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迷宮氾濫3  対峙と交戦と


 黄色いドドンキの袋を手に持ち、結城誠は息を切らして冒険者ギルド新宿本部へと飛び込んだ。


 深夜にも関わらず、ロビーは武器や防具を身につけた冒険者たちでごった返し、怒号とサイレンが交差する戦場のような有様だった。


 受付の雨宮さんを捕まえ、すぐにギルドマスターのいる地下の作戦会議室へと案内される。

 重厚な扉を開けると、そこには血走った目をした片桐ギルマスと、深刻な顔をした幹部たちが集まっていた。


「来たか、結城誠……」

「ギルマス、緊急事態って何なんですか!? 食料の買い出しで忙しかったんですけど!」


 俺のズレた抗議を無視し、片桐はテーブルに広げられた黒曜の森の地図を指差した。


 そして、隠密部隊『シャドウ』の生き残りが持ち帰った、絶望的な報告を口にした。

「特徴は白髪、捻れた角、赤い眼。

結城くん、君の後ろに隠れているその少女と、完全に一致している」


 片桐の言葉に、室内の空気が氷点下まで凍りついた。幹部たちの鋭い視線が一斉に、俺の背中の凛へと突き刺さる。


「事前に入った特務部隊は全滅した。これより、黒曜の森から湧き出すこれらの脅威は、すべて『討伐対象』として処理する」


 その冷酷な宣告に、俺はドスッとドドンキの袋を床に置き、テーブルをバンと叩いた。


「ふざけないでください! 凛がそんなことするわけないだろ!

この子はただの腹ペコな迷子です! 万が一何かあっても、俺が保護者として、凛の行動にはすべて責任を持ちます!」


 相変わらずの狂人じみた(と周りには見える)庇い立てである。


 片桐は深くため息をつき、俺の背中に隠れる凛へと視線を向けた。

「……お嬢ちゃん。君は、あの森の中から這い出てくる『同胞』たちについて、何か知っているのか?」


 凛は怯えたように俺のジャージの裾をギュッと握りしめ、ふるふると首を横に振った。

「わかんない。……でも、あっちから、すっごく懐かしい感じがするの。

わたしの、大事だったもの……」


 その言葉に、片桐はハッとして目を見開いた。

(なるほど……記憶喪失とはいえ、同族の気配を感じ取っているのか。結城誠はこの少女の『共鳴』を利用して、敵の親玉を引きずり出すか、あるいは説得させる気か……!)


 相変わらず片桐の脳内では、俺の無計画な行動が「計算し尽くされた完璧な盤面」として処理されていた。


「……よかろう。結城くんがそこまで言うなら、彼女の同行と存在を特別に許可する」


 ◆


 場面は1階の巨大ホールへと移る。

 緊急召集されたCランク以上の冒険者たちが、武器を手にひしめき合っていた。


 壇上に立った片桐が、拡声の魔導具で声を張り上げる。


「状況は最悪だ! Dランクダンジョン『黒曜の森』にて、イレギュラーな魔物の大群が発生! 現在、上層の出口へ向けて進軍中である!」


 ざわめく冒険者たち。

「これより迎撃作戦を展開する! AランクおよびBランクの精鋭は、ダンジョンに突入して強固な防衛線を構築! 魔物を一匹たりとも外へ逃がさず、すべて討伐しろ!」


「Cランク冒険者は、近隣住民の避難誘導に当たれ!」

 その指示を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろした。

(よしよし、Cランクの俺は避難誘導だな! 安全第一、お年寄りの手を引いて安全な場所へダッシュだ。

これなら凛を連れていても危険はない)


