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第38話 勇者さまの自己紹介

 実のところ、魔獣が出ないのはいいことだけど、少しぐらいなら……という面はある。二人で対処しきれないような奥地へ進む考えもないことだし、楽にあしらえる程度の小物であれば数匹程度なら。

 とか思っていると、前方に奇妙なものが見えた。地面に覆いかぶさる暖色の枯れ葉、幾重にも重なるその層の中から覗く、鈍い金属光沢の小片がいくつか。

 木の葉の下に何か潜んでいる。


刃鼠(エッジホッグ)でしょうか?」


「おそらくは」


 《刃鼠》は、硬質の外皮を持つ小動物形の魔獣だ。背面は首から尻にかけて、小さく鋭い刃状の物体が数ライン生えている。

 習性としては、木の葉や土中で大人しくしている事が多い。でも、その穏やかさは打算的なもので、草葉や土に鋭い刃を潜ませ、何者かが踏むのを待つ。

 あるいは、突如として全身の筋肉を躍動させ、飛び掛かかってくる。この突進で勢いをつけたところで全身を器用に丸めると、背の刃が外側に張り出して丸ノコのように並び、全身的な回転運動によって凶器と化す。

 基本は待ちの戦術で構える魔獣だけど、瞬発力には侮れないものがある。

「指が大事なら、地面には注意しろ」なんてのは、故郷でも鉄則だったし、こちらへ移ってきても同じような警句を耳にした。


「さて、どうしようか」


 とは仰るものの、アシュレイ様ご自身でどうこうするお考えではないっていうのは明白だ。

 まぁ、それぞれの得物を見ても、俺がどうにかするのが妥当だとは思う。アシュレイ様は……目に見える(・・・・・)武器は剣しかお持ちでないけど、俺は弓を持っていることだし。

