せいかつ
玄関先で待ち構えているヒメに、やっぱりという顔になり。
ちょっとした説教をされながら、ひたすら抱きしめられ。
罰として食後にずっと添い寝させられた。
そんな帰宅からのトキト。
単なる言い訳かましたヒメの趣味だなこれ!
そう確信しながらも。
しっかり付き合ってあげるのは、トキトの弱さか優しさか。
「そろそろ文字を覚えないといけない時期に来たかもしれない」
朝食を頬張りながら、トキトが言った。
「我々ニハ、そんな暇などないのデすが!」
ヴェルグルのリーダーらしい子が、自分のことに突っ込まれていると思ったのか先手を打つ構え。
というか、君たち食事一緒なの!?
「今日、そういえばお食事当番がシタニさんでしたね」
「あ、ヴェルグルさんの郷土食なんですね、これ」
カナとナインが並んで説明してくれる。
「食べられないことはないけど、これどうにかしてほしいんですけどぉ?」
トキトから見るとさっき紹介された、見た覚えのない奴隷仲間だったらしい女の子、ウブ。
割ときれいなテーブルマナーしながら不機嫌そうな感じが初対面から抜けてない。
「コノアライを作ったのは誰だあ!」
「出た、ツウッポイ言葉!」
「ウーマーイーゾー」
「これならゴカテイでもカンタンね!」
「なんちゅうもんをー!」
「うおォん」
「体にいいっていうから…」
なおウブの隣には、小さいテーブルが作られていて、ヴェルグルたちが好き放題に騒いでいる。
言いたいこと、わからなくもない。
ちなみにテーブルの上にある料理は、板。
何かで焼いた、見た目は小麦粉をこねた感じのものにも見える、でっかい板である。
言いようによっては、具が別の巨大ピザのようなものと例えることもできるかもしれない。
これは意外とうまい。
昨日のアレと同じようなものが、毎日続いていたらと思うと、いまだに冷や汗が出る。
とても大事なことだ。
「トキトちゃん、そのソース好きね……」
ビクッ!
ちなみに昨日の怪しい何かは、残って今日も、その板のディップソースの一つになっていたりする。
トキトは知らないふりをしていたが、ヒメは見逃さない。
「あ、朝は気分的に甘いの欲しくならない?ほらほら一口…」
「むにゃむにゃ…まぁ、わからなくはないかな…」
トキトが口元まで運んであげて、プラマイで大幅プラスのご満悦。
「ほらもう一口ぃ~」
「トキトちゃん大好きぃ!」
バカップルめいた空間を作りつつ。
「話の続きだけど、恥ずかしい話、私、文字読めなくて」
さすがに意識がはっきりして体感数日なのは公言しなくても、だ。
そろそろ逃げてもいられないし、背に腹は代えられない。
「ここに居る予定を聞いて、それ次第だけど、勉強教えてほしいなと」
沈黙。
結構な沈黙。
ヴェルグルまでもが黙る。
なんでだ。
「ギャグです?」
カナが心底意外そうに、目を点にして言葉を絞り出す。
「本気だよ」
「そんな先生みたいに語彙が堪能で勉強ができないと言われても、ねえ」
「お前の学校の基準も低いとこにあるな、おい」
ウブくんは、まだまだ価値観の調整で、お話をする必要がありそうだ。
「トキトちゃんはそのままが、いいなぁって」
「さすがにペットのレベルはまずいって私は思うな!」
「ワレワレのことを今悪口言ったでスカ~!!!」
「そもそもおまえらは立ち位置わからないんだ!」
ヒメは積極的に身内ををダメにする才能があるのかな。
あと本当に脳があるのかないのか悩むに値するこの小人どもよ。
「とにかく!」
トキト一喝。
「誰か暇だって人がいたら、教えてくれたら私はありがたいわけですが…」
テーブルの人間をゆっくり見渡す。
「…ですので、私は昨日と同じで遠くに買い出しに…」
「昨日食べ物の買い出しは別の人が行ってたとヒメ言ってたぞ」
「……で、ですので、とにかく私外出の機会が多いので…」
ナインは断固拒否の模様。
「じゃあどいつだ」
もうなんか、狩りの様相を見せるトキト。
文字を教わるための、お願いをしていたはずだが。
「自信がありません…ので」
「なんであんたのためにやらないといけないの!」
「いっしょに覚えたーい!」
「悩んでるカワイイトキトちゃんを眺めるだけで私は満足しちゃうけど、いいかな」
ラチがあかない。
ならば。
「今日の仕事分配はどうなっているかなぁ?」
「洗濯です」
「お掃除です」
「買収です」
「ジョレツを決めます!」
「お休みです」
「しょくじとうばん!」
変なのも混じったな。
「先ずナインくん!買収とは穏やかじゃないな!」
「ですのでノーコメントの方向で!」
「…ではヒメ!食事の頻度かぶりすぎじゃない!?」
「あんまりやることないので、割り振りで比率が高いです!」
それ、絶対変えるから、と、トキトは心に誓う。
「均等に順番制にするように、で、次ヴェルグル一同!本当に何をする気か!」
「ワレラのニッカです!群れの中でランクを決定して指揮をを円滑にシマす!」
思いのほか効率的なことをしてるんじゃないか?この馬鹿の群れ。
「それを毎日ロク時間を目途に行ってシタのものが食事と上の世話をスル!それが毎日デす!」
想定以上の馬鹿野郎が!
