77 エピローグ とあるテレビ局アナウンサー藤朝照美の苦難
私の名前は藤朝照美。
職業は地方局のアナウンサーで、今年で4年目になる。
今まではテレビやラジオのニュースなどの原稿読みや、現場に行ってリポートをしたりをしていたが、今年から一つ仕事を任せられるようになった。
それは企画、自分でやりたいことや撮りたい物を企画して通ればそのまま放送まで全て自分で決めることができる。
今までは与えられた仕事の中の範囲内で自分が良いと思うようにやってきたが、企画は0からスタートしても良い。
つまり私の実力をそのままアピールできる仕事というわけだ。
私の企画で取材した番組の評価が高ければ私の評価が高くなるし、もしかしたら地方でしか放送されなかったものが全国番組へ、ということだってある。
このチャンスを生かして更なるステップアップを目指す!
と意気込んだのは良かったのだが、もう夏も半ばだというのに未だに良い結果が残せていない。
早く結果を残さなければ、最悪来年には後輩のアナウンサー達に今のポジションを取られてしまう。
私は焦っていた、そんな時友人から私の人生を大きく変える情報がもたらされたのだ。
「動物園なんて小学生以来かな」
友人の情報によると、県内のある動物園が工夫を凝らしていて面白いらしい。
私の中の動物園のイメージといえば、動物がいるだけの臭いのキツイ場所であまり良いイメージは無かった。
でも友人によると、臭いにはかなり気を使っているし、動物が積極的に動く工夫がしてあるので大人でも楽しめるとか。
それらのアイディアを出したのが去年新しく就任した園長で、まだ評判が広がる前なので今が取材や撮影の絶好のチャンスだ。
今撮影すれば夏休み中に放送できる、早く取材の申し込みやスタッフの調整など早く決定しなくちゃ。
突然の取材申し込みだったけれど、幸い取材の許可は簡単に取ることができた。
頑張れば夏休み中の番組のワンコーナーで放送するのに間に合いそうだ。
一つ不安があるとすれば動物園内を案内してくれる園長とまだコンタクトが取れていないことだろうか。
園長は現在他県での自然保護に関するプロジェクトの応援で取材前日まで戻ってこないそうだ。
とはいえ自分の動物園の案内なんて何度もやっているだろうし、特に不安に思うことはないはずなのだが電話で、
「園長なのですが少し変わっているといいますか、動物愛がかなり強いですが大丈夫でしょうか」
と動物園の広報担当の人が言っていた。
動物園の園長なのだから動物が好きなのはごく自然だといえる。
それに動物園内の施設変更を提案した張本人なのだから、スケジュールが合うのであれば一番出演してほしい人物なのだ。
あと放送用の尺のために自然保護の話をしてもらえば、番組に合わせてちょうどいい動画時間になるように調整することも可能だ。
だから出演してもらえるのなら是非お願いしたいと伝えたところ、OKが出た。
取材は3日後、準備はまだ山積みだけれど、今私が願うことは……お願いだから雨が降らないで。
そして3日経ち、天気は晴れ、絶好の撮影日和だ。
時間があったので動物園内を少しだけ回ったのだが、確かに昔行った動物園のイメージとは違っていた。
頻繁に掃除をしているのか嫌な臭いはあまりしないし、動物はぐったりしているのではなく積極的に動き回っている。
動物をジャンプさせるために高い場所に餌入れを設置したり、サルが飛び回れるようなアスレチックを檻の上部に取り付けてある。
私のおぼろげな記憶の動物園とは確かに違うし、動き回る動物を見ている子供達はとても楽しそうだ。
これは面白い話が聞けそうだ、当初よりも期待を十倍くらい膨らませてスタッフと共に事務所に入った。
「ああ、本日はどうもよろしくお願いします」
園長室に通された私達を笑顔で出迎えてくれたのは、40代くらいのいたって普通なおじさんだった。
ただ少し普通のおじさんと違う点を挙げるとすれば、肩の上に小さな小動物が乗っていることだろうか。
まだカメラを回していないのにいきなりサービス心が溢れている。
「どうぞお掛けください、園長の田畑六五郎です。こっちはシマリスのトテちゃんです」
ご丁寧に園長の肩の上でキーキー鳴くシマリスまで紹介してくれた。
今まで色々な場所で取材を行ってきたから分かる。
していなくても分かるけど、なかなかエキセントリックな人物に間違いない。
「本日は取材を受けて頂きありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
と定型文のような挨拶を済ませて本日の取材の段取りの確認を行う。
