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三次元に興味のない私が、ゲーム友達のアイドルに恋をした。  作者: 槻 すせり
第一話 怪しい男とめぐりちゃん

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初投稿です。よろしくお願いします。



「……デュフフ」



 え、今なんか聞こえた。

 アクスタの値札を見ていた目だけを、ちらりと横に動かした。


「……めぐりちゃん、この顔は……いや、これは買う……買うしかない……」


 聞こえた、どころじゃなかった。 隣の人、さっきからずーっとしゃべってるよ。

 黒い帽子に黒いマスク、おまけにサングラス。背は高いし、袖から出てる手はやたらきれいなのに、どう見ても怪しい人がいる。

 私は何も見なかったことにして、棚に向き直った。


 人の推し活に口出しは厳禁である。

 私だって、推しの新規絵を見た瞬間の自分の顔なんて確認したことがないし、今後も確認する予定はない。


 高三になったばかりの四月、地味にやることは多いけど週末くらいは推しに会いたい。

 今日の目当ては、アイドル育成ゲーム『ポンポンライン』の真白めぐりのぬいぐるみ。 発売告知が出てから、画像を何回拡大したか分からない。手のひらサイズの丸い頭に、ちょっと困ったみたいな八の字眉。立ち絵であれだけかわいいのに、ぬいになったらさらにかわいいとか、私の財布のこと少しは考えてほしい。

 

 棚を上から一段ずつ見ていって、いちばん端で見つけた。

 めぐりちゃんが一人、ちょこんと横向きに座ってる。


「あっ、いた」


 しかもラスイチ。手を伸ばした瞬間、隣からもにゅっと手が出てきた。


「えっ」


「あっ」


 あの怪しい人の手だった。思わず、手を引っ込めようとして一歩下がってしまった。その一歩がまずかった。

 よりによって今日は、下ろしたてのヒール。かかとがついてこなくて、足首がぐらっと傾いた。 やば、と思うより先に、腕をつかまれた。


「大丈夫!?」


 体がぴたっと止まる。男の人が半歩踏み込んで、私を支えてくれていた。床からカシャンと乾いた音がする。どうやらサングラスが落ちたらしい。

 見上げたら、思ってたよりずっと近くに顔があった。マスクの上にある目の形がきれいで、やたらまつげが長い。

 

 あ、この人多分イケメンだ。いや私、何を考えてるの。今はそれどころじゃないでしょ。


「すみません!ありがとうございます、大丈夫です!」


 両足でしっかり立ち直してから、もう一回頭を下げる。男の人は手を離して、床のサングラスを拾った。


「いや、こっちこそ。急に手、出したから……」


 語尾がマスクの中にしゅるしゅる消えていく。そのまま下を向いて、何か言いかけてはやめてる姿を見やりつつ、私は棚に一人残されためぐりちゃんを見た。


「えっと……めぐりちゃん、欲しいんですよね?私もなんです。なので、ここは正々堂々、じゃんけんにしません?」


 助けてもらったんだし、譲るべきかなとはちょっと思った。でも、私はこれを買いに来たんだもん。これは諦められない…なので、できればじゃんけんで決着をつけたい。ところが男の人は、私が構えた拳じゃなくて、その下を凝視している。

 

 痛バッグだ。


 透明な窓にめぐりちゃんの缶バッジをこれでもかとぎっしり並べ、持ち手の左右には同じキーホルダーを一個ずつぶら下げている痛バッグ。その持ち手にある左側のめぐりちゃんを、男の人が凝視しているのだ。


「あの、それ……」


「これですか?」


 つまんで持ち上げた途端、ものすごい勢いで頭を下げられた。


「ひゃっ」


 変な声が出て、肩がびくっと跳ねる。目をむいて固まっていたら、小声なのにやけに切実な声が降ってきた。


「それを……譲っていただけませんか……!」


 話を聞くと、この人はポンポンラインを始めたばかりらしい。何年も遊んでたゲームがサービス終了して、しばらく何もする気が起きなかったと。


「終わるまでは毎日やってたんですけど。終わったら、ほんとにやることなくて」


「はぁ……」


「で、ちょっとだけのつもりで始めたら、めぐりちゃんが」


「あぁ……」


 それは仕方ない。めぐりちゃんなら仕方ない。激しく同意しかない。思わず拳を握り締めた。

 そこから過去のグッズを集め始めたけど、このキーホルダーだけはどこにもなかったらしい。フリマアプリにも、中古ショップにも。画像は出てくるのに、買える気配すらないと。


「正直……このキーホルダーは幻で……実在しないのかと……」


「実在はしてますね……」


「してましたね…………」


 男の人はしみじみ言った。私の痛バッグには二個ぶら下がってるわけで。

 うーん。なんか申し訳なくなってくるな。

 

 実のところ。私はサービス開始からやってる最古参だったりする。グッズ展開が始まった頃、貯めてたお年玉をちびちび崩して買ったものが、このバッグにも家の棚にもある。このキーホルダーは保存用まで入れて三つ買った。

 だから、譲れなくはない。ないけども。その場で「どうぞ」って言えるほど軽くもない。


「何かと交換なら」


「交換」


「私が持ってないグッズとか、あります?」


 男の人はちょっと考えてから、ふいに思いついたように顔を上げた。


「ライブのチケットなら……」


「ライブ?」


「RAY=OUTっていうグループの…」


 知らない名前。ポンポンラインのユニットでもない…っていうか、もしかしてナマモノ???


