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二 ~分かれ道~


 朝焼けに染まっていた空は、気づけば青空へと変わっていた。

 新たな一日の幕開けを告げる、たくさんの小鳥たちの鳴き声が、彼の頭上を通りすぎていく。

 そんな世界の音色は、腹の虫の叫びと、ぼやけた視界と共に足を引きずる彼には、あまりにも残酷すぎた。


 やっとの思いで、彼は大きな門の前に辿り着く。人気のない隙に食料を、と企んでいたはずが、門の奥はすでに、住人たちの活気にあふれていた。それがやがて、彼の耳に騒音となり舞い込む。

 門の奥に一歩足を踏み入れたところで、とうとう彼の意識は限界を迎え、地に伏した。

 すぐに、一人の女性が、彼のもとに駆け寄った。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「やっぱりいない!」

「トイレにも隠れてないよ!」

 昨日の夜のことが嘘のように、朝から馬車の中は忙しい。全員の部屋から、台所の引き出しの奥まで、四人はしらみつぶしに彼を探す。そして、とうとう見つからなかったのだ。

 パラットやリマが頭を搔きむしる横で、エメラは一人腕を組み、考えを巡らせる。

 混沌とした雰囲気の中、またしても前触れもなしに、案内人たちが姿を現した。「どうしましたか?」という長髪の案内人の問いに、ガーネットが勢いづいて前に出る。

「ガルがいなくなったみたいでさ。予想はしてたけど、まさか一晩も持たないなんて思わないじゃん」

「それなら、昨日の夜に大きな町の前を通り過ぎたから、そこに行ったのかもしれませんね。確かに、突然降りていくから、どうしたんだろうとは思いましたけど」

「え?見てたの?」

「私たちは、この馬車の中のことなら、何でも分かるので」

 気の抜けた答えに、「じゃあ止めといてよ~」と力なく倒れこむパラット。

 外はすでに陽が高くまで昇り、雲一つない晴天。ガルが夜中に馬車を降りた地点から、相当離れてしまっていることは明白だった。


「理解できない。なぜ一人で降りたんだ」

「昨日の話聞いてれば、大体察しつくでしょ」

「……つかない」

「あんた二度とリーダー面しないで」

 呆れたように言い放つガーネットの後ろで、エメラは首を傾げた。

「仕方ない。もうガルのことは諦めよう」

「え、でも、一人で置いていくわけには……」

 リマが不安の声をあげる。その弱々しい反論を、「仕方ないんだよ」とガーネットはなだめた。大きく肩を落とすリマの横で、パラットもまた、椅子の上で膝を抱える。

 その時、案内人に向かい声をあげたのは、エメラだった。


「案内人、馬車の行き先を変更してほしい」

「どちらへ?」

「ガルのいる場所だ。頼む」

 エメラの言葉に、思わず全員が声を漏らした。最も反応を示したのは、言わずもがなガーネットだ。

「あんた、何考えてんの?」

「この馬車は、乗客の心が望む場所に向かって進むんだろ。ならば、ガルがいる場所に行くことだって、」

「そんなこと聞いてない。あんなやつ一人のために、あたしら全員の命を危険に晒すつもり?」

 彼女の憤りに、パラットもリマも肩をすぼめる。彼女の言う通り、食事も摂っていない四人にとって、ここで引き返すことは、天秤にかけるまでもないリスクを伴う。

 だが、エメラの答えは冷静だった。

「確かにあいつは横暴な奴だ。それでも、あいつを見捨てる理由にはならないだろ」

「それは、そうだけど……」

「それに、町があるならちょうどいい。そこで食料と衣服の調達をして、ついでにガルを探す。それなら文句ないだろ」

 ガーネットは少しの考える間をあけ、「好きにしなよ」と白旗をあげた。背後で固まっていたパラットもリマも、安堵の表情で顔を見合わせ、息をつく。


 そして、やり取りを終えた四人に微笑みながら、短髪の案内人がそっと「かしこまりました」と告げた。

 その瞬間、外では馬車の向きが変化。入り口の布の隙間から、強い陽射しが入り込んだ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……ここは」

