5:魔法使いのいる日常
ムシは人類にとっての脅威。
長らくそう語られてきた。
しかし進化し過ぎた魔法使いにとって今やムシは脅威と呼ぶほどではなく、対策可能な生物と化している。
それでいて人類が不侵領域へ踏み込めないのは、汚染された土地や空気を洗浄する術を持たないから。
原理は不明。それこそ魔法のように不変の土地となっている。
人類は魔法により平和を実現した。
一方で魔法のような現象で狭い土地で生きることを強いられている。
「先輩、昔の人が月に行ったこと知ってます?」
雫が楽しげに尋ねてきた。
想太は少し驚いた顔で答える。
「魔法も使わずに?」
「そうですよ。昔は魔法がなかった代わりに今より資源が多くて、機械の技術が発達してたんです。ロケットですよ」
「あ~ロケットね。そういう魔法使いはいるけども」
「魔法も使わずにああいうの作れるってすごいですよね~」
「そんなのよく知ってるね」
「うちのお父さん、昔のものが好きなんです」
今日の授業を終えて帰路についている最中だった。
静希や琴音が部活動に参加している一方、雫は想太と同じく帰宅部であり、のんきに町を散歩している。
彼らが住む町はごちゃごちゃしている。
限られた土地を有効活用するため、魔法使いが増設に増設を重ねたからだ。
「私、お父さんの影響で昔の日本のこととかちょっと調べてるんです」
「昔はもっと海がきれいで、山に木が生えてて、ムシが存在しなくて」
「人間同士の戦争があったり、それは今より良くないことですけど」
「世界は平和だったんですって」
「街並みも全然違ってたのかな。俺はわりとこの感じ気に入ってるけど」
「場所ごとに違ってたって感じですかねー。田舎っていうところは森や山がたくさんある中に家が建ってて、東京っていうところは建物ばっかりなんですって」
「っていってもここの方がゴミゴミしてますけどね」
「そりゃそうか。密集具合がすごいからねー」
彼らはこの街しか知らない。
高いビルが乱立し、入り組んだ細い路地が無数に広がり、奇妙な見た目の人間や動物が当たり前のように闊歩している。
逞しい肉体の男性がブリーフ一丁で鶏の被り物をしているのが日常だった。
「先輩は魔法使いじゃないですか。将来外に行ったりするんですか?」
「え~? まだ何も考えてないけど、魔法ったってスライムだよ」
「でも魔法ですよ。先輩は自己評価低すぎ」
「というかね、魔法具もある今時は魔法使いじゃない人も活躍してるから。魔法があるかどうかなんて大した問題じゃないだろ」
雫からの自分に対する評価がどうにも高い気がする。
困惑を隠せない想太だが、認められていることへの喜びもあった。
「多分、普通になんかの仕事すると思うよ。さすがに何もしないっていうのはアレかなーと思うし」
「今は珍しくもないですよ」
「そりゃそうなんだけどさー」
「昔はそういう人ってニートって呼ばれてたんですって。悪く言われてたみたいなのは全員が働かなきゃいけない世の中だったんでしょうね」
「それが健全なのかってよくわからないな」
「でも今は魔法を使ってみんな好き勝手してますから。基本的にはこの町って無法地帯ですよ」
「そんなにかな?」
「今朝だって何かが爆発してたじゃないですか」
「そっかぁ。そういうのもう慣れてるからな」
「結局近くにいる誰かが助けてくれますもんねぇ」
様々な人とすれ違いながら想太はふと考える。
本人が言う通り雫は昔の、隕石が地球に衝突する前の世界について詳しい。先輩ながら想太が彼女から教えてもらった知識は多かった。
そうして色んな話を聞いているうちにいくつも疑問を抱いた。
昔の海はどんなにきれいだったんだろう。
昔の空はどんなに美しかったんだろう。
昔の世界は、どんなに自由だったんだろう。
自らが魔法使いでありながら、魔法使いとしての矜持はなく。
ただ色んなものに憧れるだけの小市民。だが今になってふと気になる。
「町の外……今まではあんまり考えたことなかったけど」
「おっ? 気になります?」
「そんなに聞かされたらちょっとね。元々興味なかったわけじゃないし、今の写真を見たことあるから考えなくなってたけど」
「昔の写真を見たら、その景色が見たいなってのは思うよ」
「でしょ~! でも今は汚染されてて、そんなにきれじゃないですけどね」
「なんとかできないのかな。まあ、俺たちが考え付きそうなことなんて魔法使いがもうとっくに試してるんだろうけどさ」
「わかりませんよ~? なんらかの理由で外に出したくない人たちが、嘘をついて町の人を閉じ込めてるとか」
「そんなこと……あぁ~」
「ないとは言い切れないって思いましたね?」
想太は微妙な顔をした。しかし多くを語らない。
「とにかく、いつかは行ってみたいって、今はちょっと思ったかな」
「いいですねー。私も連れてってくださいよ」
「いいよ。ほんとにそんな流れになったらね」
「やったー! へへ、期待してますよ!」
冗談のつもりで言ったのだが、思いのほか本気で取られたような気もする。
どっちなのかよくわからず想太は困惑した。
表情を確認しようとすると、彼女は弾むようなステップで前へ出る。
「私、夢なんです。町の外に出るのが」
「えっ。そうなの?」
「はい。お父さんから昔のことを色々教わって、写真を見せてもらって、本当にこんな場所なのかなーって、子供の頃からずっと思ってます」
「もしかしたら汚染されずにきれいなままの場所が残ってるんじゃないかって」
「それを確かめに行きたいんです」
「おぉ……ちゃんとした夢だ」
雫は真剣に語っていた。
その言葉を聞き、楽しげながら本音を明かす姿を見た想太は、呆気にとられると同時に彼女に尊敬の念を抱いてもいる。
将来についてなど、自分は考えたことすらなかったのに、彼女は何年も前から夢を抱いていたようだ。
それに反して自分はどうか。
ただ何事もなく毎日を生きているだけ。急激に情けなく思う。
「無理にとは言いませんから、いつかそんな機会がもしもあったら、一緒に行ってください」
「あー、うん……でも俺でいいの? 俺はいいんだけど」
前を歩く雫が振り返ってにこっと笑った。
「いいんです! 私は先輩が思うより、先輩のことすごいって思ってますよ」
「なんでそうなったんだろうか。特に何もしてないんだけど」
「そう思うってことは、先輩はすごく当たり前に人助けをしてるんですよ」
人助け? と首をひねる想太を見て、雫は楽しげに笑った。