開始場所は最初に案内してもらうサルの檻から少し離れた場所。
そこで私が園長を呼び、園長と一緒に動物園を回って動物や施設で工夫した点を紹介してもらい、最後に園長にインタビューをして終わり。
かなりオーソドックスな取材だけれど、メインは動物だから奇をてらったことをする必要はない。
何か質問はありますか、と園長に聞いたところ、
「せっかくですから動物と一緒に回りますか? 暴れない大人しくて可愛い子を連れてきますよ」
と普通こちらが無茶ぶりするような内容を簡単に向こうから言ってきた。
正直私は動物園にいるような動物はあまり好きではない。
小さな犬や猫は可愛いと思うが、それ以外の動物はちょっと苦手だ。
だがせっかく相手が良い絵になるように言ってくれたお言葉、しかも普通お願いしても拒否されるようなことをやってくれるというのだ。
絶対に普通に取材するよりも面白くなるので、私の多少の好き嫌いで良い映像を撮るチャンスを逃したくない。
「いいんですか。是非お願いします」
私はこの言葉を後で後悔することになる。
「本日はこちらのキングカントリー動物園にお邪魔しています。最近巷で人気急上昇中のこちらの動物園を園長先生に案内してもらいたいと思います」
撮影を開始し、冒頭の挨拶を終えたところで園長が横からやってくる予定だ。
そういえば何の動物を連れてくるのだろうか。
さっきのシマリスかな、あれだけでもかなりキャラが立つし見栄えも良いからありがたいのだけれど。
「どうも、キングカントリー動物園園長の田畑です」
そう言いながら画面に入ってきたのは、首から何か蛇柄のマフラーのようなものをぶら下げてきた園長の姿。
いや蛇柄のマフラーではない、今は真夏、マフラーなどする季節ではない。
それが何かを理解したとき、私はカメラが回っているにも関わらず固まってしまった。
私以上に長さがありそうな本物のヘビを首にぶら下げてやってきたのだ。
「え、園長先生、そちらのヘビは……」
「ビルマニシキヘビのテゴトちゃんです。可愛いでしょう?」
「そ、そうですね、あはっ、あははっ」
もちろん口だけである。
蛇が好きな女性なんて圧倒的少数派。
というか、横で舌をチロチロ出しているだけで恐怖を覚えてしまう。
ディレクターに助けて、と目で合図を送ったが、ディレクターは無言で頷いた。
このまま進行しろ、そう目が語っていた。
明らかに落ち着きを無くした様子の私を見たせいだろうか。
サルの檻に移動する際に動物園のスタッフが園長からヘビを取り上げてくれた。
正直とても助かった。
あのままでは私の表情が強張りすぎて今日の取材映像が丸ごと没になるかもしれなかった。
「こちらの檻のサルは以前遊ぶところが無くてとても退屈そうだったんですよ。ですから皆が楽しめるようにアスレチックや登りやすい樹を持ってきたんです」
「なるほど~。確かに、たくさんのサルが動き回っていて、見ていて飽きませんね」
園長がいきなりヘビを首からぶら下げてきたときはどうなるかと思ったけれど、動物園の紹介は至って普通の物だった。
無事最後まで終わるか分からないが、カメラ外に動物園のスタッフも一緒に着いてきてくれている。
もし園長が暴走したとしても彼らが止めてくれるはず。
そう心の奥で願いながらやってきたのは馬のいる柵の前だった。
「じゃあ餌をやってきますね、よーしよしよし」
そう言いながら柵を乗り越えて馬に近づく園長。
大丈夫なのかしら、と思うが馬は大人しい印象があるし大丈夫かな。
頭を撫でながらニンジンを食べさせていて、普段から動物と触れ合っているのがよく分かる。
そしてニンジンを食べ終えた馬の横で、園長が馬の紹介を始めた。
これだけならば問題は無いのだが。
「あのぉ、すいません。腕、噛まれていませんか」
ニンジンを食べ終えた馬がどう見ても園長の右腕を噛んでいる。
いわゆる噛まれているというやつだ。
甘噛みだとしてもかなり痛そうだけど、素人の私には本気で噛まれているように見えてしまう。
「ああ、これは愛情表現なんです。この子がもっと私に構ってほしいんですね」
「そ、そうなんですか。か、可愛らしいですね」
大丈夫なのかな、色々な意味で。
映像としては問題ないと思うけれど、馬に噛まれて愛情表現って笑顔で発言するの割とヤバいと思うよ。
そういえば電話した時に、園長は動物愛が強いと言っていたけれど……こういうことか。
「そうだ、せっかくだからこの子と一緒に園内を回りましょうか」
と園長は脇のゲートから馬を出そうと馬を誘導した。
この馬にヒモのような物が付いていないけど連れまわして大丈夫なの?
