1:平穏な日常
魔法使いが存在して当然の世の中になってしばらく。
大昔に比べれば地球上で人が住める土地は少なくなってしまったものの、今でも日本は平和である。
「先輩の魔法って、結構便利なんですね」
篠ノ原想太は振り返った。
その手には手のひらサイズの青いスライムが乗せられている。
「そうかな? 俺の魔法……“スライム”なんだけど」
「だからじゃないですか! 弾力があって盾によし、相手を中に取り込んで拘束によし、ちょっと意思があるから兵士によし。椅子にもクッションにもなる。何より可愛い!」
楽しげに語っているのは最近知り合ったばかりの後輩。
黒髪セミロングで目が丸々と大きく、やたらポジティブな女子生徒だ。
なぜかは知らないが彼女の方から会いに来て行動を共にしている。
佐々木ヶ原雫はビシッと指をさしてきた。
「私は魔法が使えないから羨ましいですよー」
「別に今どき魔法持ってたってなぁ……よっぽど便利なものならともかく、大抵の人はそんなに気にしてないよ」
「それは違います! 先輩は持ってる側だからそう思うんですよ! 普通の人間は普通に魔法使いに憧れてます」
「でも今は魔法具があるじゃんか」
「ありますけど、そういうのとは別なんです」
「そうかなー。最近は安価でも質がいいのに」
手を差し出してきたため、想太は雫の手にスライムを乗せてやる。
彼女は指先でスライムをつつき、ぷよぷよと揺らしては「すごいすごい!」と楽しんでおり、その姿を見ていると自分の魔法が悪くないと思える。
二人は学校を目指して歩いていた。
新学期を迎えたばかりの春。なんてことのない登校の風景である。
魔法とは、与えられるものではなく持って生まれるもの。
現在は世界人口の3分の2が魔法使いになっている。
魔法使いではない人間も大して珍しくないが、かつてよりも確実に魔法使いの数が増えており、世界は大きく変化していた。
しかし魔法は万能ではない。
一人の人間につき一種と相場は決まっており、できることは限られる。
それでも便利だが、決して奇跡を起こす力などではない。
「基本的に魔法使いってもっと怖いイメージでしたけど、先輩見てるとそんなことないんだなーって思いますよ」
「まあなー。スライムなんてほぼ害がないからさ」
「でもエッチな生物だって聞きましたよ?」
「やめてもらえる⁉ そんなことないよ!」
「女の子を捕まえて服だけ溶かしちゃうって」
「そういう話は聞いたことあるし期待するやつもいるけど! 俺のスライムはそういうのじゃないから……!」
「先輩って、スライムの性質を変えられるんでしょ? だったらそんなスライムも産めるんじゃないですか?」
「え? いや、そりゃ、試したことはないけど……」
想太が一瞬考える素振りを見せた。
途端に雫がにまにましながら顔を覗き込む。
「ん~? 試してみたいって思ってます?」
「はっ⁉ お、思ってませんが⁉」
「あはははっ! 先輩もしっかり男の子ってことですねぇ~」
「ちがっ……! か、考えてないから!」
出会ったばかりとはいえ雫との距離はあっという間に縮まっている。
想太の手柄というより、ひとえに雫の人懐っこさのおかげだろう。
彼自身も仲良くなりつつある自覚があり、彼女が親しげに接してくれることを素直に嬉しく思っていた。
飽きるほどに歩き慣れた道も彼女がいるだけで違う風に感じる。
魔法使いではない、という点も大きかった。
振り返ってみれば想太には妙に知り合いが多かった。
魔法使いだからではない。彼個人の事情である。
なぜかはわからないが気付くと顔見知りや友人が多いのだ。
「よぉ~スライム少年。最近よく見るお嬢ちゃんも」
「おはようガスさん」
「おはようございまーす!」
声をかけてきたのは道端に座っているハトだった。
どこからどう見てもハトだが人間の言葉を喋っている。
こういう場合、魔法使いが変身しているか、魔法によって喋る力を与えられていると決まっているため二人は驚かない。
