結城誠は風になる
『リビングアーマー・ジェネラル』を討伐し、1500万の獲物(魔剣)をもぎ取った俺は、意気揚々とダンジョンの出口へと向かっていた。
だが、転移陣が近づき、外の空気が流れ込んできたあたりで、俺はふと下半身と上半身に「尋常ではない風通しの良さ」を感じた。
「……おい、エク子」
「はい、なんでしょうマスター!」
「俺のジャージ、どうなってる?」
「ええとですね! 怨念の炎とさっきの激しい肉弾戦の影響で、上着は完全に消し炭になって消失! ズボンの方も太もものあたりから下が全部引き裂かれて、実質『ちょっと布面積の多いボクサーパンツ』状態になってます!」
俺は恐る恐る自分の姿を見下ろした。
そこには、血と泥とススにまみれ、ほぼパンイチに近い状態で仁王立ちする35歳のおっさんがいた。
「な、なんでさっき冒険者たちを煽る前に言わなかったんだッ!?」
「だって…-実はほぼ全裸のおっさんがあまりにも『俺TUEEE!』って感じで、更には『フッ、次もよろしく頼むぜ』ってカッコ良く捨て台詞を言ってる所に水を差すのも何か悪いかなって……」
「気遣う場所が違うだろうが!! さっきの連中、俺の理不尽な暴力じゃなくて、俺の変態的な格好にガチ引きして震えてたんじゃねえのかッ?!」
うん、最悪だ。
カッコよくキメたはずの捨て台詞が、一瞬にして変態の戯言に成り下がってしまった。
だが、今はそんな後悔をしている暇はない。
このまま正面ゲートを出れば、厳重な警備を敷いている自衛隊員たちの真ん中に、ススだらけのパンイチ男が飛び出すことになる。良くて公然わいせつで逮捕、悪ければ新種の変態魔物として射殺だ。
「くそっ、またかよ……!」
俺は【気配察知】を全開にし、ゲート周辺の警備員たちの視線が外れた一瞬の隙を突く。
ダンッ!!
限界を突破した敏捷が叩き出す高速移動、そして俺は風になった。
「……ん? おい、今ゲートから何か出なかったか?」
「えっ? 何も見えなかったぞ。ただの突風だろ」
「いや、なんか……ススまみれの変態パンイチ男の残像が、マッハで駆け抜けていったような……って、俺、前にも別のダンジョンで同じ幻覚を見た気がする……」
「お前、疲れてるんだよ。今度はメンタルクリニック紹介してやろうか?」
背後で警備員たちのそんなやり取りが聞こえたが、俺は振り返ることなく、光の速さで新宿の裏路地へと消えたのだった。
◆
「――というわけで、これが依頼の品だ」
数時間後。新宿の『黒犬』事務所。
駅前のドドンキで買った、上下1980円の無地のスウェットに着替えた俺は、まどかのデスクに禍々しい『魔剣』をドンッと置いた。
まどかは息を呑んで魔剣を見た後、ふと視線を上げて俺の服装をジッと見つめた。
「……あなた、出かける時はいつもの安物ジャージだったわよね? なんで無地のスウェットに変わってるの?」
「うっ……」
俺は内心で嫌な汗をかいた。
『実は、リビングアーマーの怨念の炎でジャージを消し炭にされ、パンイチで新宿をマッハで駆け抜けた後、ドドンキに駆け込んでスウェットを買いました』などと、裏社会の令嬢にバカ正直に報告できるわけがない。
そんなの一発で変態扱いされて黒犬との契約も打ち切られるだろう。
「あー……それはだな。あれだ。ジャージは……魔物の返り血が、ひどくついたからな。しょ、処分したんだ」
「処分? 昨日買ったばかりのジャージを?」
「……そうだ。俺は清潔感を大事にする元事務員だからな。血まみれでこの事務所に入るのは、ほ、ほらマナー違反だろう?」
「嘘ね。なんか変な間があったし、ダンジョンから出てここに直行すればいいものを、連絡をくれてからここに来るまでに、やけに時間がかかっていたじゃない。……まさか、着替えも用意しないで、更にはジャージを全部焼かれて裸で走り回ってたとか言わないわよね?」
「ば、ば、ば、馬鹿を言うな。そんなわけないだろう。とにかく、服の話はどうでもいい! ほら、剣だ。この魔剣を見ろ!」
