おさわり
「君な………」
首都にある国営の大図書館と、魔力の供給施設。
それを利用した、本にやさしい強力な防犯システム。
時間と金と力を結集させた、広域結界。
それによって作られた疑似閉鎖空間は、内向きのループと拡張自由な空間生成能力により、実質無限の牢獄となる。
別の世界に放逐されたような絶望を味わった侵入者は、それによって泣いて許しを請うまで後悔をするのだ。
「考え甘くない?」
「それは特に……」
「それと弱すぎない?」
「それは言わないで」
「特にきみ弱すぎない?」
「言わないで!!!」
うっかり一緒に入って、拡張能力も特に使えず。
トキトは、使われた瞬間に疑似空間だと確信したため…。
発生場所や捻じ曲げた圧縮部分など、ダメージになる場所に即攻撃を加えて破壊。
図書館の職員らしい人は、虚しさに顔すら上げられない惨状を生み出しただけとなった。
かなしい。
「座標変えないで、ただ空間伸び縮みの間に虚数挟んだような省エネ疑似空間で、なんでそんな自慢顔出来るの君たちは」
「私のだれにも邪魔されない優雅な読書空間が…」
「防犯システムで何してんだお前」
かなしい。
「ま、盗んで壊して金にして、みたいなことはしないのよ?」
「でもあんなに怖い侵入したじゃないですか!」
したなあ。
「侵入したこともわからないくらいの、すごい丁寧な内緒の持ち出しくらいしかしないんだよ?」
「でも犯罪じゃないですか!」
そうだなあ。
「でも私も、内緒で手早く、どうしても知りたい情報があっんだよ、こっちの事情もすこしだけ……」
「だったらちゃんと借りればいいじゃないですか!」
わかる。
「でもね、そのさあ、特殊なのよ、私の見たいもの」
「だからって力ずくが正しいことなんてナイデス!」
「この世界の人に読めない本があるか、隠してあるのも含め知りたかったんだ」
「……へ?」
ぶち殺すも覚悟も、トキトは考えないでもないつもりだった。
が、ここまで、もう好きにしろ状態で来られると覚悟も鈍る。
真面目そうな節はあるし。
そこで。
この場だけ、欲しいもの探しに興味を引かせ、協力関係を作れるかを模索しようとトキトは思った。
「紙とペンあるかな?」
「持ち歩いてますが」
図書館の人、素直。
よく見ると、それほど老けてるわけではない。
割と若い眼鏡のお姉さん。
わりと、な。
取り出した紙と、チョークっぽいなにか。
特に迷いもなく、トキトは書く。
「読める?」
「海外の方なのはわかりますが…」
「違うのさ」
「何がでしょうか」
不信は持っている模様。
トキトの話し相手はすこしイラっとした感情を隠さない。
「どの辞書を引いても、読めないと思うんだ」
「では、絵のつもりで?」
「この世界にはない字だからさ」
日本語で「おっぱいは減らせ嫌味か」。
そう書かれているのだ。
「読めるならご褒美あげようか?その辺の本で調べても、まず無理だろうしさ」
トキトは言いながら、もう一つ書きなぐる。
次は、さらにもうひとつ前の世界。
その頃のトキトは学もないので、使っていた魔術式を途中まで。
「こっちはどうだろう」
「さらになんか、よくわかりませんね」
「だめか…こんな私に読める本を探してるんだけどね」
よくよく考えれば、言葉だけよく大丈夫だと思う。
が、体が見聞きした覚えのある言語はこの世界の言葉だけであるし、体そのものは考えを自分の知っている言葉として発声しているのかもしれない。
体と記憶、精神が完全に馴染んでいない時期があるのは初めての経験ではないから、トキトは真剣に悩まないが。
「………確かに類似の文字がない………?」
しばらく、職員さんに辞書を探し回らせるだけの時間をあげる。
思ったよりもやたらかかったのは、トキトの明らかな誤算であった。
あんまりヒメを待たせて騒がせたくないんだけど。
そう心で思いながら、トキトは待つだけ待つ。
「仮に、異世界の文字だから…そう言ったら、唐突だけど信じるかしら?」
「調べてる途中なので冗談だと判断しますわ」
まぁそれはそう。
「でも、あなたがお手軽に使う術は、それだけで規格外すぎますし……生まれか才覚がが特殊なのは認めるしかないです」
「正直に言うとね、帰りたいんだ、私」
「故郷に、ですか」
二度と会うこともないだろうと思うが故の気楽さで、トキトは語る。
過去に見た世界。
異なる世界の大きな違い。
己の力の理由。
手軽に、少しはぼかして。
「…なるほど」
「今日は長居しすぎたからもう帰るけど、もし今心当たりがあるなら教えてほしいんだ、体ごと世界を超える手段があるか……もしくはそんなおとぎ話の一つでもあるか」
「今思いつくものは、特には……」
「魂のようなものが、こうして時空以上のものを超えたなら、それが双方向でできるのか、一方通行なのか、そして世界をまたいで物質も取り出せるのか、渡れるのか…あなただって興味は尽きないテーマになるはずだけど………」
「……王族以外が、それに触れてはいけないものなのでは、ないでしょうか、それは……」
「そっちの倫理観までは、私は知らないけど」
研究の協力者にする手は、無理そうである。
「それはそうと、もし、世界を本当に超えたというのであれば、失礼ですが…」
「なに?」
「体に違いがあるのか、ちょっと見せていただいて…」
「何でいきなりスカートめくったの!?」
この世界、やっぱり何かおかしいな!
