55 では決めてしまおう
ヌレイグ・モンガルを迎えた公爵家は、スートレラ子爵に謝罪に行きたいというヌレイグの話を聞いて、なんなら茶会に参加した者たちも呼んで仲直りの会でもやっちゃいましょうというマーリアルの発案で、急ではあったが、選ばれた他の家族も一緒に昼食会を開催することになった。
とは言え、昨日の今日と言うわけにも行かず、モンガル父子は公爵家の滞在をさらに伸ばすことになった。
帰還が遅れると伯爵家へ連絡を入れたところ、父子の絆を取り戻すためにぜひそうしてくれと、罪悪感に潰されそうだった使用人たちから頼まれた、そう苦笑した伯爵にドリアンとマーリアルは
「じゃあ思いきってのんびりして行け」
そう言って了承させたのだ。
モンガル父子は滞在中は一つの客間で共に寝起きし、日中はこども同士、おとな同士。
ドリアンもいつもの慌ただしさを封印し、思い出の場所へ遠乗りや釣りなどを楽しみ、それを聞いたマーリアルは、身重でなければ自分もついていきたかった!と悔しがっていた。
ヌレイグ・モンガルが来て五日後。
急ごしらえであったが、無事昼食会の運びとなった。
出席者は、フォンブランデイル公爵家からドリアンとマーリアル、ドレイファス、ヌレイグ・モンガル伯爵とトレモル。
ランカイド・スートレラ子爵と妻エミル、令息カルルド。
ダルスラ・ロンドリン伯爵と妻ルマリ、令息アラミス。
ワルター・サンザルブ侯爵と妻イヴェル、令息シエルド。
マーリアルには、ちょっとした企みもあって、この顔ぶれだけに招待状を出した。
そう、ドレイファスの側近候補に絞り込まれたこどもたち。それぞれの父も一緒に。
四貴族の当主が、こんな急な昼食会に顔を揃えるのは、さすが公爵家の招待と言えよう。
先日会ったばかりの奥方たちは再会を祝して、当主たちは幾許かの緊張を伴って挨拶を交わし、案内されたテーブルについた。
「本日は急な声掛けであったのに、よくいらしてくれた。礼を言う。先日の我が家で催した茶会の仕切り直しをさせてもらいたいと、ささやかだが昼食を用意したので楽しんでくれたまえ」
乾杯のグラスを取ろうとして、大切なことを思い出す。
「あ、その前に。ヌレイグ、こちらへ」
「ヌレイグ・モンガルです。先日は茶会で騒ぎを起こし、参加された皆様に迷惑をかけて申し訳ございませんでした。
特に、ランカイド・スートレラ子爵様とエミル様、カルルド様には大変申し訳ないことをしました」
トレモルも一緒に、ふたりで頭を下げる。
スートレラ子爵は
「傷は残りませんでした。こどもも仲直りしたと聞いています。お子様が反省されたのであれば、我らも水に流しましょう」
そう言うと、にこやかに握手を求めた。
「では、みなさま!お食事を楽しみましょう」
これ以上、後を引く必要はないと見切ったマーリアルが給仕を再開させ、ドリアンが食前酒の乾杯の音頭をとった。
食事が始まると、みな歓談を始める。
それをマーリアルは油断なく見つめていた。
特にこどもたち。
こどもは別のテーブルで食事をしているのだが、まあまあがんばってお行儀よく食べている。
マーリアルの思ったとおり、ドレイファスと打ち解けつつ、完璧ではないにしても上下関係も理解もしている聡いこどもたち。今日はトレモルも落ち着いている。
そして。
「これおいしいね」
ドレイファスが給仕を振り返り、
「おかわりほしい。みんなのも持ってきてあげて」
「果実水、みんなにも」
そこまで細かくなくてもよいと思うが、給仕が訊ねてもこどもは遠慮しておかわりを言い難いだろう。それを察しているのか、ドレイファスは意外とまめに気を配り、世話を焼く。
弟妹は常に侍女がついているので、ドレイファスが何かをしてやることはあまりない。それはマーリアルが初めて見る息子の顔だ。
成長していることが見て取れ、いつしかマーリアルは最上の微笑みを浮かべて息子を見つめていた。
「マール?マーリアル?」
ドリアンに呼ばれて、ハッとする。
「そろそろよいと思うが」
そうだった!