「生きてる時間無駄にしてるだけだなぁ!月一に変更しろそれ!そんでこっちの食事もっと手伝え!」
「アクのオーラに包まれたものに命令デキるなと思うなデス!」
ぱちん。
トキトが一匹引っぺがして、カラの鍋に移動させる。
「ヤルのかオメー!」
「ウチイリダー」
「トウコンチューニュー!」
「オートーセ!オートーセ!」
緊迫感が微妙に走る空気。
「はいそこまで~」
びっ、と、立ち上がるヒメ。
「……トキトちゃんに傷でもつけたら、毛の一本も、ここに置いたげないからね」
緊張以上に走る殺気。
「オウ、スマネエ」
「考えてみル」
ヴェルグルもこれにはあっさり方向転換。
これよりトキト発案による日程表が作成され、作業分担がはっきりスケジューリングされることとなる。
ついでに読み書きも、日替わりで教わることに決めた。
ほぼ強制的に。
そして、たまに喧嘩もし、たまに馬鹿にもされながら。
ヴェルグルたちもたまに参加しながら、お勉強がスタート。
全員と馴染む意味としても、わりといい案であるとトキトは自画自賛である。
ヴェルグルどもを三人チーム分業として予定内に組み入れることで、ヒメが料理する出番を大幅減少。
さらにそこをトキト自身とペア作業にすることで睨みを利かせる。
トキト…いや、近藤まるは料理ができるほうなので、食材を誰かに聞きながらそれっぽい料理を模索するのは、嫌いじゃない。
「これ、辛いの?」
「これは、ちょっとヤバヤバかな…嫌う人、多いんじゃないかな……」
「ヒメ、こっちのこれはみんな買ってるけど、こっちの主食?」
「これは、お肉に混ぜるやつだね!血を抜くのと、抜いて混ざったのを団子にする料理があるから作る人は量いっぱい買うね…今買ってるのは安いからだけど」
「じゃあ買おう!!ヒメ!」
「うちは備蓄が結構まだあるから……」
「これは?これは何て読む?ヒメ」
「これは調味料って書いてあるよお」
たまらない。
ヒメにとって、この相手がはしゃいでいろんな表情を見せてくる買い物デートは、心からたまらない。
幸福以外の何物でもない。
トキトが我を忘れる勢いの、まるだった時代の観光客ムーブをするためだ。
本当に屈託のない女子高生の動きは、隙がありすぎでこの世界で異質さアピールとしか言いようがない。
かわいい。
共同で買い物に付き合う日のヒメは、早くも前日から寝れない勢いに到達しそうな満たされようになる。
みんなそれぞれに、この生活に慣れ。
何より、ヒメは最高の幸福を味わった。
しかしだ。
「みんな揃ったね、じゃあ、ヴェルグル含め、やっとみんな分のこれ作ったから、首か腕につけておいてね」
トキトがある日、みんなを集めて言った。
「プレゼントのアクセサリ?」
「違う」
ヒメは、唐突で、喜びたいけど喜べない空気に戸惑う。
「今まで人間みんなの分は、服に小さく呪文書いて対処してたけど、やっぱり完全に防げてないのがはっきりしちゃってね」
「はっきり…?」
「ヒトリ、我々のスヨが、体が重イって言いだしタノです」
ヴェルグルのリーダー、シタニが今回ばかりはまじめに話す。
「街で流行り病があって、出歩く人が減ってるってのはみんな知ってるでしょ」
「まぁ……」
「話は聞くけど、どうしたらなる風の話もないし、休んでればよくなるって言ってるし、みんな軽いもんよ?」
「その病気なんだけど、正確に病気じゃないんよな」
「はて?どういう?」
「広域に、儀式なんかの大規模な供給源を作ったりしながら軽めの呪いを持続的にかけていく、呪病って術があってね」
「トキトさんが使ったりするんです?」
「馬鹿言えよ」
「そう!トキトちゃんそんなことしないもん!」
信頼しすぎるのもどうなのかな。
トキトも少しだけ逆に心配になりはするが。
「首都まるごと、それ、今かけられてるんだわ、私が見るところ」
「「「「はい!?」」」」
一斉に聞き返す。そりゃ当然だ。
今住んでいるところの話ですもの。
「なんでか首都なのに対策がいまだに薄いから、いい加減何とかしようと思って……」
「…ですので、私に少し話を持ち掛けられまして」
ナインがそこで、ちょっと自分の手柄を言いに入る。
いや、内緒の接触があったことへの誤解を早めに解きたいってだけだな、これは。
「ナインだったら何か当てでも内緒で持ってるかと思って、一応話して魔力のある石を探させて、お守りを作りました」
「かなり重大な…話じゃないの…ですか?」
「はっきり言うと国の対策はしっかり国ですべきだから、私は関わらん!自分の身だけ守る!」
それでこれが作られたわけで。
「ヴェルグルは私たちと違うから、平気だろうと思ったんだけど……こうしてマイナスの影響出ちゃったので、時間かけてこいつら分も作りました」
「ヨッ!ダイトーリョー!!」
えらい手間だったよほんと。
「つけてれば大丈夫だと思うけど、町にあるものも下手すると影響はあるはずなので、生の食べ物とかな」
「そ、そっか」
「国側で本当に何もしないなら、移住やむなしかな、と、話をすべき時期が来たかと思ってねぇ」
「……う゛っ……」
この楽しい暮らしが……黄金バランスが…!
