スキルの制約、反撃の狼煙
「……う、ん……」
目を覚ますと、そこは薄暗いダンジョンの通路だった。
ゴツゴツとした冷たい岩肌の感触。土と埃の匂い。
ゆっくりと上体を起こした俺は、咄嗟に自分の身体をペタペタと触り、目を丸くした。
「傷が……ない」
先ほどの死闘で引き裂かれたはずの背中や腕の傷が、跡形もなく消えている。
それどころか、慢性的な肩こりや腰痛、ここ数日の極度の疲労感すらも綺麗さっぱり消え去り、身体がひどく軽かった。
「おはようございます、マスター! よく眠れましたか?」
パチッ、と目の前の空間に青白い光が集まり、手のひらサイズのホログラムの少女――エク子が空中にふわりと浮かび上がった。
「お前は……エク子、だったか。俺は一体……」
「限界ギリギリでマスターは見事最初の魔物を討伐し、【存在強奪】のスキルを獲得しました!
相手の『存在』を強奪したことでマスターの肉体は完全に回復し、ステータスもバッチリ強化されていますよ!」
「強化……?」
俺は自分の両手を見つめた。
試しにぐっと拳を握り込んでみると、今までとは違う、内側から爆発的に湧き上がるような強い筋力を感じた。
「マスター、今の自分のステータスを見てみてください! 念じれば頭の中に浮かぶはずです」
言われるがまま、「ステータス」と念じてみる。
すると、脳裏に半透明の詳細なウインドウが展開された。
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【名前】結城 誠(35)
【職業】無職(適性なし)
【称号】強奪する者(NEW)
【Lv】2(↑UP)
【HP】40(+30)
【MP】0(+0)
【筋力】35(+25)
【耐久】30(+20)
【敏捷】25(+15)
【知力】15(+0)
【運】5(+0)
【ユニークスキル】存在強奪
【獲得スキル】暗視 Lv1
【装備】泥だらけのスーツ(破損)
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「上昇分の数値が……俺の元のステータスよりも圧倒的に大きいじゃないか」
「はいっ! 一般的な大人の平均ステータスが『10』前後ですから、今のマスターは一気にトップアスリートを凌駕する身体能力を手に入れたことになります!」
「こんなに跳ね上がるものなのか?」
「フフン、これが【存在強奪】のすごいところです! 奪えるステータスの『種類』と『量』は、倒した魔物の特徴に完全に依存するんですよ。最初に倒したゴブリンは生命力と腕力に優れた魔物なので、今回は【HP】と【筋力】がドカンと上がりました!」
なるほど、奪った対象の長所をそのまま自分の力として上乗せできるというわけか。
おまけにゴブリンが持っていた【暗視】スキルも奪ったおかげで、松明もない暗闇のはずなのに、数十メートル先の石ころまで視認できた。
『グルルル……ッ!』
ふいに、通路の奥から低い獣の唸り声が反響した。
近づいてくるのは、犬のような頭部に人間の身体を持つ魔物。錆びた剣を握りしめた二匹の『コボルト』だった。
「マスター! 最初の討伐でゴブリンはこのダンジョンから存在が消滅してリスポーンしなくなったので、別の魔物が湧いたみたいですね!」
「あの種族ごとダンジョンから消え去ったというのは本当らしいな」
血走った目をギラつかせた二匹のコボルトが、俺を獲物と認識して飛びかかってきた。
先ほどまでの俺なら、この時点で足がすくんで死を待つだけだっただろう。
――だが、今は違う。
「ギャンッ!!」
先頭の一匹が錆びた剣を素早く振り下ろしてくる。
俺は咄嗟に身体を捻った。
完全に躱しきれず、スーツの袖を薄く斬り裂かれたが、皮膚には傷一つついていない。
俺の目は確かに剣の軌道を捉え、肉体はそれに反応していた。
「このっ……!」
