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9話「全力」


  ドサッ

 

 地面に落ちる鈍い音とともに、ヒースの腹に開いた握り拳ほどの穴だけでなく兜の口元からも鮮血が流れ出し、周りが薄暗い状態だからだろうか、その血は今にも消えそうな炎のように一瞬輝いた。魔物の尾から滴る水音は静寂なこの空気に残酷な音楽を奏でる。その音楽は俺の頭の中で大音量で響く。


 「ヒ……ヒース?」


 この状況を見て、俺は名前を呼ぶことしか出来なかった。1週間とはいえ、一緒に過ごしてきた仲間を目の前で殺されたのだ。思考が停止する。俺の横で、エリーも口を押さえてヒースの姿を見ることしかできていない。 

 すると、仰向けに倒れ込んだヒースの右腕がピクリと動いた。俺はその動きを見逃さなかった。思考が再開する。まだ息があるという事がわかった瞬間、今までの経験からだろうかこの状況を抜け出せる可能性がある策が1つ頭の中に思い浮かんだ。


 「おい!サソリっぽい魔物!人を殺すのが好きなのか?そうなら、俺を殺してみろよ!」


  さっきまでかすれ声しか出なかったのがヒースの生存が確認出来てから、俺の声は森の中に響く。サソリは言葉を理解しているのか、俺らがいる方に体と一緒に黒く分厚い装甲の隙間から紫色の眼光を向けた。


 「何やってるんですか!!ヒースさんの死を無駄にするんですか?ここは……私たちだけでも逃げましょう!……ヒースさんもそう思ってますよ!」


 フリーズしていたエリーも、俺の行動に驚いたのか我に帰る。


 「エリー、落ち着け。ヒースはまだ生きてる。……すまんけど、俺の作戦を聞いてくれないか?」


 俺はそういうと、エリーの小さな耳に耳打ちで作戦を言った。するとエリーは、納得がいってないような顔をしながらうなずいてくれた。


 「……気をつけてくださいね。こっちは任せてください!」


 エリーは、少し言葉に詰まりながらも、胸を張るような仕草をして言った。俺は、その言葉を聞いて改めてこの作戦を成功させることを決意した。俺は、両手と片膝を地面につけて前屈みになる。サソリの魔物もタイミングを狙っているのだろうか、その鋭い眼光は俺をずっと照らしている。


 「…俺を殺したきゃ、追いついてみろよ!鈍足サソリ野郎!」


 俺は、この開けた空間にサソリの魔物が入ってきた木が何本も倒れている方向に向けて、クラウチングスタートをして走りだす。それを見て、サソリの魔物も俺を追いかけるようにして走りだす。

 

 俺の今回の作戦はこうだ。まず、俺がサソリの魔物に対して攻撃を誘い、囮になって逃げ回る。その間に、エリーに男性の冒険者ではなく、もう1人の冒険者を起こしてもらう。その冒険者は女性であり、服装が鎧などの近接戦闘に向いているものではなかったし、なおかつ折れた1メートルほどの杖が落ちていたから、魔法使いと思われる。で、その人とエリーでヒースの手当てをしてもらう。時間は大体4分。4分経ったら、俺は上手くサソリの魔物を撒く。その後、合流して森を抜ける感じだ。

 すごく簡単そうに思えるが、この作戦は、2つ問題がある。1つ目は、俺の俊敏Sのステータスがサソリの魔物よりも速いかどうかだ。すごく自信ありげに言っているが、俺より速かったらその時点でアウトだ。もう1つは、もう1人の冒険者の怪我の深刻さだ。俺がもし、逃げ切ったとしても、ヒースの手当てができない。あの出血量だと、今生きてるだけでもすごい方だ。ギルドまで持つか分からないが、多分持たないだろう。


 「おいおい!そんなんじゃ追いつけないぞ!」


 俺は木を避けながら、全速力で走る。俺の4メートルくらい後ろから、サソリの魔物は木をなぎ倒しながら追いかけてくる。1つ目の問題はなんとかなりそうだ。何故だろうか、さっきから体がおかしい。さっきまでこんなに足は速くなかった。ずっと薄暗くて見えなかったもう1人の冒険者が、服装まで見えるようになっていた。……まあ、とりあえず上手くいっていればいいだろう。そう思いながらエリーがいる場所から離れた。




 *4分後


 「ちょっと…ヤバイな……」


 俺は、息が上がりながら声を出していた。

 問題が起きた。速さは俺が勝ってるのだが、サソリの魔物が木をなぎ倒したせいで撒けなくなった。このままだと、サソリの魔物も連れて、エリーのところに戻らなければならなくなる。そうなると、少し厄介なことになる。……でも今、戻るという選択肢しか頭の中に存在しない。ここは、その選択肢を選ばざるおえない。

 俺は、エリーがいるところに方向を変えて、全力で走った。空は曇っていて、木がなくて開けているはずなのにまだ少し薄暗い。なぎ倒された木を踏むたびに、俺の足は悲鳴をあげる。


 「エリー!上手くいったか!?」


 俺は、行きよりも早くエリーがいる場所についた。差は8メートルほどついているが、相変わらず後ろにはサソリの魔物が追いかけてくる。


 「サクラさん……。……ごめん…なさい。」


 一番最悪の状態だった。女性の冒険者は起きていなくて、さっきよりも出血が酷いヒースの側で、必死に止血しようとしているエリーがいた。エリーの水でできていた体は、地面にあるヒースの血が染み込んでいて、さっきよりも赤く大きくなっていた。体が赤くなっているせいか、流している涙が鮮明に見える。全力を尽くしたのだろう。


 「………いや。よく頑張った。」


 俺に、もうこの状況を覆す策は思いつかなかった。すでに、真後ろにはサソリの魔物が俺を攻撃しようとしている。俺はゆっくり目を閉じた。


 《はぁ〜。なんで俺を使わないの?》


 「え?」


 頭の中から聞こえた声はため息をついた。

  

           その直後、俺の体は“あの時の光”に包まれる。


 


 


 


 

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