迷宮氾濫5 狂化するモノ
あ、先に他の冒険者部隊側の魔物に対して存在強奪発動しとけばよかった…
でも今キバはこっちにいて他の眷属召喚してないからセーフという事でご容赦ください。
「…許さん。万死に値する!! 貴様らニンゲンどもは、一人残らずこの手で八つ裂きにし、はらわたを啜り尽くしてくれるわァァッ!!」
キバの怒声が、落雷のようにダンジョンに響き渡った。
その凄まじい咆哮だけで、後方で倒れていた冒険者たちが「ぐああっ!」と耳を押さえてのたうち回る。
「シル!! ロビ!! その下等なゴミムシを殺せ! 決して楽には死なせるな、四肢をもぎ取り、生きたまま肉を削げ!! そしてユト様を奪い返せ!!」
「御意!!」
キバの命令と同時に、両脇に控えていたシルとロビが、ギラリと目を血走らせて立ち上がった。
細身の男シルが、両手の爪を鋭い刃のように長く伸ばす。
長身の女ロビが、その細い脚に尋常ではない闘気を纏わせる。
二体の災害級の鬼人が完全に俺一人を殺すためだけにロックオンした。
「……チッ。話が通じねえ連中だな」
俺は舌打ちをし、肩に担いでいた四畳半分のカロリーが詰まったドドンキの黄色い袋を地面に置いた。
「凛。この袋の後ろに隠れてろ。絶対にここから動くなよ」
「おじさん……っ」
「大丈夫だ。おじさんが、パパッと追い払ってやるから」
凛の頭をポンと撫でて安心させると、俺は彼女を庇うように一歩前へ出た。
周囲には、重傷を負って動けない冒険者たちが転がっている。俺がここで負ければ、凛も、彼らも、そして新宿の街も終わる。
いつもの「猿芝居でやり過ごす」なんて甘い手段が通じる状況ではない。
「死ねェッ!!」
シルの姿がブレた。
ベテラン冒険者の動体視力すら置き去りにする、文字通りの神速。
次の瞬間には、シルの鋭い右ストレートが、俺の顔面を真っ二つに砕かんと迫っていた。
――ドゴォォォンッ!!!!!
凄まじい衝撃波が円形に広がり、俺とシルの足元にあった岩盤が、クレーターのようにすり鉢状に吹き飛んだ。
「……ほう? 貴様、今の衝撃を防ぐか」
土煙が晴れる。
シルの全力の拳は、俺の左の掌によって、ピッタリと受け止められていた。
「……っ」
俺は涼しい顔を作りながらも、内心で冷や汗を流していた。
(重い……ッ! 蒼竜の一撃より重いぞこれ!)
『マスター! 対象のステータスを解析。
……驚異的です。
シルの筋力と速度は、マスターのステータスに肉薄しています!』
(マジかよ! それが二体もいるのかよ!)
俺がシルの拳を受け止めた隙を突き、死角から長身の女、ロビが強襲を仕掛けてきた。
彼女の長い脚が、鋭い鞭のようにしなり、俺の側頭部を刈り取ろうと迫る。
「ハァッ!!」
咄嗟に回避しようとしたが、二対一の連携により完全に退路が塞がれていた。
バギィッ!!
ロビの蹴りが、俺の左肩口にモロに直撃した。
「ぐっ……!?」
俺の身体が大きく吹き飛び、地面を数メートル削って転がる。
ジャージが破け、肩の肉が裂ける。
だが。
ガァンッ!!
肉を深く断つ直前、俺の皮膚の下に展開されたスキル【竜鱗装甲】が、鋼の如き硬度でロビの蹴りの威力をギリギリで弾き返していた。
「……チッ、硬い肉だ。だが、その腕、もらったぞ!!」
ロビの蹴りで体勢を崩した俺に、シルが追撃の爪を振り下ろす。
ズバァッ! と俺の右腕に深い斬り傷が刻まれ、鮮血が舞った。
「おじさんッ!!」
後ろで隠れていた凛が悲鳴を上げる。
「フハハハ! 脆い! 人間の肉など、我らの爪の前では豆腐も同然よ!」
シルとロビが勝利を確信し、嘲笑う。
だが。
「……痛えな、おい。お前ら、何か勘違いしてないか?」
俺がゆっくりと立ち上がると同時に、抉られたはずの右腕の傷口から白い蒸気が吹き上がり、一瞬にして肉が結合し、傷跡一つ残さずに完全に塞がってしまった。
「な……っ!?」
シルとロビが驚愕に目を見開く。
「すぐ治るのが、お前ら魔物の専売特許だとでも思ってたのか?」
スキル【超速再生】。
これがある限り、一撃で即死でもしない限り、俺の肉体は瞬時に元通りになる。
ステータスによる圧倒的な耐久力と相まって、俺は堅固な要塞みたいなものだ。
(知力は20だけどな)
『マスター! 敵は連携を組んでいますが、本質的に「人間は弱い」という慢心があります!
大きな隙を誘発し、再生不可能な一撃で仕留めてください!』
(わかってる!)