そう、ヒメが傷つくかもしれないというのは、トキトも想定済みだ。
しかし、言わないわけにはいかないだろう。
「これがあれば数か月呪いは弾けるはずだから、とりあえず付けて、それからしばらくみんなで話す猶予をたまに作ろう」
「しかたないね、うん」
安全になるのだが、意気消沈。
いつも通りが出来なくなるかもという不安は、残るのだ。
そこに突っ込んでしまう意味は、それでも分かってほしかった。
沈黙。
少し重い空気。
それを少し味わった時。
「トキトさん~?図書館からかわいい恋人が玄関まで来ましたよ~?」
瞬間的に、重さとまた違う黒のオーラが場から立ち上る。
冷酷な目が、トキトに向けられている。
微妙に殺気を含んでいそうな冷たいものが。
誰かはわかっているのだ。
図書館の、例のマホというアレだ。
冗談を飛ばすにも、方向ってものがあるだろうに。
よりによって…。
「……わたし、ちょっと出てくるね…」
ふらぁ。
上から垂れた糸に操られるかのような足運びで、ヒメが言葉を漏らす。
「包丁!包丁は持たないで!肉切り包丁のほうにも向かわないで!」
「ですので!私が一緒に行きます!寄り道はなしで!」
ヒメ。
どっちをナニする気だったんだ。
集まっていたそれぞれの視線に緊張が走る。
そして、見送られながら出て言ったヒメ。
ちょっとの時間が、やたら長く感じる。
その、空白を破ったのは。
「えええええぇぇぇぇええええええぇぇぇぇ!!!?」
驚嘆だと思われる、マホの声。
全員が一斉に、玄関に走った。
【登場人物紹介】
トキト
異世界から転生して、その名で呼ばれている女の子
だいたい二歳か三歳と思われるが、魔法により基本は年頃の女性に変化をしている
前世は「近藤 まる」、さらにその前は「ナノ」という名であった
ヒメ
かわいいものとトキトを何より愛すると言ってはばからない、誰もが笑った顔以外ほぼ見たことがない程にポジティブを凝縮したような女性
大人のトキトと同じか少し上くらいの年齢のようだ
交渉上手だったり多彩な才能をのぞかせるが、自分語りは基本避ける傾向がある
トキトと何気なくかわした「約束」がヒメにもトキトにも大きな転機を生む
刷り込みのようにトキトが懐くのは、トキトの肉体の記憶にはヒメに育てられた記憶が大半のためらしい
ナイン
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
ヒメより見た目は少し年上
ヒメのサポートをよく行っている
警戒心が強く、よく他人を怪しんでいるが、怪しいのは常にお前だ
カナ・シーナ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
安易な鬱設定!の宝庫
当人の性格そのものはさほど暗い性格ではないが、トキトによく殴られる
ただ、常に控えめで、下手に出る性格ではある
妹がいて、名前はタノ
ウブ・キツカ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
正義感が強いが粗暴で、さらにそれを表にはあまり出さないのが持ち味
いわゆるツンデレ
傭兵家業の血筋を自称していて、武器の扱いにたけている
マホ
国営大図書館の司書
趣味は防犯トラップである疑似空間の静かな環境で本を読むこと
トキトやヒメと出会ったことで自堕落なお役所仕事を改める気になっていくらしい
ユウリ
貴族令嬢誘拐の一連の事件で最初にトキトに魔力を吸われたのが彼女である
それによって何かに目覚めた
らしい
ヴェルグル
謎の多い小人の種族
繁殖期になるとおおよそどんな動物とでも繁殖できるが女性のヴェルグルしか子供は生まれないという
その一代だけ強く親の能力の影響を受ける特性と生物としての特殊さからお互い人と距離を置くことが多いようだ
トキトたちのそばには十二人の集団が一緒に生活している
全員が同じ集落から人間にさらわれ、それなりの恩を感じているようだ
リーダーの名前はシタニ
以下 ノマニ タコビ テイ イツ ワレ チデ ラハ カテ トタ ナッ スヨ の順に群れの地位が高い