 ゆっくりと瞼を起こし、額に置かれた冷たいぼろ布巾を触る。そして素早く体を起こしたと思うと、「良かった……」というか細い女性の声が、彼の耳に入った。

視線を移したガルの目に映ったのは、シミだらけのエプロンを身に着けた、大人の女性。そして、ずいぶんと整理の行き届いていない、小さな部屋の内装だった。

後ろの食卓テーブルには紙袋が散乱し、台所と思われる場所には、水につけられたままの皿や食器類。玄関ドアの横にある小さな窓からは、カーテン越しに外の太陽光が照らし出されていた。

ガルを見つめる女性の目は赤らみ、嫌というほど荒い呼吸で肩を動かしている。

わけも分からぬまま、ガルは口を開いた。

「あんた、誰だ?」

「え?誰って……」

 ガルの言葉に、押し寄せていた彼女の呼吸は、一瞬で静まる。何か言いたげな女性の口が動く前に、ガルの腹の虫が大きく鳴り、彼はまた、力なくソファに身を降ろした。

「ちょっと待っててね」と言って、台所に向かった女性が持ってきたのは、真っ白な皿に乗せた二切れのサンドイッチと、コップ一杯の水。目の前の小さなテーブルに置かれたそれに、ガルは獣のように手を出した。口いっぱいに頬張るその姿を見て、女性は柔らかな笑みを浮かべる。

「さっき急いで作ったから、ちょっと具が少なくてごめんね」

「いや、美味しいよ。それより、ここはどこだ?」

「どこって……さっきから何を言ってるの?」

 困惑する様子の女性の言葉に、状況を読んだガルはサンドイッチの手を止め、一度水を口に流し込んだ。

「悪い。実は俺、ここに来るまでの記憶が無くてな」

「記憶喪失……そう。そうなのね」

 悲哀が顔に溢れ出す女性に、ガルは思わず目を逸らす。それだけでなく、この部屋の風景から浮かんでいた予感が、確信へと変化した。


「いい?あなたの名前は、カイル。そして、私はロゼーヌ。あなたの母親よ」


 途端に、ガルの頭の中は真っ白になる。言葉の錠で、脳の裏に隠された記憶の鍵を開けるように、ガルはソファから腰を上げ、家の中をゆっくりと見渡し始める。

 ポールハンガ―にかけられた、トレンチコートと肩下げバッグ。どちらにも青いワッペンで、Kの文字が縫われている。

 その横のタンスの上に飾られた、一枚の写真が目に入る。そこには、少し若いあの女性と、まだ幼い顔つきのガル、と思しき子供。そして、ベージュのスーツに身を包んだ、一人の男性が映っていた。考えるまでもなく、家族写真だ。

「ここが、俺の、」

「どう説明すればいいかな……。カイル、あなたはね、今から少し前に行方不明になっていたの。町の人たちと一緒に探したんだけど、あなたは結局帰ってこなかった。でも今日、こうして帰ってきてくれた。だから母さん、ちょっとびっくりしちゃって」

 息を詰まらせながら言葉を紡ぐ女性、いや、母親は再び目を赤らめ、床に膝をつく。その床に、数滴の涙が落ちた。

 母親はすぐに立ち上がり、ガルへ足早に近づいたかと思うと、その体を力強く、自らの腕の中に包み込んだ。すすり泣く声が耳元から聞こえ、ガルの体は動かなくなる。

 それでも、ガルは己も気づかぬうちに、目の前の母親と思しき女性の背中に、自分の手を回していた。昨日までの寒さとは全く違う、人の暖かさだった。

「おかえり、カイル」

「……ただいま、母さん」


 “母さん”の背中に回された手は、しばらく離れなかった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 空はすでに、マジックアワーに染まりつつあった。

 陽が傾き、幼い子供たちが走ってきては、四方へ散り散りに去っていく。「また明日!」という者もいれば、「また後で!」という者もいる。その声に耳を傾けながら、二人は歩いた。

