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第37話 新たな先輩との出会い

「色々と目立つ新人」みたいな立ち位置を確立し、色々と先輩方に可愛がられながら馴染んできた頃。

 ある日の朝、いつもの流れで冒険者ギルドへ向かうと、何やらざわついているのが見えた。

 そう深刻そうな雰囲気ではなく、何か珍しいことが起きた程度に思えるけど。


 何が起きているのかは気になって、思わず少し早足になって近づくと、入り口近くにいる先輩の一人が俺に気づいたようだ。どことなく焦っているようにも見える顔で、俺へとしきりに手招きしてくる。

 俺に何か用事があるんだろう……たぶん、あの先輩一個人としての用ではなさそうだけど。


 不思議に思いながらもギルドへ入ると、俺への気づきが波のように伝播し、あっという間にこちらへと視線が集まってくる。


「お、おはようございます」


 今までにない異様な雰囲気に、少したじろいでしまう。俺が何かしたって感じの責められる空気ではないけど、さすがに緊張はする。

 そんな空気に、ただ立ち尽くしていると、これまで場の中心だったらしい人物が、ゆったりと俺の方へ歩み寄ってきた。


 俺よりも年上に見える青年の方で、冒険者の先輩方から見ても目上であろうことが、みなさんの視線や丁寧な態度からうかがい知れる。

 お顔は整っていらっしゃって、俺よりも少し背が高く――少なくない女性陣からは、憧れの目を向けられている感じだ。

 お召し物も、冒険者の仕事着のような実用性重視っぽくありつつ、どことなく気品があるように見えるし、何というか……


 俺とは人としての階層(・・)が違っていらっしゃるお方なんじゃ?


 緊張した面持ち集まる中にあって、ご当人はどういうわけか、少し困ったような微笑を浮かべておられる。

 どうしたものかわからないでいる俺に、その方は優しく声をかけてこられた。


「君が、ハルベール・マッキノン君だね?」


「は、はい!」


 まだどういったお方かわかっていないというのに、自然とこちらの姿勢が正される。

 すると、どことな~くセンチメンタルに見えないでもない微笑の後、その方が手を差し出してこられた。


「アシュレイ・コードウェルだ。よろしく」


 名前を言われてもサッパリなんだけど……たぶん、こちらへ来たばかりの俺がモノを知らなさすぎるだけなんだろう。きっと、有名なお家のご子息であらせられるとか……

 カチカチになって握手に応じながらも、憶測を働かせる俺の前で、コードウェルさんの傍らに、見知った顔の女性がスッと歩み出てきた。ギルド受付のメリルさんだ。

 メリルさんもメリルさんで、相応に緊張している様子。「マッキノンさん」と、自分ちの名前でありながら初めて聞くような違和感ある呼び方をしてくる。なんともかしこまった感じだ。

 その後、メリルさんは傍らのお方をド丁寧な所作で、手のひらで指し示しながら続けた。


「こちらのアシュレイ様は、このアゼットの港町を含むフィロワーズ領の領主、辺境伯コードウェル卿のご子息であらせられ」


 ああ、やっぱり。今すぐひれ伏した方がいいんじゃないか。

……なんて思うのも、俺が田舎もんだからだろうか。周囲を取り囲む先輩方の様子に、こちらのコードウェル様への敬意はあっても、過度にヘりくだる様子はない。

 そして、メリルさんからの紹介には続きがあって……

 俺にとっては、そちらの方がずっと重要なものだった。


「《選徒の儀》を受けられ、昇進を果たされた勇者でもあらせられます」


 思いがけない形でお会いした、神の使徒としての先輩を前に、俺は目を見開いて沈黙した。

 こちらのアシュレイ・コードウェル様は、近隣一帯を守護する貴族ご一家の一員でいらっしゃる。その上、魔獣退治を重ね、《選徒の儀》の更に次まで進まれた勇者でもあらせられる。

 そりゃ、冒険者の先輩方も敬意や羡望をあらわにするってもんだ。


 それで……こういう場に俺が招かれたってことは、俺にご用件があったってことなんだろうか?

「今から呼びに行こうかというところでした」と、いつもよりも硬い感じで言うメリルさんに、ついつい身構えてしまう。

 そんな俺に、コードウェル様はあくまで親しい感じで声をかけてこられた。


「マッキノン君、これから何か用事は?」


「い、いえ! ありません!」


 ここへは今日の仕事を探しに来たところで、何かするべきことがあるわけじゃない。

 仮に何か用事があったとしても、正直に言えるかどうかってハナシでもあるだろうけど。

 では、何のご用件なんだろうか。ガチガチに強張(こわば)りながら続きの言葉を待つも、ご提案は身構えるほどのものではなかった。


「実は、ここ最近はこの辺りを離れていたものでね。見回りも兼ねて、東の森へついて来てもらいたいのだけど、どうかな?」


 見回りだけってことなら、そうハードなお仕事になる雰囲気じゃない。そもそも、断るって選択肢もなさそうだけど……

 それはそれとして、聞くべきこともある。いつも以上に頭の中を高速回転させ、態度や言葉遣いに気を遣いながら、できるだけ待たせまいと俺は口を開いた。


「それは、私一人でということでしょうか?」


「ああ。さほど森に深入りする考えはないからね。軽い巡視程度に考えてもらいたい」


 う~ん……なんだか、俺を連れ出すための口実っぽい気もする。

 いや、最近見回りしていないからこその様子見というのも、実際には本当なんだろうけど……

 俺を連れていくってことに、重点が置かれているような?