 敵を前にしつつも、むしろ期待や関心の視線を寄せられる中、俺はいつもの感じで弓を手に取り矢を(つが)えた。


「一応、外した際の心構えをお願いします」


「ああ、それはもちろん」


 程よくリラックスした雰囲気ではあるけども、舐め切っているわけじゃない。敵に向けたアシュレイ様の眼光は鋭く、剣を抜いた構えにも隙はない。

 言うまでもなかったかな。


 撃つ前から安心を覚える俺だけど、弓を引けば気持ちが一気に切り替わる。

 雑念は消えうせ、代わりに脳裏を言いようのない感覚が巡る。

 遠くに見える木の葉の、そこから浮かび上がるかすかな風の流れ。

 矢が進むべき道がうっすら見え、その先にあるはずの獲物。木の葉の覆いをカムフラージュに、その下に身を潜める小柄な体。

 わずか見える刃数本から、あるべき体の配置を視線の先に映し出し――


 一射。


 風を切って進んだ矢が、枯れ葉の層に突き刺さり、甲高い悲鳴が短く響き渡る。

 おそらく、反撃はない。死んだフリの鳴き声を上げるほどの知能が確認されたとか、そういう話は聞いたことがない。

 それでも念のため、最後の破れかぶれを考慮して、俺は第二矢を放った。矢は、先に撃った一本に隣り合うように突き刺さり……

 一発目と同じように、何かに刺さった挙動を示すも、声は上がらない。


 ま、一発目で死んだだろと思いつつ、一応は剣を抜いて近づいていく。

 すると、目に見えない力の風が、足元へと軽く吹き寄せてきた。《源素(プリマス)》の風だ。

 少しすると、木の葉の間から見えていた刃も完全に消失。魔獣がいたはずのところにしゃがみ込み、俺は矢を回収した。

 見た感じ、曲がってはいないけど、後で検査しないと。それとわかるように印をつけ、矢筒の中へ。


 一連の作業の後、振り向いてみると、アシュレイ様が目を丸くしておられた。


「弓の名手とは聞いていたけど……まさか、これほど精密とは」


「いや~、それほどでも」


 目上の人から認められるのは、やっぱ気分がいいな。

 アシュレイ様のお立場を考えれば、色々とすごい人をご存じでもおかしくはないし。



 地図に従い見回りしたところ、結局出くわした魔獣は一匹だけだった。アシュレイ様によれば、平和で何よりだという。


「寒くなれば、撃退に向かう我々にとって、色々と不都合があるものだからね」


 確かに、寒さに対抗する手立てなんていくらでもあるけど、そういうのを使わずに済ませられるなら、それに越したことはない。

 雪の上で戦闘すること自体、そのために造られたような魔獣連中に比べれば、不利なのは否めないし。

 これから寒くなっていく中、魔獣がドッと増えるイヤな気配もなく、とりあえずは安心と見ていい――というのが、アシュレイ様の所見だ。


 ギルド的なお仕事はこれで完了だ。ただ、後は帰るだけかと考えたものの、どうもそういうわけでもないらしい。

 仕事終わりの雰囲気の中、アシュレイ様が急に辺りを見回し始められた。辺りと地図とで視線が行き来する。まさか迷ったわけでもないだろうけど。

 ややあって、何らかの目星が定まったらしく、「こちらへ」と促された。


 進んでいった先には、まばらな木立が途絶え、森に円形の穴をあけたように開けた場所があった。手ごろな小岩にアシュレイ様が腰かけられ、フッと一息。

 近くにはちょうどいい岩がまだまだあり、「君も」と声をかけられるのを待ってから、俺も腰を下ろした。


「後は帰るだけ……とはいえ、神の使徒同士で話せる機会も、そうはないからね。少しぐらい、そういう話をしようか」


 むしろ、これが今日の本命の方にも感じられる。固唾を呑みながらもしゅかりうなずく俺に、アシュレイ様のお顔が少し綻んだ。


「もっとも……君の情報について、ギルドで(つか)んでいる程度の事は、すでに知っている。故郷の事を色々と話してもらったことだし、今度は私から自己紹介しようか」


 この流れで「自己紹介」ってことは……神の使徒としての力を見せてくださるってことだろう。

 それに、勇者への昇進も果たされているという話だ。もしかすると、お付きの神さまを顕現なさるお考えなのかも。


 さすがに、期待と興奮を抑えられず、胸が弾んでソワソワしてしまう。

 そんな落ち着かない身じろきをどうにか押さえつけ、「お願いします」と俺は深く頭を下げた。

 すると、アシュレイ様がスッと立ち上がられ……何やら考え込んでおられるご様子。しばし無言で地面を見つめられた後、「先にお呼びしようか」とつぶやかれた。


 それから何が起きるものか、一挙手一投足も見落とすまいと、姿勢を正して集中する俺の前で、アシュレイ様の右手が青白く輝き始めた。

 上向きの手のひらに集った光が傍らへと注がれ、光が地に着くや、見る見るうちに人型を形作り――

 青白い光の繭から、あっという間にお姿が現れた。

 女神さまだ。目は切れ長で、凛々しく勝気な印象を与えてくる。明るい赤茶色の豊かな御髪(おぐし)は三つ編みで、左肩から前にかける形で胸元まで。

 お召し物の上は半袖、下はロングスカート。全体的にゆったりとした白い装いには、黒いベルトとタスキのようなまとめ紐が合わされている。

 フォーマルな気品を感じないでもないけど、程よく砕けたカジュアルさもあり、何なら作業着っぽい実用本位な感じも。そんなお姿も、チグハグという感じはなくて、どういうわけか調和しているように感じられる。


 そして……全体としてうっすらと青白い輝きを帯びているそのお姿は、本当の実体がそこにあるわけではなく、あくまで本来のお姿を模した像でしかないのだとわかる。

 だとしても、存在感は本物だった。


 天の遣いたる勇者の魔力を器として、神のご意志がそこに在る。

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