階層を下り、未だ見ぬ魔物たちのすべてを「強奪」してやる。