「エメラさんたち、大丈夫かな」

「あの二人なら大丈夫じゃない?僕らは僕らで、早くガルを見つけないと」

相変わらずお気楽なパラットの言葉は、リマの不安を余計に加速させる。そこそこ広いこの町で、自分が彼と行動を共にするとは思いもしなかったのだ。

「うわ、見てこれ!ねずみ小僧だって!」

 パラットが突然、建物の壁に貼られた、とても綺麗な張り紙を指差す。そこには写真などは載っておらず、ねずみ小僧と呼ばれる人物が、シルエットで手配されていた。ウキウキで張り紙を指差した後で、「ねずみ小僧って……何?」と呟くパラットに、リマはまた肩が重くなった気がした。

「簡単に言えば、ちょっと優しいだけの泥棒です」

「泥棒?物騒な町だな〜ここ」

 あまりにも張り紙に顔を近づけすぎるパラットの腕を、リマは思わず後ろへ引こうとする。

すると、通りかかった腰の曲がった老人が、二人へ声をかけた。

「君たち、旅の人かい?」

「えっと、そうです」

咄嗟にリマが答える。老人は思ったよりも暖かい笑みを浮かべ、パラットの見ていた張り紙へ目をやった。

「ねずみ小僧が気になるかい?」

「はい!泥棒なのに優しいんですよね?友達になってみたいなぁ」

「ははは。面白いことを言うね。でも残念。ここ最近、ねずみ小僧はすっかり現れなくなったんだよ」

「え、そうなんですか?」

 意外な答えに、思わずリマも前のめりになる。

「この町じゃ、決して悪い評判は多くなかったんだけどね。なにしろ、肉も野菜も、何もかも値段が上がっちまって、みんな苦しんでるもんだから。なんだか、英雄がいなくなったような心地がして、寂しくなったよ。なんて、警官にでも聞かれたら怒られるかな、ははは」

 それだけを言い残すと、老人は二人に軽く会釈をし、向かいの精肉店へと入っていく。そして何事もなかったかのように、パラットは再び歩き出した。


「全然いないね、ガル。本当にここなのかな?」

「あの馬車の力を信じるなら、ここにいるはずです」

 しばらく歩いても、すれ違う人々の中に、ガルの顔はなかった。だんだんと飽きがきたらしいパラットは、両腕をぶらぶらとさせ、もうずっと空ばかり見ている。

「あ~、お腹すいた。早く見つけて、馬車で美味しいご飯食べたいな~」

「……本当に、連れ戻す必要があるんでしょうか」

 ふと立ち止まったリマの言葉に、パラットは思わず目を見開いた。

「なんで?置いてくわけにはいかないって言ってたじゃん」

「あれから考えたんです。見ず知らずの人の生き方を、私なんかが指図する権利、どこにも無いなって。私の言ってたことは、ただの偽善でしかないのかな、って」

 道路の隅っこへと足取りを寄せ、リマは微かに俯く。道行く人々の靴だけが、彼女の視界に現れては消えていく。考えることを放棄するように、自分の愚かさから目を背けるように、彼女はただ下を見た。


「別に、そんなことないと思うけど」

「え?」

「ガルが出て行った理由なんて、分からないでしょ?それに、どうせ赤の他人同士なら、どう思われるかなんて気にしなくていいじゃん。今くらいは、自分に正直になってみればいいんじゃない?」

 綺麗な瞳を輝かせ、パラットは乾いた声でそう言った。再び、リマは下を向く。そして、彼女もまた乾いた声で、「それができたらいいんですけどね」と、か細く吐き捨てる。パラットの言葉は、リマにとってはあまりにも真っ直ぐで、あまりにも鋭すぎた。その俯いた彼女の横顔に、決まりが悪くなったのか、パラットはわざとらしく周囲を見渡し始める。


 その時のこと。大袈裟にキョロキョロしていたパラットが、背後を通りかかった通行人とぶつかる。「すいません」と一言謝罪をし、ぶつかった通行人の顔を見上げた瞬間、パラットの目が大きく開いた。


