それは、近くて遠い、獣たちの足音
「さてお話の本番なわけですが」
奮発したごちそうも、予想外の客が追加であまり乗ることもなく。
周囲の笑顔を冷静に観察するような気分で過ぎていった、そんな夜。
こともあろうに、目上のヒメの部屋で割と偉そうにするユウリをヒメが眺める。
「水でも持ってきます?」
マホのほうは椅子に座る様子もなく、立ちっぱなしで進行する気配。
えらい違いだ。
「きっかけは亜人たちのあいだに流れている噂です」
亜人。
これだけで、こいつ、ユウリの立ち位置がわかる。
はっきり言うと、この世界において差別用語だ。
エルフ、ヴェルグル、ミウノコタツなど、これまでも人間以外の存在はたくさんいる。
獣人種が人口のほとんどの国などもあり、この世界はそういう世界だ。
その中で、人間以外を一緒くたに亜種と呼ぶのは、なかなか目線がよくない。
ただ、人間が多数の国では、その考えを持つものは、少なくもなく。
過去の戦争で難民となった獣人たちなどは、かなり低い立場として売買も横行していたり、世間は清く正しくは動いていないのである。
「どういう訳なのか、 旧モノケ国領に人間が軍隊を出すとことが決まったという噂が流れ出しています」
「内々に確認したところ、そんな動きは全くないのですが、あの戦争まで、あの国に住んでいた者たちは驚くほど即座に動き出しています」
マホもそこに補足を入れる。
「彼らにしてみれば、それは、人間までやる気を出してくれた念願の領土奪回作戦です、いわば聖戦として捉えられるほど」
それは、かつての戦争の爪痕。
この国の東に、十年近く前には確かに存在した、獣人種の国家のお話。
ゆくゆく語ることになる血の流れた歴史。
「旧国境近く、つまりあの森と二つの川を睨む丘の近くに、すでに一昨日で数百人が噂だけで集まっています」
あの森とは、つまりはあのミカルナのいたところだ。
ヒメにとっても忘れられるはずがない場所。
「勢いが勢いですし、まぁ、帰る様子などなく、増え続けるぶん気も大きくなって、我々だけで行くか、などという話まである始末で」
マホは気に病んでいるのか、わりかし苦しそうに意見を吐き出す。
「あそこまで行くと、解散には従いませんし集団意識は非常に厄介です」
厄介て。
ヒメの意見を聞く前にやりたいことでも決まっているのだろうか。
「最終的にことを収めるのには、亜人相手ですし土地の不法占有している集団として処理するしかなくなる事態もあり得ます、まぁいわゆる付近を封鎖しての皆殺しですか」
「真顔で言うな!」
ヒメもこれを、さすがに「やれるものならやってみな」とは言えない。
「ともあれ、それを私が独断で行使までするのは暴挙ですし、分別はありますわ、ご心配なく」
「おいおい」
権力があればやっていると言っているようなものじゃないか。
「手段をどうするかもありますし、一応そこは姫に確認というプロセスがなくては……そう、そこの賢者様はずっと主張しておられますので、こうして今、やってきているという次第で」
「できるわけないでしょ、許可なんて」
「でしょうとも、でしょうとも」
マホが、ヒメの当然の答えに親の顔のような満足顔。
思い通りになって、してやったりという表情とはだいぶ違うそれもまた何なのだろうか。
「とは言われましても姫様、あのまま突撃しても全滅間違いなし、あれらのエサを投げ入れるだけで最悪しか待っていないのです」
本当に、つくづく物言いがひどすぎる。
「誰かが始末するか、実際に噂通りに誰かが犠牲になる気で軍を動かす気でないなら悪夢しか待っていない、現実かなり差し迫ってたんですのよ」
「私たちが話すべき話かどうか、までさかのぼる必要もある気がするけどなぁ…万事仲良くの話が絶対無理かも確認してないしさ」
「正しいものいいです」
「いやだからマホはどういうスタンスなのかと」
いい加減ヒメもりゃ突っ込む。
「とにかく、です」
進行優先、そんな勢いで結論を急ぎたそうなユウリ。
「そこでずっと立ち聞きしている卑しいのも、いい加減参加すべきだと私は思いますの」
「「……あー……」」
話が始まってから、実はずっと入り口のドアの外で音がしているのは、全員わかっていた。
ユウリが過激なことを言うたびに、足踏みなのかドアをたたく音なのか、隠す気すらない音がして、対処に困ってはいた。
知らないふりで通す空気なのかと、ヒメはいくぶん配慮していたが。
「……ふん、そんなふうに、そっちが偉い立場でいようとしているのが気に入らなかっただけよ」
入ってくる人影。
誰か。
それは。
同居人のウブ・キツカである。
「やっぱり、ケダモノが混じってる空気があの山での生活からはっきりしてましたが、こういうのでしたのね」
「何よ!気に入らないなら気に入らないだけ言えば!?」
「まぁまぁ、炙り出しがしたいと無理に演出しているユウリの立場もわかってあげてくださいな」
この空気で、まったりめにさらりと割り込めるマホが強い。
そうだったのね。
本当か?
