亡霊の古城、知力20の呪い
そして、Bランクダンジョン『亡霊の古城』に到着した。そして薄暗い石造りの回廊で、俺は目の前に浮かぶ半透明の魔物『レイス』に向かって渾身の右ストレートを放つ。
スカッ。
「……あれ?」
俺の拳は、レイスの顔面をすり抜け、虚しく空を切る。するとレイスはこちらを見ながら不気味な笑い声を上げた。
「くそ!こいつ完全に馬鹿にしてやがる」
「マスター! レイスは完全な霊体(幽霊)です! 今のマスターには魔法攻撃も霊体干渉スキルも無いので、物理攻撃は一切効きませんよ!」
「チッ、やっぱり無理か。殴れないんじゃ倒せないし、強奪もできねえ。……スルーするぞ」
俺はまとわりつく幽霊を払い退け、別の獲物を探す。ほどなくして、回廊の奥でボロボロのローブを纏い、杖を持った骸骨――『スケルトンメイジ』を発見する。
「お前なら骨(実体)があるなッ!」
俺は一瞬で懐に潜り込み、骸骨の頭蓋骨を粉砕した。宙に舞った魔物の残骸が砂嵐のノイズに包まれ、システム音が脳内に響く。初めて魔法使い系の魔物を倒した。これでようやく、俺の貧弱な【知力】が上がるはずだ。
『――条件達成。【存在強奪】が発動します』
『――【筋力】(+UP)』
『――【耐久】(+UP)』
『――【敏捷】(+UP)』
『――【知力】(+0)』
「…………おい、エク子」
俺は拳を下ろし、空中に浮かぶホログラムのステータス画面を半ば睨みつけるように見上げた。
「今度こそ、間違いなく物理攻撃が当たる『魔法特化』の魔物を倒したぞ。なんで知力がピクリとも動かないんだ」
「えーっとですね今、強奪のログを詳細に解析してみたんですが……どうやら、衝撃の事実が発覚したみたいです」
エク子が、ホログラムのウインドウをスッと俺の目の前に引き寄せた。そこには、俺の戦闘履歴とステータス還元率のグラフが表示されていた。
「【存在強奪】で得られるステータスは、対象の持つ『存在の質』だけじゃなくて、マスターの『戦闘スタイル』に大きく依存する仕様だったんです!」
「……うん?どういうことだ?」
「つまり! いくら知力が高い魔法職の魔物を倒しても、それを『物理』で粉砕した場合、吸収されたエネルギーはマスターの行動プロセスに最適化され、すべて筋肉と俊敏性に変換されてしまう……ッ?!」
(これ以上は、禁則事項なので言えない様です……、ごめんなさいマスター)
「え、……はぁ!?」
俺は絶句した。魔法職の魔物を倒して知力を得るためには、魔法的なアプローチで倒さなければならないとは。
「俺、魔法の適性ゼロだぞ?!一切使えないんだが」
「ッ……は、はいっ! 今後どんなに凄い大魔導士を倒しても、マスターが拳で殴り殺す限り、ステータスはすべて筋力に全振りされます! 一生脳筋プレー、一択ってことですね!」
エク子が元気いっぱいにサムズアップを決める。
「マジかよ……」
俺は頭を抱えた。これまでの人生、事務員として頭脳労働で生きてきたというのに、このダンジョンシステムは俺から知性を奪い、完全な脳筋として生きることを強要しているのだ。
「いやクソゲーじゃねえか……! 俺は知力20の呪いから一生逃れられないってことかよ!」
「大丈夫ですマスター! どんな複雑な知恵の輪も、力一杯引っ張れば壊せます! 物理はすべてを解決しますよ!」
「そういう思考回路になってるのが問題なんだよ……」
システムの仕様という、あまりにも理不尽な真実。だけど嘆いていても始まらない。美桜の命を繋ぐ1500万の報酬がかかっているのだ。
気を取り直し、古城のさらに奥深く、最下層へと通じる大階段へ向かう。――だがその途中、これまでの緩い空気が、突然変わった。
「ッ……!?」
俺は立ち止まり、【気配察知】が捉えた前方の気配に向けて警戒レベルを引き上げた。
「……エク子。索敵モードに切り替えろ、前方に何かが複数いる」
「ッ……マスター!これ……魔物じゃありません、人間ですよ!?」
霧が立ち込める大広間に俺の行く手を塞ぐようにして、五人の冒険者が立ち塞がっていた。
全員が高級な魔導装甲や杖を装備している。
「こいつら……」
全員隙が無い。紛れもなくトップクラスの実力を持つプロの探索者達だろう。
「悪いな、ジャージのおっさん。あんたにはここで死んでもらうぜ」
リーダー格と思しき、大剣を担いだ男が一歩前に出た。その後ろでは、三人の高位魔術師がすでに詠唱を開始しており、杖の先端に致死レベルの攻撃魔法の光を宿している。
「……これは左京玄弥の差し金か?」
「なんだ、知ってたのか。……ご名答。左京のダンナから、魔剣の回収と同時に、あんたをここで確実に始末するよう裏で依頼されててね。特に恨みはないが、これもビジネスなんでね」
男の言葉に、俺は舌打ちをした。
あの銀縁眼鏡の男、余りにも手回しが早すぎる。
俺がこのタイミングでここに潜ることを予測して、事前にこの広間に魔術師の部隊を配置。待ち伏せさせていたのだ。
(マスター! 前方の魔術師三人の魔法、かなり強力です! 正直まともに食らえば、今の耐久力でもただじゃ済みません!)