いきなり積極的に、手や胸あたりをじろじろ見たり触ったり。
「一度ここで裸になったりして、頂けますでしょうか」
「いやだよ!!!!!」
なんだあ!?こいつはそっちの趣味か!?
「手を放して!?まず手を放して!?」
「ちょっとだけだから!さきっぽだけだから!」
「いやだよ!!!」
血眼な目を向けないでいただきたい!
仕方ないので、はたく。
バシィ!
「……申し訳ありません」
「あくまで客人として扱ってください。」
厚かましいにもほどはあるが。
盗人だからね、そもそも。
「で、今日はもう実際、いい加減時間だから、もういいわ、帰る」
「おもてなしも出来ませんで…」
ことさら、残念そうにしないでいただきたい。
もうちょっとで脱がして堪能できたのに、みたいに思ってるように見られるぞ、キミ。
「じゃ、ちゃんと付き合ってくれたお礼に、暇な時間使って簡易だけどこの紙でお守り作っておいたから、あげるね」
「わ、私、マホといいます、この図書館の司書をしていますので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」
「今後は、そう、ないと思うけど」
「もう少し調べたら、また何かお伝えできるかもしれないので…」
「とにかく、ま、首都なんだし、この呪病くらい何とかすべきだと忠告はしておくわ」
「……は?」
「そのお守りで三週間くらいは跳ね除けられるだろうけど、相手のいいようにされるように見られたらエスカレートするだけよ?対策は徐々にしてるんだろうけどさぁ」
「な?なにか街について詳しくて…いらっしゃる?」
「じゃ、私、トキトのいる場所で探せばヒントは出るようにしとくから、またね」
ぱちん。
トキトは一歩下がり、力場を作って跳ね、消える。
「……また、お会いいたしましょう、トキト…さん」
マホは、何もいないところに深く頭を下げた。
【登場人物紹介】
トキト
異世界から転生して、その名で呼ばれている女の子
だいたい二歳か三歳と思われるが、魔法により基本は年頃の女性に変化をしている
前世は「近藤 まる」、さらにその前は「ナノ」という名であった
ヒメ
かわいいものとトキトを何より愛すると言ってはばからない、誰もが笑った顔以外ほぼ見たことがない程にポジティブを凝縮したような女性
大人のトキトと同じか少し上くらいの年齢のようだ
交渉上手だったり多彩な才能をのぞかせるが、自分語りは基本避ける傾向がある
トキトと何気なくかわした「約束」がヒメにもトキトにも大きな転機を生む
刷り込みのようにトキトが懐くのは、トキトの肉体の記憶にはヒメに育てられた記憶が大半のためらしい
ナイン
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
ヒメより見た目は少し年上
ヒメのサポートをよく行っている
警戒心が強く、よく他人を怪しんでいるが、怪しいのは常にお前だ
カナ・シーナ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
安易な鬱設定!の宝庫
当人の性格そのものはさほど暗い性格ではないが、トキトによく殴られる
ただ、常に控えめで、下手に出る性格ではある
妹がいて、名前はタノ
ウブ・キツカ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
正義感が強いが粗暴で、さらにそれを表にはあまり出さないのが持ち味
いわゆるツンデレ
傭兵家業の血筋を自称していて、武器の扱いにたけている
マホ
国営大図書館の司書
趣味は防犯トラップである疑似空間の静かな環境で本を読むこと
トキトやヒメと出会ったことで自堕落なお役所仕事を改める気になっていくらしい
ユウリ
貴族令嬢誘拐の一連の事件で最初にトキトに魔力を吸われたのが彼女である
それによって何かに目覚めた
らしい
ヴェルグル
謎の多い小人の種族
繁殖期になるとおおよそどんな動物とでも繁殖できるが女性のヴェルグルしか子供は生まれないという
その一代だけ強く親の能力の影響を受ける特性と生物としての特殊さからお互い人と距離を置くことが多いようだ
トキトたちのそばには十二人の集団が一緒に生活している
全員が同じ集落から人間にさらわれ、それなりの恩を感じているようだ
リーダーの名前はシタニ
以下 ノマニ タコビ テイ イツ ワレ チデ ラハ カテ トタ ナッ スヨ の順に手段の地位が高い