マーリアルは今日の密かなイベントを思い出した。
「みなさまにお話がございますの」
食後のレッドティーが給仕されるのを待つ。
「本日お招きした皆様は、仕切り直しの他、お願いがございましたの」
ドリアンと頷きあい、続きをドリアンが引き受ける。
「前回の茶会は、ドレイファスの側近候補を見定めるためのものであった。奥方とこどもたちのほうが自然に話せるだろうと、茶会の体をとったのだ。今日招いたのは、勝手ながらこちらで候補に絞り込んだ者たちだ」
「え」
こどもたちは果実水に夢中で気づいていないが、親たちは顔を上気させるもの、戸惑う者と様々のようだ。
「それは、でも候補ということは変わることもあると?」
「もちろんありえる。先は長いからな。
まず最初に断っておくが私は今の時点では家格や家力を求めてはいない。ドレイファスをただ甘やかすのではなく、過ちは正すことができる気のおけない側近に支えてもらいたいと考えている」
親たちは真剣に頷いた。
「ドレイファスを支えるため、教育を受ける機会を用意する。貴族学院にあがるまで公爵家から家庭教師を手配するつもりだ」
「おお」と誰かの声が漏れる。
「将来はそれなりの職位についてもらわねば困るからな」
それは例え伯爵でも、金では引き受けてもらえないクラスの家庭教師に見てもらえるということ、公爵家嫡男の側近になっても恥ずかしくない職位に引き上げると言ってくれているのだ。
「ただし条件がある」
ゴクッ、と誰かが唾液を飲み込む音が響いた。
「まず、我が傘下でも傍系の場合は、公爵家が後見となる。そうすれば横槍を入れられることは無くなるからな。
それからもう一つは神殿契約だ。
まず親に求め、こどもたちは学院に入るまでに」
「え?神殿契約?」
思わず口を滑らせた者が数名いたようで、声が重なった。
「それは何か理由があるので?」
サンザルブ侯爵ワルターが手をあげて訊ねた。
「理由をペラペラ話せるなら、神殿契約はいらんのだ」
ドリアンの答えにワルターが苦笑する。
「ドレイファスの側近になるということは、将来公爵家の懐刀になるということだ。もちろんみなを信用したいと思うが、心情的なものではなく確約が必要だ。今はそれ以上話せないが、神殿契約を交わせば理由を明かそう」
「私共は問題ありません、今からでも神殿に行くことができます」
ワルターは血縁故か抵抗がないようだ。むしろ他の縁戚より繋がりが強くなることを求めている。
「そんなすぐに決めなくともよいぞ。さっきも言ったとおり時間はある」
ドリアンがわざわざ言ったにも関わらず、スートレラ子爵夫妻が手をあげた。
マーリアルが奥方のエミルにうれしそうに手を振る。マーリアルの話を聞いてとうに覚悟ができていたのだ。
ロンドリン伯爵もあとに続く。
せっかくこどもが掴んだ幸運を活かさない手はない。もともと傘下にある者たちで、その結束を神殿契約で固めようというなら応えようというくらいの気持ちだった。
秘密が明かされたとき、その重さに顔を引つらせるとは思いもせずに。
ドリアンは食堂をぐるりと見渡し、
「急いではいないと言ったのは私なのだが。こんなに皆がすぐ決めてくれるとは考えていなかった。
本当に感謝する。
してヌレイグは?どうする?」と問うた。
「え?ええ?私?」
ヌレイグは、トレモルが側近になれるとは思っていなかったので驚いて素のまま答えてしまった。騒ぎを起こした当事者としてここにいると。羨ましい話だが、自分には関係ないと。だから何も言わなかったのだが。
「あのなあ!当然だろう。そうでなければ、ヌレイグがいるここで話すわけがないわ」
なんと、ドリアンも砕けている!
それだけ気を許せる相手ということだ。
マーリアルもうんうんと頷き、にこにこしながら答えを待っている。
「そんな・・・迷惑をかけたのに?」
「おまえ、まだ言うのか。迷惑じゃないと言っただろう!いつまでもこだわるなよ。答えは?どうなんだ?」
ヌレイグは自分の涙腺がえらく脆くなったと感じていた。涙が溢れて止まらない。
「も、もちろん。よろしくお願いしま・・」
ワルターは貴族の男が泣くなんて!と目を見張っていたが、他の者たちはあたたかくヌレイグを見守っている。
「では、みんな。このまま神殿に行くか?」
ドリアンが笑い始めた。
マトレイドやルジーがケラケラ笑いと呼ぶ、楽しそうな、公爵の印象がガラリと変わる笑い方で。
こどもたちをプレイルームに放り込み、大人たちはドリアンが冗談で言った神殿に本当に向かうことになった。
急いで先触れを飛ばしてから、公爵家の馬車と客用の馬車を並走し、半刻ほど走らせる。
神殿では、今日は神官しかいないと詫びられたが、神殿長でなければいけないわけではない。
神殿契約を交わせればだれでもよいと告げると、若い神官はすぐ準備を整えてくれ、静謐な神殿で誓約を交わすことができた。
謝礼と、急がせた詫びにと小さな翠の石を渡した。公爵にとっては小さなものだが、売れば金になる。俗世を捨てたはずの神官はうれしそうに握りしめ、深い礼をして神殿へ下がっていった。
こどもたちのもとへ、また戻る。
公爵の新しい屋敷に戻ると、今度は応接室に通された。
皆が部屋に入ったところで、ドリアンが魔石に触れて結界を張る。
「ここまですることも必要もないと思いたいのだが」
そう言うとやっと、公爵家の、そしてドレイファスの秘密を話し始めた。
いつもありがとうございます。
週末になるべく予約をと思いながら寝落ちている己が情けないです。
●誤字報告くださった方、ありがとうございます。見かけましたらご指摘ください。
よろしくお願いいたします。