俺は、あえて顔に『疲労と焦り』を浮かべたような、素人のような隙を晒してみせた。
防御を下げ、息を荒らげる演技。
「ハァッ、ハァッ……! 虚勢を張るな、ニンゲン! その再生能力も、魔力が尽きれば終わりだろう!」
シルが、その隙を見逃さなかった。
彼は残忍な笑みを浮かべ、俺の心臓を一直線に貫こうと、すべての魔力を右手の鋭い爪に集中させた。
「死ね、脆き肉よォォォッ!!」
一直線の、回避不可能な神速の刺突。
ロビも俺の退路を断つように背後に回り込んでいる。
完全に詰み、に見えた。彼らからすれば。
『――今です、マスター!!』
俺の神経が極限まで研ぎ澄まされる。
俺は避けるのではなく、あえてシルの爪に向かって、自ら半歩前に踏み込んだ。
そして、シルの腕が俺の胸に触れる寸前。左手でその手首をガシッと掴み、強引に軌道を外へ逸らした。
「な……ッ!?」
シルが驚愕に目を見開く。彼の懐は、完全にガラ空きになっていた。
「俺は、非武装の時が一番強いんだよ!!」
俺は、右の拳を限界まで引き絞った。
限界突破した筋力、そのすべてを一点に集中させた、純度100%の『暴力』。
それは、空間そのものを叩き割るかのような、渾身のストレートだった。
ドゴォォォンッッ!!!
「ゴ、アァァァァァァァァァァッッ!!??」
俺の右拳が、シルの胸の中央に直撃した。
凄まじい破壊力は、シルの強靭な肋骨を粉々に粉砕し、心臓を跡形もなくすり潰し、その衝撃波はシルの背中を突き破って、はるか後方の岩壁に巨大な大穴を穿った。
シルは血を吐くことすらできず、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
後方で見ていたキバは、少し驚いた表情を見せたものの、すぐに冷笑を浮かべた。
「……ほう。まさかシルを一度殺すとはな。だが無駄だ。我らは不滅。シルよ、影へ戻り、再び立ち上がれ」
キバが指を鳴らす。
シルの死体を影に引きずり込み、ダンジョンの機能を利用して再召喚させようとしたのだ。
しかし、俺の脳内にいつもの無機質なシステム音声が鳴り響いた。
『――対象の討伐を確認』
『――固有スキル【存在強奪】が発動します。対象の再出現を3時間封印します』
『――初回討伐ボーナスを獲得しました』
『――対象からスキル【縮地】を強奪しました』
『――HPが全回復し、基礎ステータスが上昇します』
その瞬間、俺の身体を温かい光が包み込み、ステータスの数値が跳ね上がっていくのがわかった。
【筋力:3000】 → 【3500】
【耐久:2500】 → 【3000】
【敏捷:2150】 → 【2650】
【知力:20】 → 【20】
(よしっ! また強くなったぜ。……知力は相変わらずだけどな!)
一方、キバの冷笑はピタリと凍りついていた。
「何をしている、シル。戻れと言っているのだ!」
キバが激しく魔力を練り上げ、自身の影を沸騰させる。だが、影からは何も出てこない。
当然だ。俺の【存在強奪】によって、シルという魔物のダンジョン内でのリポップは、これから3時間完全に封じられてしまったのだから。
キバの顔に、初めて明確な『驚愕』と『焦燥』が浮かんだ。
「……馬鹿な。シルの魂の繋がりが……完全に消滅した……? あのニンゲン、ダンジョンの法則そのものを歪めたというのか……!?」
そして、その事実を最も残酷な形で理解したのは、横で戦っていたもう一人の上位眷属、ロビだった。
「シル……? 嘘でしょ、シルの気配が……どこにもない!? 再生できないの……!?」
ロビの赤い瞳が、信じられないものを見るように虚空を彷徨い、やがて、俺へと固定された。
彼女は【存在強奪】の仕様を知らない。
彼女からすれば、シルの魂ごと完全に消滅させられたも同然だった。
「あ、ああ、あああぁぁぁぁぁぁっ……!!」
ロビの口から、悲痛な、そして底知れない憎悪に満ちた絶叫が木霊した。
「許さない……許さない許さない許さないッ!! 貴様ァァァァッ!! シルを返せ!! 魂ごとズタズタに引き裂いてやるゥゥッ!!」
ロビの全身から、先ほどまでの比ではない、黒く淀んだ瘴気が爆発的に噴出した。
彼女の長い白髪が逆立ち、筋肉が異常に膨張し、その脚からは空間を焼き焦がすほどの高熱が放たれ始める。
悲しみと怒りによって、自らの命を削ってでも俺を殺そうとする姿だった。
「……おいおい、マジかよ。こっちのが厄介そうじゃねえか」
俺は、ステータスが向上して軽く感じるようになった拳を握り込みながら、再び身構えた。
後ろでは、凛が心配そうに俺の背中を見つめている。
絶対に、ここは退けない。
「トラ子、エク子。気を引き締めろ。さらに暴れるぞ」
『了解しました、マスター。対象の魔力反応、先ほどよりも跳ね上がっています』
『マスターのステータスも上がってるから大丈夫です! 新しいスキル【縮地】もジャンジャン使っちゃいましょう!』
殺意の権化と化したロビが、大地を溶かしながら飛び出してきた。
ダンジョンブレイクを懸けた、剥き出しのステータス同士の激突が、さらなる死闘へと突入しようとしていた。