 俺がそそくさとCランクの集団に混ざって出口へ向かおうとした、その時だった。


 ガシッ。

 背後から、分厚い手が俺の肩を掴んだ。

 振り返ると、般若のような顔をした片桐ギルマスが立っていた。


「……どこへ行く気だ、結城くん。君はこっち(討伐側の最前線)だろう」


「えっ!? いやいや、俺Cランクですよ!? たった数日前に昇格したばかりの、ピカピカの新人Cランクですよ! 規定通り避難誘導に――」


「Aランクの剛堂を素手で粉砕し、災害級の魔物(凛)を手懐けた君を、避難誘導などという後方に置いておけるか。

君の力は防衛線に不可欠だ。……まさか、ギルドマスターの直接命令に逆らう気か?」


 ゴゴゴゴ……と無言の圧力をかけられ、俺は涙目で首を縦に振るしかなかった。

 権力には逆らえない。元・しがない事務員の悲しいさがである。


「……御意」

 しぶしぶ討伐隊の最後尾に向かおうとする俺は、傍らに立つ凛に向き直った。


「よし、凛。おじさんはこれから危ないところに行くから、お前は避難組の雨宮さんたちと一緒に安全なところで待って――」


「ダメ!」

 凛が、俺のジャージを強く引っ張った。

「わたしもいく! わたしがいれば、もしかしたら、あの子たちを止められるかもしれない……っ!」


 彼女の赤い瞳には、普段の「ご飯ちょーだい」という無邪気さとは違う、切実な光が宿っていた。


 自分と同じ姿をしたバケモノたちの進軍。

 記憶がなくても、自分の失われた過去がそこにあることだけは、本能で理解しているのだ。


(……そうか。迷子の家族が、パニックになって森から飛び出してこようとしてるんだな。凛がいれば、「おーい、私ここだよー!」って感じで暴走を止められるかもしれない)


 圧倒的なポジティブ変換である。

 俺は大きく頷いた。


「わかった。絶対におじさんの背中から離れるなよ。お腹が空いたら、すぐにこの黄色い袋からご飯を出すからな」


「うんっ!」

『マスター、それは典型的な「戦場に足手まといを連れて行ってピンチになるフラグ」のテンプレです。考え直してください』


『あーあ、マスターの知力がもう少し高ければ……いや、高かったらそもそもこんな状況になってないか!』


 トラ子とエク子が脳内で呆れたようにツッコミを入れるが、決意を固めた俺の耳には届いていなかった。


 ◆


 場面は変わり、黒曜の森ダンジョン・中層エリア。

 かつて静寂に包まれていた地下空間は、今や地響きと殺意で満たされていた。


 ズシン、ズシン、と揃った足音。

 白髪と赤い眼、捻れた角を持つ百体以上の悪魔の軍団。


 その先頭を歩くのは、巨躯の大男――キバである。

 彼の両脇には、上位眷属であるシルとロビが控えている。


「ニンゲンの匂いが濃くなってきました、キバ様」

「ああ。この先に、大勢の餌が待っている。ユトを隠している小賢しいネズミどもがな」


 キバが残忍な笑みを浮かべ、さらに歩みを進めた先。

 開けた広大なフロアの向こう側に、無数の松明の炎が煌々と燃え盛っていた。


「――来たぞ!! 総員、構えェェッ!!」

 怒号が飛ぶ。

 そこに布陣していたのは、新宿ギルドが誇るAランク、Bランクの精鋭冒険者たち、総勢百名を超える大防衛線だった。


 重装甲の盾持ちが最前列に鉄壁の壁を作り、後列では数十人の魔術師たちが極大魔法の詠唱を開始している。


 息が詰まるほどの緊張感。

 キバの軍勢が、その防衛線を前にピタリと歩みを止めた。


「……ほう。少しは骨のあるネズミどもが揃っているようだな」

 キバが目を細める。


 最前線に立つAランク冒険者たちは、キバから放たれる凄まじいプレッシャーに冷や汗を流しながらも、武器を強く握りしめた。

「一歩も通すな!! ここを破られれば、新宿が終わるぞ!!」


「魔法部隊、放てェェェェッ!!」

 指揮官の号令と共に、空を焼き尽くすほどの業火と、大地を砕く雷撃の雨が、白髪の悪魔たちへと降り注いだ。


「シル。ロビ。……喰い散らかせ」

 キバの静かな命令が下る。

 それを合図に、百体の眷属たちが咆哮を上げ、魔法の豪雨を正面から突破して冒険者たちの盾陣へと激突した。


 ズガァァンッッ!!!

 鼓膜を破るような轟音と共に、肉と鋼鉄がぶつかり合う凄惨な死闘の幕が開いた。


 ダンジョンの中層で繰り広げられる、人類の精鋭と、災害級の魔物の大軍勢との総力戦。


 その戦列の最後尾で、俺は凛と手を繋ぎ、黄色いドドンキの袋を抱えながら呑気に歩を進めていた。


「いやー、すっごい音だな。花火大会みたいだ」

『マスター、最前線は文字通り血の海になっていますよ。少しは緊張感を持ってください』


 無自覚な規格外のおっさんと大食い少女が、血で血を洗う戦場の最前線へと、のんびりと近づきつつあった。

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