「えっ、いいんですか」
「ええ、全く問題ないですよ」
とニコニコして答えるが、カメラ外の動物園スタッフが必死に駄目駄目と手を振っている。
結局柵に鍵がかかっていてすぐに連れ出すことが出来なかったので、園長だけが柵の外に出てきた。
この後も園長の暴走があったものの、どうにか無事園内の撮影を終えることは出来た。
最後のインタビューも園長は動物と触れ合いながらやろうと考えていたようだが、阻止した。
自然や動物の保護に対するインタビュー内容は素晴らしいのだが……。
動物への異常な愛はもう少し控えてもらいたい、せめてカメラの前だけででも。
先日取材した動物園の紹介を放送してしばらくして。
デスクで資料の確認を行っていたところ、上司に声をかけられた。
「この間の動物園のやつ、面白かったな。評判がとても良かったぞ」
「本当ですか。ありがとうございます」
まあ、私から見ていてもかなり面白い映像だったし。
でも私が良かったわけじゃなくて、あの園長のキャラが面白かったのが好評の要因だと思うけど。
「で、今度の改編期の空いてる時間にもう1度あの動物園の放送をすることになってな。お前に頼みたいんだが」
「えっ……ええっ、分かりました」
嬉しい、でも純粋に喜べない。
だってこの抜擢は私の仕事が良かったからでなく、あの園長のキャラのおかげだから。
にしてもこの短期間で次か……そういうことだよなぁ。
評判が良かったからもう一度、ということは似たような感じでやれということだろう。
つまり真面目一辺倒ではなくバラエティ要素が強めにしろと。
私は面白枠じゃないんだけどなぁ、でもこのチャンスは絶対にモノにしたい。
はぁ、まずはまた動物園に電話しなきゃ。
なお2回目の放送でも園長の濃すぎるキャラクターのおかげで大反響を呼び、全国放送が決まった。
園長の名前を親しみを持たれやすいようにロクゴロウさんと呼んだのが良かったのかもしれない。
この番組は長寿番組となり、私も全国に知られるようになって、まさに転機となった番組だった。
「可愛いですねー。よーしよしよし」
VTRに映るのは動物、いや猛獣を心の底から楽しそうに撫でているロクゴロウさんの姿。
多分私はこの人の心を理解できる日が来ることは永遠に無いと思う。
ある時の忘年会で私はロクゴロウさんに聞いたことがある。
人生楽しんでますね、その言葉を聞いたロクゴロウさんは微笑みながら私に言葉を返した。
ロクゴロウさんから出てきた言葉はかなり酔っぱらっていたせいか、何時にも増して変だった。
「そりゃあ楽しいですよ。飢えたりしませんし、命を懸けろと言われ使命に追い立てられることもありません。太陽は温かいですし轟音が響いて地面も割れません。こんな平和な世の中で世界中の様々な美しい動物と触れ合えるんですから。これ以上のことはありませんよ」
これにて完結となります。最後まで読んで頂きありがとうございました。
評価してもらえると助かります。
なお、この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。