「いりません。私、三次元に興味ないので!」


 言い切ってから、口をつぐんだ。本音が口からダダ漏れしてしまった。今のはさすがに感じ悪かったかもしれない。そう思って、こっそりと男の人の顔をうかがうと、目を丸くしたあと、なぜか笑ってた。マスクの下で頬が持ち上がってるのが分かる。いや、断られてそんなに嬉しそうになることある?


「じゃあ、よかったらゲームのフレンドに……」


 え、どゆこと?どこからそうなった???

 いやいやいやいや。マジでマジでマジでマジで。

 知らない男の人とフレンド登録とか???いやいやフツーにないでしょ!!!!


 私が固まってる間に、男の人はスマホでアプリを起動して、画面をこっちに向けた。めぐりちゃんのカードだった。


「この衣装いいですよね!三枚目のSSR。あのリボンって、二枚目のストーリーの――」


「分かります!あれ、ちゃんとつけてるんですよね!」


「そう!そこなんですよ!」


 さっきまで混乱してたのはどこへやら。私が思いっきり食いついたら、この人も急にしゃべるスピードが上がった。私もつられて身を乗り出して、ストーリーのどこがよかったとか、衣装のどこを見たかとか、応戦するみたいにまくしたてた。


 なにこの人。いちいち話が通じる。

 あ、大丈夫だ。この人、バリバリ同類だわ。


 気づいたら登録は終わっていて、私はその名前をもう一回確認してた。プレイヤー名は『HONE』。


「えーと…ホーン?」


「いや『ほね』です。『骨(コツ)』の方です」


「 ほ ね 」


 そういうタイプの人なんだろうか…あまり深くは考えないでおこう。多分、深入りはしないほうがいい。そう思いながら、バッグの左側のキーホルダーを外して、目の前にぶら下げる。


「はい。フレンド記念」


「えっ、いや、それは!ちゃんと交換か、買い取りで」


「実は三つ持ってるので」


「 み っ つ」


「保存用が家に」


 独り言なのか「わかりみ…」と小さな声で呟いた声が聞こえると、もらうだけじゃ申し訳ないので、家にあるグッズの写真を送るから、その中から選んでほしいと言い始めた。律儀か。

 結局、グッズをもらうことにして連絡用にLIMEを交換すると、今度は表示名は『タカオミ』だった。そこは普通か。


「これから仕事で、しばらくあちこち回る予定で。落ち着いたら写真送るんで、交換、ちゃんとさせてください」


「急がなくて大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。忘れないんで、絶対」


 念を押され、私は軽く頷きつつスマホをバッグにしまった。 社会人の仕事ってよく分かんないけど、あちこちってことは出張みたいなものなのかな。そこで、まだ棚にいためぐりちゃんと目が合った。


「あ。ぬいは」


「あ、それ、どうぞ」


「いいんですか?」


「俺、家に二人いるんで。今日は保存用を買おうかと」


「 い る ん か い 」


 つい素が出た。男の人がぶはっと吹き出したので、私も笑った。まぁ確かに、キーホルダー三つの人間が言えたことじゃないよね。


「同志ですね」


「同志ですね」


 どっちからともなく手を出したら、握手っていうより腕相撲の構えみたいになった。さっき私を支えてくれた手が、今度はめぐりちゃんのグッズを守る人の手として、妙に頼もしく見えた。

 


  ◇◇◇



 お風呂上がり、タオルで髪をわしゃわしゃ拭いてたら、ベッドの上のスマホがぶるっと震えた。


『今日はありがとうございました!!』


 タカオミさんからだ。写真が一枚ついてる。どこかのお店のテーブルに料理が並んで、その横に私があげたキーホルダーがちょこんと置いてあった。

 

 「ププっ…もう連れ歩いてる」


 なんだか面白くて自然と声がでた。タオルを頭にのせたまま写真を二本指で広げると、めぐりちゃんがちゃんとカメラ目線になるように、角度までつけてある。なかなかのこだわりっぷりだ。


「よかったねえ」


 誰に言ったのか、自分でもよく分からない。片側だけになったバッグの持ち手を指でなぞって、親指を立てたスタンプを送った。

 



 それから、もう一回だけ写真を開いた。





明日更新予定です。できたらいいなぁ(白目)

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