「お前ら、なんで……」

「ガル、さん……」

それは間違いなく、二人の探していたガルだった。

 さっきまでよりも、町の喧騒が大きく聞こえた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あのさ、なんでこの二人なわけ?」

 エメラに合わせた早歩きを止めず、ガーネットはひたすらに不満を漏らし続ける。

「説明しただろ。せっかくこんな広い町に来たんだ。食料や衣服の調達をするのにちょうどいい」

「そうじゃなくて。盗みなら、人手が多い方がいいでしょ。わざわざ手分けする必要がどこにあったの?」

 パラットとリマにガル探しを任せ、この二人で盗みを働くというエメラの計画に、彼女は不満を抱いているらしい。

 自らまとめ役を名乗り出てから、エメラは事あるごとに主導権を握りつつあるが、少なくともガーネットは、その状況に疑問を抱き続けている。腕を組みながら歩き、分かりやすく徐々に増えていくため息。そんな彼女の疑問に対して、エメラが返す決まり文句はいつも「心配ない」だった。

 あの二人と別れてから、ずっと引き出そうとしていたエメラの本意がとうとう見られず、痺れを切らし、ガーネットは自分から彼に尋問を始めた。

「まさかとは思うけどさ、あの二人には盗みをさせたくないから、別行動にしたわけじゃないよね?」

「……」

「リーダーだからって、汚れ仕事は全部自分が背負えばいいとか、そんな馬鹿げたこと考えてないよね?」

「……」

「まあ、そんなわけないか。第一、それならあたしがこっちに来てるのはおかしいもんね~」

「いい加減にしろ」

 一欠片の愛想もなく、エメラは適当にそう返した。その横顔から、ガーネットは初めて、彼に人間味を感じた気がした。そしてますます、エメラという男の中に何があるのか、分からなくなっていった。

 彼はただの人間なのか。はたまた、空っぽの人形なのか。

 そこまで考えて、ガーネットは自分への皮肉に気づき、思考を捨てた。


 二人は、町の市場へと足を踏み入れる。食料、衣服、インテリア、宝石。あちらこちらで様々な屋台が賑わっている。屋台の奥でじっと本を開いている者もいれば、屋台の前で地べたに座り、通りゆく人々に声かけをする者もいる。

 途中まで歩いたところだが、盗みどころか、目移りする物すら見当たらないことに、二人は複雑な感情に襲われた。

「盗みって言うからなんかドキドキしてたけど、お世辞にも、裕福な町ってわけではなさそう」

「慢心は命取りだぞ。くれぐれも作戦通りに動いてくれ」

「あたしが色気を出して人々の目を引いてるうちに、あんたが食べ物をくすねる。重要なのは、あたしがちゃんと色気を出して、人々を釘付けにすること。最も、あたしがいつそんな色気を出したのかは知らないけど」

「何か不満か?」

「ええ!全部!」

 この二人は漫才でもしているのか?過ぎゆく人々が、ガーネットの大きな声にそんなことを思いながらすれ違っていく。

 そんな折、標的になりそうな店を探し、目を光らせていた二人だが、先ほどから双方が感じていた違和感にガーネットが切り出した。

「ところで、なんか様子がおかしくない?この町」

「正確には、様子がおかしい奴らが、うじゃうじゃ歩いてる」

 彼らがこの町に足を踏み入れてからというもの、同じ黒い制服に身を包み、腰に物騒なものを下げた男たちが、そこら中を歩いているのだ。リマたちと別れてからも、すでに十人とはすれ違っている。