 もちろん、これは俺の勝手な推測でしかない。どういったお考えがあるのかはわからない。単に、俺が自意識過剰なだけかも。

 でも、断れるものでもないだろうし、逆に興味を惹かれる部分もある。危険なことになる心配もないだろうと、俺はご提案を応諾した。


 それから、コードウェル様はメリルさんから真新しい地図を受け取られた。少し楽しそうにお顔が綻ぶ。


「いやぁ、本当に久しぶりだな。あまり変わっていないだろうけど」


 地図を手に持たれているってことは、コードウェル様が先を行かれるわけだ。この辺りを離れていたとはいえ、俺みたいな新参ものよりは詳しいだろうし。


 コードウェル様に連れられるようにしてギルドを出ると、四方八方から視線が飛んでくる。後ろのギルドはもちろんの事、街行く人々からも。

 でも、仰々しい態度でこちらのお方を上に置く感じはない。親しみというほど砕けてもいなくて、敬愛という言葉がしっくりくるような。

 単に、俺が距離感を図りかねていて、こうもカチコチになってるってだけかも?


 門を出て殺風景な平原に足を踏み入れ、少し歩いたところで、コードウェル様が後ろを振り向かれた。フッとため息の後、こちらへ笑みを向けられる。


「こちらで待ち合わせた方が良かったかな? 私の横だと、あまり落ち着かなかったことだろうし」


「それは、その……」


 仰る通りで、居心地悪いとまでは言わないけど……正しい立ち居振る舞いがわからず、困惑した部分は確かにある。

 今の態度もまた、そういった迷いがあらわれたものだけど、コードウェル様は(とが)めるでもなく柔らかに仰った。


「久々にギルドへ顔を出したところ、面白い新人が来たと耳にしてね。聞いてみれば、《選徒の儀》を経た使徒だとか。そこで興味がさらに湧いた。先輩として、何か実のある話をできれば、とも思っているよ」


 俺に興味を持っていただいているのと同様、俺も勇者としてのコードウェル様に興味はある。

 どういった神さまのお導きを受けているのか、とか。

 ただ、そういった素直な欲求を口にできるような心持ちでもないけど。ただ、「恐縮です」としか返せない俺に、コードウェル様は含み笑いを漏らされた。


「あまり硬くなる必要はない……といっても難しいのだろうね。自ずと居住まいを正そうとしてしまうというのなら、立派な教育を受けたのだろうと感心するけど……私一個人としては、楽に構えてもらえれば幸いかな」


 それから、街の方を振り返り、「聞き耳もないことだしね」と苦笑い。

 とりあえず、あまり身構える必要はないんだろう。それでも、お家柄を意識すれば、勝手に堅苦しくなるのが田舎の平民の習性みたいなものだけど……


 打ち解けたというにはまだ早すぎる、やはり少しぎこちない空気の中、俺たちは森の方へと進んでいった。

 その間、コードウェル様は俺に対し、故郷の話を所望なさった。

 なんでも、近隣一帯を守るお家の立場柄、冒険者ギルドとは関係が深い。冒険者の仕事の報告書を閲覧する権限というか義務があるようで、俺のことを耳になさった際、故郷のファーランド島に興味を持たれたとのことだ。

「前から知っていた島ではあるけど、実際の住民から話を聞くのは初めてで」と仰るコードウェル様は、落ち着いた雰囲気から少し変わって、どことなくワクワクしていらっしゃるようにも映る。

 そこで俺は、故郷について色々と話していった。両親の事や親友連中のこと。街での暮らしや、その外での出来事。あと、魔獣退治。


 なんやかんや話している間に、時間は思っていたよりもずっと早く過ぎていく。

 たぶん、予想以上に聞き上手でいらっしゃったからだろう。こちらとしても、話すのが楽しかった。

「アシュレイでいいよ」と、親しい感じで言っていただけたし。


 そうして森の前に着くころには、あまり緊張を感じなくなっていた。こっからが仕事場だっていうのに。

「ここにも、すっかり慣れたようで頼もしいね」と、リラックスした様子の俺に、アシュレイ様がにこやかに仰った。色々と含みを感じないでもない。

 俺はただ、アンニュイな笑みを浮かべて返答とした。


 やっぱり口実っぽい見回りだけど、やるだけのことはやっておくというスタンスのようで、地図につけた印を順に回っていく。


「はぐれた魔獣の一匹ぐらい、見つかるとむしろ嬉しいところだけど」


「俺に撃たせるためですか?」


 何やら期待や興味を寄せられている自覚から問うと、幸いと言っていいのか、自意識過剰なんかじゃなかった。


「噂のハル君がどれほどのものかと、ね」

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