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【存在強奪】 ~やけくそでダンジョンに素手特攻したら、存在もスキルもステータスも奪える能力に目覚めました~  作者: 仁科異邦


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金の匂い、忍び寄る毒蛇


 病院の静かな受付ロビーで俺は、いつものように窓口の端末にカードを通し、美桜の治癒魔法術式の追加維持費として『100万円』を振り込んだ。


「結城様、いつもありがとうございます。美桜さんのバイタルは、高位魔法のおかげで非常に安定しておりますよ」


「……そうですか。引き続き、よろしくお願いします」

 窓口の職員に短く頭を下げ、俺は病院を後にした。


 口座残高は目減りしていくが、妹の命が繋がっている確かな実感がある。今はただ、この命の猶予期間内に『特級エリクサー』を手に入れるための準備を急ぐだけだ。


 ◆


 病院を出て、最寄り駅へと向かう帰宅途中のことだった。まどかの手配してくれた漆黒の高級送迎車から降りて、安アパートへと続く路地に入ろうとした瞬間――


「あら。誰かと思ったら誠?」

 背後から聞き覚えのある声が響いた。


 振り返ると、そこには派手なメイクにブランド物のバッグを提げた女――元カノの『リナ』が立っていた。


「ちょっと、ちょっと、今の高級車何? あんたみたいな無職が乗っていい車じゃないでしょ?……もしかして、どこかの金持ちのパトロンでも見つけたの?」


 リナの目は、俺が着ている無地スウェットには一切向けられていなかった。そのギラギラとした瞳が捉えていたのは、角を曲がって見えなくなった高級車の残像と、俺から漂う『金の匂い』だけだ。


「……お前には関係ない。どいてくれ」

「そんな冷たいこと言わないでよ。ねえ、お金持ってるなら、私が前から欲しがってたブランドのバッグ、買ってくれない? 誠が誠意を見せてくれるなら、また付き合ってあげてもいいわよ?」


「……」


 見え透いた打算と、相変わらずの傲慢な態度。かつては彼女に尽くしていた俺だが、今の俺にとってこの女は、過去の存在だ。怒りすら湧かない。今の感情は、ただひたすらに『無関心』であった。


「な、なによその目は」

 俺が感情の籠もらない冷ややかな視線を向けると、リナはビクッと肩を震わせて一歩後ずさった。無意識のうちに、威圧感が漏れていたのかもしれない。


「俺は今、お前みたいな女のくだらない遊びに付き合っている暇はない。……二度と俺の前に現れるな」


 俺はそれだけを言い捨てて、背を向けた。直後、リナのヒステリックな罵声が裏路地に響き渡る。


「な、なによその態度!? ちょっと金回り良くなったからって調子に乗らないでよね!どうせ裏のヤバい仕事でしょ! いっつも地味でつまらない男のくせに!」


 喚き散らす声を背に、俺は一度も振り返らずに歩き続けた。


♦︎


「……あーあ、最悪! 誠のやつ、絶対に痛い目見せてやる……!」


 リナは腹立ち紛れに地面をヒールで蹴りつけた。

「剛田くんも、最近ダンジョンで何かにビビったみたいで、すっかり大人しくなっちゃってつまんないし! 金払いも悪くなるし、どいつもこいつも甲斐性なしのクズばっかり!!」


 彼女が乗り換えた剛田は、以前のダンジョンで俺の理不尽な暴力を目の当たりにして以来、すっかり心が折れてしまったのだろう、自業自得だ。


「――おやおや。美しい顔が台無しですよ、お嬢さん」


 ふいに。路地の暗がりから、ひどく静かで、温度を感じさせない声が落ちてきた。


「……え? だ、誰よ、あなた」

 リナが驚いて振り向くと、そこには銀縁の眼鏡をかけ、仕立ての良い黒スーツを着こなした男が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。


「これは、申し訳ありません、立ち聞きするつもりはなかったのですが……。先ほどの結城誠という男、私も少々『因縁』、がありましてね」


 左京玄弥だった。彼は音もなくリナに歩み寄ると、その美しい指先で、スッと一枚の純白の名刺を差し出した。


「どうやら、あなたも彼に酷い扱いを受けたご様子。……もしよろしければ、私と少しお茶でもいかがですか?彼に一泡吹かせるための、とても『有益な相談』ができると思うのですが」


 玄弥の放つ、危険だが抗いがたい魅力と、甘い言葉。剛田に愛想を尽かし、俺にも袖にされたリナにとって、それはまさに渡りに船だった。


「……えっ。あ、はい! 是非……!」


 リナが頬を染めて名刺を受け取るのを確認し、玄弥の眼鏡の奥の瞳が、泥沼のようにドス黒く濁った。

(……結城誠。お前はただの無能かと思えば、妙に鼻が利く。まどかを潰すためには、まずお前から『大事なもの』を奪い、精神的に追い詰める必要がある。その足掛かりは、まずこの女だ)


 玄弥は、元恋人のリナという『愚かで扱いやすい駒』を手に入れた。この強欲な女を利用すれば、いずれ結城誠の本当の弱点、あの病院で眠る妹に辿り着くのも時間の問題であった。


「さあ、行きましょうか。……あなたには、素晴らしい『役割』を用意させていただきますよ」

 毒蛇が、静かに鎌首をもたげる。


 新宿の冷たいネオンの下で、まどかと俺を地獄へ引きずり下ろすための、玄弥の陰湿な陰謀が本格的に動き出そうとしていた。



現在の所持金:19,575,020円(※追加医療費100万円支払い後)

妹の治療費まで:あと55,424,980円

特級エリクサー投与リミットまで:あと19日


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