「この先で騒ぎが起こっているようだ。また魔法使いが暴れているのだろう。律儀に学校へ行く気なら注意した方がいいぞ」
「はーい。教えてくれてありがとう」
「こういうことがあるから魔法使いって怖がられますよねぇ……」
ハトに別れを告げて二人はなおも前進する。
今時、入学しても学校に行かずに働いていたり、そもそも進学しない人も珍しくないのだが、彼らはまじめに学生をしていた。
やがて二人は警告された地点へ辿り着く。
近付くにつれ騒音が大きくなっていき、小さくなることはなかった。
「なんか派手だなぁ」
「パーティーみたいですねー」
「あんまり近付かない方がいいんだけど」
「じゃあ回り道します? 時間大丈夫ですかね」
道の先を覗き込むとずいぶん派手に魔法を使っているらしい。近くにある車や建物が壊れる轟音が響いていた。
この程度なら日常茶飯事。
怯えたりはしないが想太と雫は面倒そうな顔をしている。
「うーん、それはそれでめんどくさいような……なんて言ってちゃいけないよな。急げば多分間に合うだろ」
「そうですね。こういう時こそ急がば回れですよ!」
周囲に見かける通行人も同様に道を変えて、平然とその場を離れようとしているところだった。
彼らも道を変えるために歩き出そうとする。
その時、地面が爆ぜる轟音がすぐ傍まで近付いてきた。
どうやらトラブルの方が急接近したようである。
かなり近くで大きな爆発が見えて、想太は咄嗟に雫を背に庇った。
何をしているのか知らないが余計な被害を増やすタイプだ。
巻き込まれないように今すぐ離れる必要がある。ただし爆発によって壊れたコンクリートの破片やガラスが飛んでくるため、考え無しに動くのも危ない。
「ますますめんどくさくなってきた……! 早く離れよう!」
「はい!」
周りにいた人たちもきゃあきゃあ言いながら逃げ惑っている。
想太と雫も、今は一旦学校のことは忘れてその場から離れるためだけに動く。
そしてその瞬間、頭上からフッと大きな影が差した。
「先輩っ⁉ 危ない!」
爆発で飛ばされた軽自動車が上から降ってくる。このままじっとしていれば下敷きになるのは間違いない。
咄嗟に雫が彼の体を衝き飛ばそうとした。
しかし逆に想太が彼女を捕まえ、強い力で引き寄せて抱きしめる。
ぐっと背中を丸めて衝撃に備えるその刹那。
想太の後頭部と首の裏、背中からむにゅっと緑色のスライムが出てきた。
大きなそれはのしかかるようにして想太の背面に接して守る。
ぎゅむっ! と飛んできた車を受け止めて。
ばいんっ! と弾力で吹き飛ばした。
想太が生み出すスライムは色・体質・サイズまで自由自在。
限界はあるが人間サイズであれば一瞬で出現させられる。
弾力を増して盾とし、猛スピードで飛んできた車の勢いを完全に殺したあとで、さっきより速いスピードで遠ざけたのだ。
雫は彼の腕の中でぱちぱちと瞬きしていた。
一瞬何が起きたかわからなかったが冷静になると理解できる。
緑色の大きなスライムが彼の足元でぷるんと揺れていた。
「ふぅ~……だ、大丈夫?」
「は、はい!」
「先輩の魔法って、やっぱりすごいです!」
「そ、そう? それほどでも……」
ほっとできる状況ではないが笑顔の雫に全力で褒められて、想太は照れた。
我ながら咄嗟の判断にしてはよくやったと思う。
果たしてぶっ飛ばしたあとの車が誰かを踏みつぶしていないだろうかと気になるものの、見たところ問題はなさそうだ。
「まあ……学校行こうか」
「そうですね。危ないものには近付かない! 鉄則です!」
朝から大変な目に遭ったものの、さほど珍しい出来事ではない。
これが魔法使いの日常。
想太と雫は平然として学校へ向かった。
魔法名:スライム
スライムを生み出せる。
色・弾力性・粘着性・サイズなどカスタマイズ可能。
ちょっとした意思があるのでペットにもよし。