「実際それを抜きにしても、大好きではないですわよ? 物理的婚姻と精神的婚姻は分ける風習だのなんだの、ついていけない違いが多すぎて…」
「言いたいこと言いたいだけなら出ていくわよ!」
「まぁまぁ……元近衛騎士エバツメの跡継ぎという立派なお立場、隠し続けるのは無理があっただけですから」
唐突に、一瞬止まる空気。
「知ってるなら何のための挑発だったのよお!!」
「賢者様、それ先に言うの、筋じゃないんです?」
ユウリまで反応が落ち着かない。
結局すべて、遊ばれていたのか。
「全く人間って…」
ずっと苛立ちを隠さないウブ。
そして。
言いながら、胸元から小瓶を取り出す。
片手でポンとそれをウブがあけると。
「それ作ったの私ですもの、何で知らないと思ってるんです?」
「それを今知ったわよ」
マホに噛みつき損ねたウブ。
少し、開けた瓶から漏れた光できらきらとした装飾をつけたようなウブは。
髪から猫のような耳のついた姿に、いつの間にか変わっていた。
「変身したねえ…うわぁ、うわぁ」
耳だけでヒメほど驚ける人間もなかなかいないと思うが。
「こっちの立場として言わせてもらいますけどね」
耳がぴょこぴょこしているのは興奮度のせいだろうか。
「この国の行く末も私たちのモノケも一刻も早くなんとかして、恥をそそぐ機会が欲しい、モノケの民はずっと言い続けているのよ」
「公式の場に関係者が嘆願を出していたのは知ってますが、そもそも支配者級の王族が根絶やしで、復権もお話にならないと聞いてますわよ?」
「生きてるわよ!国から出るのを拒んだだけって!」
獣人の国、モノケは、言うなれば直接的に脳筋が行きついた国という特色であった。
王族まとめて力でその立場にふさわしいとアピールし、国難があった際も背中を向けるものなどいなかった、それは良くも悪くも今に残る伝説。
どんなになっても、いまだ戦って生き続けていると信じるのもわかる。
それを助けたい、ただ近づくことは許されない、という、情勢が作られて十年余り。
鬱憤も、待つこともモノケの民にはとっくに限界だったのである。
「ただの噂でも、みんなその日のために備えて万全にしてきたから、集まれば今でもやれると思っても別にいいじゃないの!」
「よくないよ…」
勝てるかどうか考えていない。
それは欲求に最短距離で走ってるだけだとみんなに言ってあげたい。
ただ、そんなこんななんだろうな、という確かな確信がある。
そりゃ噂だけでこの事態になって不思議じゃないなあ。
「ともかく一度説得することはしないと、こっちの気もすまないし、立場もあると思ってくれれば…まぁ、ね」
ヒメの穏健を絵にかいた立場が崩れないのが頼もしい。
「どのみち、あっちに合流するかもしれないと思っていたから、それは一緒に行くわよ、仕方ないわね」
「お世話になっている立場というものを何だと思っているのかしら、ケダモノは…」
「ケダモノってまた言ったわね!!!」
「まぁまぁ」
終わりそうにない問答を、いい具合に収め。
モノケの立場、というものを、一応全員が納得したという体で。
「カナぁ、全部ばれたぁ」
適度に話が進行し、その中で不意に関係者だという話になったカナにもお話が行くことになる。
いや、挑発に乗って何もかも晒したのはウブの自主的なものに近い気がするが。
そして、自分の部屋のようにカナの部屋のドアを開けるウブ。
「「「…………」」」
目にしたのは、同じ髪の色の小さな女の子をベッドの上で裸にして撫でまわしているカナ。
いや。
その小さな女の子自体は、ここにいるみんなが知っている。
名前だけはかなり前から存在し、ずっと一緒にこの家で暮らしていた、カナの妹のタノだ。
「あんたはまともだと思ってたんだけどなぁ…」
「何か勘違いしていません!?」
容赦ないウブの言葉に呆然とした顔から一気に立ち直るカナ。
「…いろんな趣味はあるわよね、理解はするわ…」
ヒメは理解力があるらしい。
「お楽しみのところすみませんでした」
無表情ながら、心なしか悪そうな雰囲気で言い放つマホ。
「違うんですよお!?」