(あぁ、分かってる。詠唱が終わる前に、敏捷で懐に潜り込んで一人ずつ粉砕するしかないな!)
俺は重心を低くし、床を蹴り出そうと筋肉を収縮させたその時。
ゾクッ、と。
俺の背筋を、これまで感じたことのないような『死の悪寒』が駆け抜けた。
「……ッ!?」
前方の冒険者たちからではない、俺の真後ろだ。突然、通路の暗がりから地鳴りのような重い金属音が響いてきた。
ガシャァン……。ガシャァン……。
「マ、マスター! 背後から超巨大な魔力反応! こ、これ……依頼のターゲットです! Bランク上位、『リビングアーマー・ジェネラル』が背後にポップしました!!」
振り返ると、そこには見上げる程の巨体を誇る、漆黒の重鎧が立っていた。
中身は空洞の様だが、兜の奥には怨念のように赤い光が揺らめいていた。
そしてその手には、身の丈をゆうに超える巨大な『魔剣』。紛れもなく、今回のターゲットだ。
前方に、高位魔法の詠唱を完了しつつある冒険者パーティー。そして後方には、古城の最凶モンスターであり、俺が強奪すべき標的。
「マスター、どうしますか!? このままじゃ挟み撃ちです! でも、逃げたらあいつらにターゲットを倒されて、魔剣を横取りされちゃいますよ!」
「馬鹿野郎、こんな状況でまともにやり合えばこっちがすり潰される! それに、横取りされるだと? ……違う、逆だ」
俺の脳内で、悪賢い計算が弾き出された。
「作戦はこうだ。あいつらが高火力魔法で、あのクソ硬そうな鎧を削る。俺は美味しいところだけをいただいて、魔剣もステータスも全部『強奪』する!」
俺は一瞬で戦況を見切り、生存と任務達成のための最適解を実行に移す。
「撃てェッ!!」
冒険者のリーダーが叫び、魔術師たちの杖から極大の火炎と雷撃が放たれた。
同時に、背後のリビングアーマーが、地鳴りを上げて魔剣を振り下ろしてくる。
挟撃が激突するコンマ一秒の世界で、俺は敏捷をフル稼働させ、床の石板を蹴り砕いた。
その反動を利用して、真横にある古城の分厚い壁面に向かって弾丸のように突進する。
「退避だッ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
俺の放った全力のショルダータックルが、石造りの分厚い壁を見事に粉砕した。
瓦礫と土煙が舞い上がる中、俺は背後で魔法と魔剣が衝突する凄まじい爆発音を聞きながら、壁の穴から隣の区画へと転がり込んだ。
「ハァッ……ハァッ……。間一髪だったな」
「マスター! 見事な逃走劇です! 壁に穴を開けて逃げるなんて、知的とは思えない脳筋的……コホン、的確な判断でした!」
壁の向こう側からは、冒険者たちのパニックになった怒号と、リビングアーマーの雄叫びが聞こえてくる。
どうやら、俺を挟み撃ちにした両者が、目標を見失ってそのまま乱戦に突入してしまったらしい。
俺はジャージについた埃を払いながら、壁のひび割れからその様子を冷静に窺う。
左京玄弥の罠と、ターゲットの凶悪な魔物。二つ同時に相手をすれば、俺に命はない。だが、奴らが潰し合ってくれるなら、これを利用しない手はない。
「……せいぜい頑張ってターゲットのHPを削ってくれよ、左京の犬共。ラストアタックは、俺のモンだ」
知力は上がらなくても、ブラックな協会で培った「他人に泥を被せる」立ち回りは健在だった。
俺は暗闇に身を潜めながら、両者が疲弊し切る『漁夫の利』のタイミングを、静かに待ち続けた。




