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転生したら修道院送りになってました  作者: 桐浜このみ


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 がたがたと馬車が揺れた。いつの間にか整備された石畳から、土が剥き出しになった街道へと変わっていたらしい。

  それに気付かないほど、元公爵令嬢のアーデルハイト・フォン・エーレンは物思いにふけていた。


  婚約破棄、それは公爵令嬢としてあってはならない醜聞だ。

 しかも相手が第一王子とあっては、貴族社会の格好の餌だ。アーデルハイトの父である現エーレン公爵家当主は、元凶であるアーデルハイトの身元を、妻の実家の領地内にある修道院へと移すことに決定した。その愛娘へ一切の温情も掛けずに素早く突き放したその手腕は、さすが王国随一の公爵家の当主である、とぼうっとする頭で思ったことを覚えている。

 何が何だか分からないまま、アーデルハイトは王国内の貴族学院を去り、活気に溢れたエーレンの街並みを去り、母親が生まれ育った、広大な農地と森林を持つ緑深いヴァルトハイム領にある修道院へと向かっている。

 夕暮れの赤い空。街道の両脇はどこまでも続く麦畑だ。もうすぐ収穫の時期なのだろう、黄金色の麦畑と赤の夕暮れが美しい。


  (あと二月で卒業だったのに……)


 アーデルハイトは心の中で独り言つ。あともう少し待ってくれれば、貴族学院をこんな形で去ることもなかったし、大衆の面前で糾弾されることもなかったのに、と。ひっそりと王家との取り決めで婚約を解消するだけで済んだのだろうに。

 ただきっと彼らはそれでは満足しなかったのだろう。エーレン公爵家を巻き込んで、公爵家がアーデルハイトを切り捨てるところまで望んでいたのだろう。だからこそ、この時期だったのだ。学院で最大規模の行事となる卒業パーティーの準備が開始となるこの時期に。


 そこまで思考して、アーデルハイトは大きくため息をついた。

 今日の夜には修道院に着くらしい。エーレン領から馬車で一日と半日。元は付くが貴族令嬢ということもあり、合間にある治安のいい宿場町の、その中でも一番豪奢な宿で一晩休み、出発時間もゆったりとした旅程のため、本来ならもう着いているところだが、まだ馬車に揺られている。

 とはいえ、もうあと一刻といったところだろうか。夕日が沈みかけ、先程までは赤かった空は紫色が濃くなった。窓から先の方を見やれば、かなり遠くに小さく黄色い灯りや赤い灯りが見える。ランプや松明に灯りが灯っているのだろう。ヴァルトハイム領の中でも一番の大都市である、リューリングに近付いている証だ。このリューリングにある修道院にアーデルハイトは送られることになる。


 背中を馬車の座面につけるという令嬢らしからぬ姿勢を取りながら、ぼんやりと窓に映った自分の姿を見た。

 持っている服の中で一番質素なものを選んだ。紺色で、フリルやレースも裾や袖にあしらわれただけの、それでいて上品な一着だ。

 ボタンで上までしっかりと閉ざされた襟元から視線をあげていくと、深い青色をした自分の目とかち合った。

 父親譲りのそれは、社交界で美しい宝石のようだと、夜空のようだと持て囃された。公爵令嬢に向けた、第一王子の婚約者に向けた世辞の常套句だった。

 緩やかに波打つゴールドブロンドもまた、世辞の対象で、それを知ってか知らずか侍女たちが丹精込めて磨き上げていた。

 

 ふと、変な感覚に襲われる。窓に映った自分が、まるで自分ではないかのような錯覚に陥ったのだ。


  (私、こんな綺麗な髪だったっけ…?瞳ももっと黒かった…?)


 その瞬間、一気に別人の記憶がなだれ込んでくる。この世界ではない、違う世界の記憶。アーデルハイトとしては、見覚えのない、でも、どうしてだか知っている景色。夜でも電気で明るい町並み、スマートフォンやパソコンといった電子機器、車や電車、便利な機械や道具。思い出したこの記憶もまた自分のものだ、ということもはっきりと分かった。


 気付かないうちに息を止めていたのだろう、苦しくなって慌てて息を吸う。胸に手を当てて乱れた呼吸を抑える。数度深呼吸をして、確信した。

 これは、間違いない。前世の日本人だった時の記憶だ。


  「異世界転生ってやつ…?」


 まだ頭は混乱しているが、段々と現実と結びついていく。ありえない、と思っていたことが、今実際、自分の身に起きているのだ。


  「私、死んだの…」


 転生というからにはそうなのであろうか。だがまだそれも、実感が湧かない。その瞬間の記憶は蘇ってこなかった。

 震える指を見た。長く細くて、爪の先まで綺麗に整えられている。苦労を知らない美しい手だ。そうだ、ずっとこの王国内の筆頭公爵家の令嬢として過ごしてきたのだから。

 その指でひと房髪を摘んだ。金色だ。一本一本が金糸のようで、滑らかな指通り。もちろん、日本人だった時にこんな髪色にしたこともない。

 アーデルハイト・フォン・エーレンとして過ごしてきた記憶と前世の記憶が混じって、頭が重くなる。耐えきれずに目を閉じた。意識が飛びそうな中で、日本人としての前世の記憶を取り戻したアーデルハイト・フォン・エーレンは思った。


 転生するなら普通、修道院送りが決まる前なんじゃないの、と。結果が決まる前に回避しようとするのが、定番ではないのか、と。




お読みいただき、ありがとうございます。

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