 この町の事情は知らずとも、正直二人とも、あまりいい気分はしていなかった。

「さっき見た、あのねずみ小僧でも探してるのかね?」

「たかがねずみ小僧に、あんな奴らが動くか?」

 二人がそんな考えを巡らせながらゆっくりと歩いていた、その時だった。


「……なんだ?」

 突如聞こえてきたのは、けたたましい金属音による警報の音だった。

 エメラやガーネットだけでなく、通行人たちも思わず周囲を見渡す。だが、音の発生源を捉える前に、次に響き渡ったのは、頭上の方でガラスが激しく割れる音だった。

 二人が見上げると、目の前にあった大きな建物の三階の窓から、一人の人間が、窓をぶち破り飛び降りてきたのだ。その建物内から、先ほどからの警報音がよく聞こえてくる。

 危なっかしく地面に着地したその人物は、緑のボロボロのコートを身に纏っており、深いフードのせいで顔はよく見えない。ヨロヨロと立ち上がったその人物のもとに、四方からあの黒服の男たちが立ち塞がった。

「まさか、ねずみ小僧?」

 ガーネットがそう呟いたのも束の間。その人物は、唯一黒服の男がいない道。エメラとガーネットが立っているこちらに向かって、全速力で走り出した。

建物から出てきたスーツ姿の男が、「誰か!捕まえてくれ!」と大声で叫ぶ。

 フードの人物は、まさにエメラたち目がけて走ってくる。「どけ!」という声が聞こえた瞬間、エメラはその走ってきた腕を掴み、目にも止まらぬスピードでその人物を制圧し、あっという間に膝をつかせた。背中に腕を回されたフードの人物は、痛みのあまり思わず声をあげる。男の声だった。

「いや〜、ご協力感謝いたします。よもや、このグマネ商会を狙うとは、無謀な輩もいたものです」

「なるほど。商会の会長さんね」

 ベージュのスーツに、ワインレッドのネクタイを締めたその男は、黒服の男たちを従え、ゆっくりとこちらに歩いてくる。会長らしい背筋の良さとガタイだったが、笑顔はなんとも不気味だと、ガーネットは苦笑いを浮かべた。

「観念するんだな、ねずみ小僧」

 両腕を拘束したフードの男に、エメラは小さく語りかける。男は抵抗するかと思いきや、ずっと下を向いたまま、ただ擦り切れそうな吐息を吐き続けている。それはまるで……涙を堪えるかのように。

 やがてフードの奥から、「何でだよ……」という声が聞こえる。

何を考えたか、男が被っていたボロボロのフードを、エメラは皆の前で思い切り引き剥がした。

 その顔を見た瞬間、エメラも、ガーネットも、言葉を失うことになった。


「……ガル?」

「お前、どうして」

 フードの奥から現れたのは、彼らの最大の目的だった人物。他でもない、ガルの顔だった。

「よし、捕まえなさい」

 グマネ会長の命により、黒服の男たちが、一斉にゆっくりとこちらへ近づいてくる。

ガルの顔の青年は、エメラに掴まれた腕を、少しも振り解こうとしない。

エメラの視線は、掴んだ彼の右手の甲にあった。割れたガラス片によってできた傷口から、真っ赤な血が滲み始めている。

まもなく黒服の男が手を伸ばし、青年の身体に触れる。

という、その瞬間だった。


「!?」

 黒服の男の身体が、勢いよく後方へ吹っ飛んだ。エメラが咄嗟に前に出て、男の胸部に美しい蹴りを決めたのだ。思わぬ展開に、会長が震えた声をあげる。

「き、君!どういうつもりだ!」

「事情が変わった。行くぞ!」

 エメラの言葉に、青年は言葉も出ずに眉をひそめる。ガーネットもまた、立ちすくむことしかできない様子だ。

「なら仕方がない。力ずくだ!」

 会長の命により、黒服の男たちの体勢が一斉に変化。これ以上ない殺気が、エメラと青年に突き刺さる。

 次の瞬間、エメラの「走れ!」という言葉を合図に、青年は腕を掴まれたまま、エメラと共に後ろへ走り出した。追いかけようとスタートダッシュを決めた黒服の男の右足に、ガーネットの出した足が引っ掛かり、男たちは雪崩のごとく倒れていく。

「ごめんなさい!」

 ただの大声でしかない謝罪を残し、ガーネットもまた、エメラたちの後を追っていった。


 この通り。彼らの旅は、最高の幕開けを迎えたのだった。


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