必死にひねり出した苦しい言い訳で半ば強引に話を逸らすと、まどかはジト目を向けながらも、デスクの上の魔剣へと視線を戻した。
「本当に、Bランク上位魔物を単独で倒すなんて……。しかも、傷一つない完全な状態の剣……」
まどかの派閥の大きな戦果となる、最高級のコレクションだ。
「分かったわ。約束通り、報酬の1500万は今あなたのカード口座に振り込んだ。……それで? ダンジョンで左京の妨害はあったの?」
「あぁ、予想通り、左京玄弥が雇った冒険者パーティーが待ち伏せしていたよ。道中、魔物との戦闘で疲弊した俺を殺して、手柄を横取りする腹づもりだったんだろうな」
まどかの表情が、サッと険しいものに変わった。
「やはり、玄弥が……。あの男、表向きは恭しく振る舞っているけれど、裏ではもう私を排除するために牙を剥いているのね」
「ああ。妨害してきた冒険者たちは、俺がターゲットの魔物ごと『物理で』分からせておいた。だがどうせ捨て駒。次も同じように小細工を仕掛けてくるだろうな」
「そうよね……」
まどかは深くため息をつき、デスクの上で両手を組んで考え込んだ。
やがて、彼女は決意を固めたような真っ直ぐな視線を俺に向けた。
「……ねえ、結城誠。私と専属の『護衛契約』を結んでくれないかしら?」
「……護衛?」
「ええ。玄弥が本気で私を潰しに来るなら、この事務所にいる既存の護衛や傭兵じゃ到底防ぎきれない。それにいつ誰が裏切って、玄弥に買収されるかも分からないわ。……正直今、私が心から信用できる武力は、あなただけなのよ」
まどかの声には、裏社会の令嬢としての切実な響きがあった。だが、俺はすぐに頷くことはできなかった。
「……悪いが、俺には時間がない。美桜の命のタイムリミットまで、あと20日。その間にあと5000万以上稼いで、更には特級エリクサーを探さなきゃいけないんだ。正直、あんたの隣に24時間張り付いている暇はない」
俺が率直な事情を伝えると、まどかは少し焦ったように身を乗り出した。
「わ、分かっているわ! あなたを四六時中縛り付けるつもりはないの! ……お願い。例えば私が『外での交渉や会合』に出向く時だけでいい。
その時だけ、私の隣に立って護衛してほしいの」
外に出る時だけのスポット護衛。
それなら、俺のダンジョン探索のスケジュールと調整が効く。
「もちろん、素材の買取とは別に『特別警護費用』も弾むわ。……それでどうかしら?」
まどかが上目遣いで、すがるように俺を見る。
高飛車な令嬢がここまで頭を下げるのだ、よほど左京玄弥という男の底知れなさに危機感を抱いているのだろう。
それに、彼女が死ねば、俺の『黒犬との取引ルート』も消滅して一億円が遠のいてしまう。
「……分かった。渋々だが、了承しよう」
「本当!? ありがとう……!」
「ただし、基本料金は1回100万だ。もし実際に襲撃があって戦闘になった場合は、敵のランクに応じて『危険手当』を上乗せさせてもらう。……俺は高いぞ」
俺が元事務員らしくキッチリと条件を提示すると、まどかはフッと口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、望むところよ。私の命の値段だもの、安く見積もられちゃ困るわ。……これからよろしく頼むわね、私の騎士様。スウェット姿だけど」
「……一言多いぞ」
こうして俺は、Bランク魔物の素材調達に加え、「裏社会の令嬢のボディーガード」という厄介な副業まで抱え込むことになった。
俺はあの陰湿な眼鏡男の策謀から彼女を守り切れるのか。一抹の不安を抱えながらも、俺の口座残高はまた一歩、確実な前進を見せていた。
♦
現在の所持金:20,575,020円(※報酬1500万追加、スウェット代1980円出費)
妹の治療費まで:あと54,424,980円
特級エリクサー投与リミットまで:あと20日
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