柊宗一郎との会話2
宗一郎の鋭い視線が俺を射抜く。
そして、その口から紡がれた名前に、俺は息を呑んだ。
「――左京だ。俺の隠し子である、左京玄弥がな」
左京玄弥。
その名前を聞いた瞬間、俺の頭の中でバラバラだったピースがカチリと音を立てて繋がった。
「……なるほど。そういうことか」
俺は、ゆっくりと座布団に座り直した。
驚きはなかった。
むしろ、酷く腑に落ちる感覚があった。
「結城、知っているのか?」
片桐が問いかけてくる。
俺は頷き、口を開いた。
「ええ。左京玄弥……。宗一郎さんの外にいる『隠し子』ですね。
奴は、妾の子である自分の地位を確固たるものにするため、あるいは組織の次期トップの座を奪い取るために、以前から手段を選ばない男だった」
「……残念だが、その通りだ」
宗一郎が、俺の言葉を引き継いだ。
「玄弥は、成果、結果を求めた、それ故に『圧倒的な力』を求めた。
それが、大罪スキルを擁する闇の組織、NULLだだった。
奴は黒犬のルートや資金をNULLに横流しする見返りとして、NULLから得体の知れない力を借り受け、組織内での発言力を急速に拡大させている。
……迂闊に動けば、黒犬全体を巻き込んだ内戦になる」
だからこそ、宗一郎は表立って動けなかったのだ。
「……じゃあ、俺が一番に話をするべき(ぶっ飛ばすべき)相手は、宗一郎さんじゃない。左京玄弥だな」
俺の低い声には、確かな殺意が混じっていた。
真っ先に奴の元へ乗り込み、NULLの情報を残らず吐かせてやる。
そんな俺の物騒な決意を感じ取ったのか、宗一郎は突然、フッと表情を緩めた。
「……結城」
「なんですか」
「お前、またこっち(黒犬)へ戻ってこないか?」
「えっ?」
予想外の言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。
「お前のあの時の狂ったような稼ぎぶり……ただの人間には到底不可能だ。お前は何か『隠し玉』を持っているな?」
「…………」
「玄弥の派閥を潰すには、外部の、それも規格外のジョーカーが必要だ。
今の鋭い目をしたお前なら、組織の幹部として十分に迎え入れられる。どうだ?」
宗一郎からの、まさかの逆オファー。
だが、俺の心に迷いは一切なかった。
「……すいません。お断りします」
「ほう。即答か。理由は?」
「俺には、やるべき事があるんです、俺から大切なものを奪った奴らを、この手で引きずり出す。
そのためなら、あんたの組織に戻るつもりはありません」
俺の言葉に、宗一郎はしばらくの間、俺の顔をじっと見つめていた。
やがて、彼は小さく肩をすくめ、再び猪口に酒を注いだ。
「……そうか。なら、これ以上は言わん。好きにしろ」
「……それと、もう一つだけいいですか?」
「なんだ」
「この件……玄弥とNULLの件が全て片付いたら、まどかに会いに行ってもいいですか?」
俺の問いに、宗一郎はピタリと酒を飲む手を止めた。
そして、どこか呆れたような、それでいて深い後悔を滲ませた目で俺を見た。
「……お前、本当に甘いというか、人が良すぎるな」
「俺が助けた人ですから」
「ふっ……。そうか」
宗一郎は手元の猪口を空にすると、ふと思い出したように言葉を継いだ。
「そういえば、結城。……過去にお前が俺の組織から追放された、あの件だが」
宗一郎の声のトーンが、一段と低くなった。
「まどかを拉致し、暗所に監禁した首謀者は『龍牙』だったんだな」
その名前を聞いた瞬間。
俺の全身に、冷たい電流が走ったように硬直した。
龍牙。
宗一郎の正妻の子供であり、組織の跡取りとされていた男。
あの時、まどかを拉致し、衰弱死寸前まで追い込んだのは、紛れもなく彼だった。
そして、俺がまどかを救出に向かった際、龍牙は薄ら笑いを浮かべながらこう条件を出したのだ。
『この女を解放してほしければ、俺が拉致したこと、監禁していたことを一切口外するな。
もし少しでも親父(宗一郎)の耳に入れば、まどかの命、お前の家族に危害が及ぶ』と。
俺は、衰弱しきったまどかの命を最優先にするため、その理不尽な取引に応じた。
当然、宗一郎には「誰が拉致したのか分からないが、俺の不手際でまどかを危険に晒した」と嘘の報告をした。
結果、何も知らない宗一郎は激怒し、俺はすべての責任を被る形で黒犬を追放されたのだ。
「なっ……なんで、あんたがそれを……!」
絶対にバレてはならないはずの真実を口にされ、俺は震える声で問い返した。
「少し前の総会でな、龍牙の動きが発覚したんだよ。
……龍牙がまどかを排除しようとし、お前がその罪を被って口を噤んだこともな」
あまりの真実に、俺は言葉を失った。
「なら……あんたは、俺が復讐のためにあんたの組織を恨んでいるとは、思わなかったのか?」
俺が問うと、宗一郎は静かに首を横に振った。
「その件については、俺はもう気にしていない。お前が俺を恨むなら、恨めばいい」
「……」
「むしろ……すまなかったな」
裏社会のトップとして君臨する男が、深く、頭を下げた。
「龍牙と、玄弥。俺の息子たちの、醜く血塗られた兄弟喧嘩に、無関係なお前を巻き込んでしまった。
お前を追放したのも、まどかが傷ついたのも……すべては、俺の身内の不始末だ」
その謝罪の言葉には、確かな重みと、親としての、そして組織のトップとしての苦悩が滲んでいた。
「宗一郎さん……」
「お前が玄弥を討ちに行くというなら、止めはしない。
俺が持っている玄弥とNULLに関する情報は、すべてお前に渡そう。
それが、俺なりのせめてもの詫びだ」
宗一郎はそう言うと、懐から分厚いデータディスクを取り出し、机の上に置いた。
「……感謝します」
俺はディスクを手に取り、深く頭を下げた。
俺の人生を狂わせ、まどかを傷つけた者たちの姿が、ついに暗闇の中から完全にその輪郭を現した。
「結城、和解もした事だし、飲んでくか?」
「ええ。……そうですね、少しだけ」
♦︎
神楽坂の小料理屋を出ると、夜風が火照った体を冷ましてくれた。
深淵への扉は開かれた。
次なる標的を見定めた俺の心には、冷たく、黒い炎が静かに燃え盛っていた。




