第17話「現実と」
馬車から降りて数分が経過した。今いる所は、俺の中で一番馴染みがあるルナ村だ。王都から結構な距離があるらしく、体感でいうと5、6時間くらいかかった。夕方近くなので、周りは淡い橙色で包まれている。今は寝ているが、リヴと喋ったり、少し寝たりするのを繰り返していたのであっという間だった。《王都のほうに行く時はさぁ、怯えてる鎧着た人がずーっと居たんだからね! マジでもう逃げたりしないんで一人にしてください! って思ったもん。》と彼は言っていた。しかし、今回は何故か俺ら以外は誰も乗っていなかった。更に驚いたのは、馬車の御者もいなかった事だ。乗る時も全然気がつかなかったのだが、どういう原理で馬に走らせているのか少しだけ疑問に思った。俺はその小さな疑問をそっと頭の隅に置く。そして少しすると、俺は今脳の中で行われていた状況整理にひとつだけ間違いがあることに気づく。俺は歩きながら、足元に向けていた目線を上げてもう一度周りを見渡した。
そこに広がっていたは、馴染みのある村とはかけ離れた風景だった。地震で崩れたような建物、その前で薄い布をかぶって寝ている小さな子供、家を建て直そうと何十人かで集まっている男達、食料を集めてみんなに配る料理を作る女達。まるで、震災直後の被災地のように悲惨な光景だった。そして極め付けはこうだ。俺は村の中心にあるギルド集会所を見る。その建物はなんとか形を保っていたが、そこから一直線に建物が一切残っていない更地が連なっていた。俺は再び目線を足元に移す。
これらは、全て俺の「人を殴る」という行動が原因だった。元々勇者とリヴの件で建物に負荷はかかっていたものの、俺が拳を向けた方向は建物が跡形もなく粉砕、それよって生じた小規模な地震で崩れる建物もあったらしい。そして死者は1人(殴った人)、重軽傷者合わせて50人を軽く超えている。
俺の心の中には、間接的ではあるものの村ひとつを壊滅状態にしてしまったことに対しての「罪悪感」でいっぱいだった。あまりの酷さに、本当に自分がやったのかと最初は疑問に思ったが、リヴのせいで性能が上がった耳が、俺を見て怯える声、俺の噂をする声を拾うにつれて、その少しの可能性はあり得ないことが分かった。
ドンッ。
「……すいません。」
止まない俺に対する非難の声を聞きながら早足で歩いていたら、目の前に人がいることに気がつかずぶつかってしまう。俺は反射的に謝り、正面を見ると1人の男が立っていた。歳は同じくらいで茶髪、身長は175センチある俺よりも少し大きい。腰には剣があり、鎧を着ているが左半分はほとんど欠けて無くなっていた。初対面のはずなのに何故か俺には見たことがある気がした。
俺は、そのまま左にずれて通り過ぎようとした。すると、彼はいきなり俺の胸ぐらを両手で掴んできた。俺の足は少しだけ地面から離れた。周りの村民はこの光景を見て一瞬で静まりかえった。
「お前がサクラか? 」
「う、うん。そうだけど」
「俺はバグロウ・オルフィン。名前くらい聞いた事あるだろ? 俺の妹から。」
俺は戸惑いながらも返事をした。彼は俺の胸ぐらを掴んだまま話始める。彼の名前を聞いて、俺はさっきの違和感の原因に気がついた。目の前に立っている男は、エリーの兄だ。髪の色、目元の形が彼女ととても似ている。「サクラさんと同じ歳の兄がいるので、今度会ってみますか? 気が合うかもしれませんよ。」とクエストに行く途中に彼女に微笑みながら言われたのを、俺は今になって思い出す。
「うん、知ってるよ」
こんな状況で初対面の人にどういう対応をしたらいいのか分からなかったので、俺は無理矢理笑顔を作って質問に答える。すると、彼は「……そうか。」とため息混じりな声で言い、胸ぐらから掴んでいた手を離す。俺の足は地面につき、最初の状態に戻った。
「……あ」
ドコッ!
俺が場を繋げようとした途端、彼の右フックが俺の顔面に直撃した。急な出来事で、理解が追いつかなかった。
「なんでだよ! ……村を壊しておいて、のこのこ帰ってこれるんだよ! 何にも思わないのかよ、この光景を見て! 」
彼はそう言うと、今度は左手で顔を殴る。俺は彼の言葉に対して何も返すことができない。彼はまた右手で顔を殴る。いくら殴られても俺は顔に痛みを感じなかった。防御SSSのせいだろう。彼は、殴ることをやめなかった。
「俺はさ、エリーからお前の話聞いた時はさ、すげぇいい奴だなって思ったよ! 体張って仲間の命守ってよぉ。……そんなお前と、俺は仲良くなりたかった。……でも違った。お前は、みんなの大切な場所と命を奪ったんだ! 」
相変わらず、顔を殴られても痛くなかった。
「おい! なんか……言えよ! 」
ただ、俺の心に彼の拳は何度もクリーンヒットしていた。「やっぱり、俺はおかしくなってしまったのだろうか。」そう思いながら、ひたすらに殴られ続けた。
「やめて兄さん! 」
すると聞き馴染みのある声が、打撃音しか聞こえないこの場所に響き渡る。その声がする方を俺は無意識に振り向いていた。しかし、俺が向いたほうにはいつもの彼女はいなく、変わり果てた姿で立っていた。削り取られた左耳、輝きを失った左目、あり得ない方向に曲がった左腕。それら全ての傷を薄くて血がベットリとついた布で覆っていた。さらに彼女の口は微動だにせず、右肩に乗っている「連帯水人」が喋っていた。その彼女の姿を見た瞬間、俺の頭は真っ白になった。そして、一気に肩の力が抜けてしまった。
「うあぁぁぁ! 」
妹のあられもない姿を見た彼は、更に怒りが増す。そして、歯を食いしばって剣を抜き、俺に首に向かって振り下ろしてきた。俺は、何の抵抗もしなかった。どうなってもよかった。もし、防御SSSが通用しなくても、超再生力が発動しなくても、今死ぬことになっても。
するとその時、彼女が俺を守るようにして剣と俺の間に飛び込んできた。その行動はまるで昔の自分を見ているようだった。その姿を見た俺は、今まで彼女が俺にしてきた説教が真っ白な頭の中で突然現れる。
俺は彼女の体を左手で抱えるようにして、右手を剣の方に向ける。彼は、妹が目の前にいることを知らずに振り下ろす。
ガギィン!
俺の手に当たった剣はまるで発泡スチロールのように崩れる。彼は崩れ落ちた剣を見て口をあんぐりと開けていた。俺はそんな事を気にせずに、彼女の傷口を覆っている布を剥ぎ取り、左手を翳す。
【スキル】「代わる者」を発動します。
彼女の腕は時間が巻き戻るように治っていく。目も輝きを取り戻し、耳も一瞬で元どおりになる。それと同時に俺の腕は捻れ、視界が半分だけ黒くなり、耳は千切れて地面に落ちた。
【スキル】頭部、その他に損傷が見られたため『超再生力』が発動されます。
いつも通り俺の体は意識もしないで自然と治っていく。ただ地面に落ちた左耳はそのまま残っていた。俺はそれをポケットに入れる。そして、彼女の治った耳元である一言を囁いた。
「ごめん。……ありがとう。」
俺は、彼女を地面にそっとおいて森の方に向かって走った。
やっと言えた謝罪の言葉に満足しつつ、俺は心の中で呟く。
「生きよう。」
誤字・表現の違和感等ありましたら是非教えてください。これからも宜しくお願いします。