聖女は王城へ向かう
婚姻を結んでから一月程たったある日、サラは王城で行われる祝典に参加予定であった。
神殿で式典用のドレスに着替えてから向かえばいいので、西へ東へ走り回っている普段よりは時間にゆとりがある。
ふわぁ。
大きなアクビをして、ベッドの上でぐーと上半身を伸ばす。
久しぶりにゆっくり寝たわぁ。
太陽がもう朝日じゃないし。
公爵子息夫人としては朝寝坊ってどうなのかしら?
結婚後も聖女業務は通常運転だったため、朝から晩まで働き通し。公爵家には寝に帰っているだけ状態だった。
愛さないって言われたけど、妻業務はどうしたらいいのかしら。
王様に「結婚決まったよ」と言われて式を挙げて同居したものの、お互いにまともに会話をしていない。
貴族でよくある政略結婚のように事細かな決まり事もなにもない。
あらあら、と思いながら枕元にあるベルを鳴らす。
普段は自分で身支度をしているサラだが、元は伯爵令嬢であったため世話をされることには慣れている。時間に余裕のある今日は淑女らしく侍女でも呼んでみることにした。
「サラ様、お目覚めですか?」
初日にサラ付きの侍女として紹介された女性がすぐに来てくれる。
何も求めなくても朝食の給仕をされ、そのまま湯浴みへと連れていかれた。
公爵家って快適〜なんて思っていたら、え?そんなに!?てほど髪も顔も体も丁寧に解され整えられていく。
あれ?わたし優雅なお休みだと思われてる?
「あ、あの!わたし今夜は王城でっ」
「祝典で祝福を与えられるお役目ですよね。承知しております」
ニッコリと微笑まれ、いつの間に準備されたのか、神殿にあるはずの聖女のドレスを着付けられる。
いつもは自分でだったり、聖女同士でしていた髪もメイクも公爵家侍女の手によって美しく整えられていく。
ケバケバしてないのにちゃんとお化粧してる!て感じの美女になってる!わたし!
公爵家やーばーいー!!
仕上げに公爵家秘宝といわれるネックレスまでつけられた。
あーそうよねー。
公爵家に嫁いで初めての王城での聖女の仕事。
聖女サラは公爵家に嫁ぎましたってお披露目を兼ねてるのねー。
キラキラと輝くネックレス。
美しいけど、精神的な重みがえぐいわー。
準備が整い、そろそろ王城へ向かおうと部屋を出ると、そこには結婚式の翌朝に会って以来のジュリスがいた。
聖女のドレスを邪魔しないような、濃い紺色の上下のシンプルな装い。
ネックレスと揃いのイヤーカフがさり気なく輝いている。
う、美しいーーーー!!
長めの前髪をゆるくウェーブさせ、きっちりし過ぎないヘアにシンプルな色味のスタイリング。
光り物は上品なイヤーカフのみ。
公爵家には美の手練れがいる!!
差し出された腕に手を置き、自然とエスコートされ、馬車に乗り、気がつくと王城に着いていた。
サラは美しきジュリスをひたすらガン見していたのだが、本人にその自覚はない。
馬車から降りるまでのエスコートを終えると
「先に会場に入っている」
とジュリスはすたすたと歩いて行ってしまった。
確かにサラは聖女として入場するので、別行動になるのは納得だが、屋敷から城まで丁寧なエスコートを受けていたため、サラはあっけにとられてしまう。
人前で夫婦として見られるのが余程お嫌なのかしら?
ま、いいかとサラはいつも通り王城に準備されている聖女控え室へと向かうことにした。
祝典の会場の準備が整うまではいつもであれば聖女用の控え室で待機しているのだが、今回はなぜか王妃様にお茶に誘われた。
特別な者しか入ることが許されないという王妃様のサロンは、レモンイエローの壁に淡いグリーンの布張りの椅子がアクセントの少し可愛らしい雰囲気の部屋、という印象だったが、一見ただの壁に見えるのによく見ると繊細なタッチで薔薇が描かれていたり、テーブルクロスは豪奢なレースが施されていたり、細部までこだわりの感じられる空間であった。
テーブルの上には、焼き菓子に生菓子に軽食まで、一口サイズの見目麗しい食べ物が所狭しと並べられ、給仕された紅茶は香り高く澄んでいる。
お茶会としては非常に心踊るセッティングだ。
だ、が、
この国の頂点に在られる王と王妃との3人で囲むテーブルは全然心躍らない。
勧められてかじったマドレーヌを咀嚼しながらチラリと向かいを見やる。
二人ともニコニコしているが「お前聞いてよ」「あなたが言いなさいよ」と小声でつつき合っている。
観念した王様がもじもじと話しかけてきた。
「あー、そのぉ、この度はめでたきことであった」
甥であるジュリスと聖女サラの結婚への祝福の言葉であろうか?
王様、会話へたくそ過ぎない?
「えーと、ジュリスとは、その、どうだ?」
なにがよー?
と思うが、にぶいサラでもこのお茶会がジュリスとサラの結婚生活を探るためであることにはさすがに気が付いた。
「よきご縁を繋いでいただき、感謝しております。公爵家に嫁がせていただきましたが、神殿での活動に変わりはないため、まだ実感が持てないと言いますか……」
嘘をつかないよう、言葉を選び、なおかつ神殿のブラック激務への愚痴を含んで最後は言葉を濁した。
サラの言葉を聞き、王と王妃はまた小声でごちゃごちゃやっているが。
視線が自分に向かないのをいいことに、サラはゆっくりとお菓子とお茶を味わい、お茶会は終了となった。
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