すれ違いざま、俺は素人丸出しの大振りな右フックをコボルトの顎に叩き込んだ。
ゴツッ! という鈍い音と共に、コボルトが脳震盪を起こして数歩たたらを踏む。
拳にジンッとした痛みが走るが、骨は折れていない。【耐久】が上がっている証拠だ。
「ガウウッ!」
間髪入れず、二匹目が横から噛み付いてこようとする。
俺は一匹目を盾にするように力任せに押し退け、体勢を崩した二匹目の上に馬乗りになった。
武器はない。だから、ひたすらに殴るしかない。
「うおおおおッ!」
泥臭く、無我夢中で拳を振り下ろす。
二発、三発、四発。アスリート以上の筋力から放たれる素手での乱打。
やがて抵抗が完全に弱まり、二匹のコボルトは息絶えた。
『――条件達成。【存在強奪】が発動します』
脳内に無機質なシステム音が響く。
倒した二匹のコボルトの死体が砂嵐のようにブレ始め、空間から完全に消去されていく。
また一つ、このダンジョンから魔物の存在が消えた。
同時に、すりむいた拳の傷がスッと塞がり、先ほど以上の熱い力が両足と腕に流れ込んできた。
「やりましたねマスター! コボルトは素早さと手数に優れた獣人系の魔物です! 二匹分の強奪で、【敏捷】に(+40)、【筋力】に(+30)の追加ブースト完了です!」
「はぁ、はぁ……なるほど。確かに身体が異様に軽い。……倒す敵を選べば、自分のステータスを狙った通りに特化させることもできるってわけか」
荒い息を吐きながら俺が立ち上がると、エク子は空中に新たなウインドウを展開した。
「ふっふっふ、お金の心配もご無用です! 【存在強奪】は魔物の存在を根こそぎ奪うので、その魔物が持っているドロップアイテムを『100%の確率で全種類』確定ドロップさせます! ほら、インベントリを見てください!」
【所持アイテム】
・ゴブリンの変異血×1
・コボルトの魔石(小)×2
・コボルトの錆びた剣×2
「100%確定ドロップ……!? 冒険者が血眼になって数パーセントを狙うレアドロップが、倒すだけで必ず手に入るのか!?」
「その通りです! マスターがさっき倒したゴブリンの【変異血】、買い取り所に出せば一つ三十万くらいにはなりますよ!」
「三十万……!」
俺は息を呑んだ。
たった一匹の魔物で、俺の元の月給以上の額だ。これが毎回手に入るなら、一億という途方もない数字も、決して絵空事ではなくなる。
「……よし。なら、このコボルトが落とした【錆びた剣】を使えば、もっと効率よく魔物を狩れるな」
俺がインベントリから剣を取り出そうとした、その時だった。
「あっ、ブブーですマスター! それはできません!」
エク子が顔の前で腕を大きくバッテンにして見せた。
「マスターが忘れないように何度でも言いますよ! 【存在強奪】の発動条件は『無職(適性なし)』かつ『無装備』かつ『素手』で敵を倒すことです! つまり、剣を持った時点でスキルは発動しなくなりますし、防具を着た途端に確定ドロップもステータス吸収も無効化されます!」
「……は?」
「スーツや普段着ならセーフですが、冒険者用の防具はアウトです。マスターはこれからずっと、文字通りの『丸腰』でダンジョンを戦い抜かなきゃいけないんです!」
「丸腰で……肉弾戦縛り……」
背筋に冷たい汗が流れた。
敵の能力を奪い、100%のドロップを得る最強のスキル。
だがその代償は、たった一度のミスが即座に死に直結する「丸腰でのインファイト」を強いられるという、狂気のような条件だったのだ。
「へへっ……上等じゃないか」
俺は、拳の血を舐め取って笑った。
今まで安全な場所から冒険者に指示を出していた俺が、一番危険な泥臭い戦い方を強いられる。
なんという皮肉だろうか。
だが、惨めに這いつくばるだけの人生はもう終わりだ。
一億稼いで妹を救うためなら、這いつくばってでも魔物を殴り倒してやる。




