45 グゥザヴィ兄弟
しとしとと小雨が降るのは、この季節の公爵領としては珍しい。気温が下がり、肌寒いため庭師たちも厚着をして部屋から出てきた。
今日は仕事は休みだ。
濡れると体調を崩すことが多い。薬師はいるが、高位貴族でもない限り医師にはなかなかかかれないので、無理をするのはやめようとみんなで決めた。
差し支えない程度なら、自分たちで休みを決めてよいと公爵からも言われている。
ミルケラが取り組んでいる水やり樽は難航していた。樽にある水を棒の先から雨のように降らせることがどうしてもできないのだ。
ドレイファス様と庭師たちにももちろん相談したが、これというアイデアは出なかった。
そんなとき、ミルケラの兄メルクルが騎士隊の遠征訓練で公爵領を通過すると便りが届いた。
七の日に公爵領で宿泊する!
「みんな、ちょっと頼みがあるんだが」
部屋で樽をこねくり回していたミルケラ以外は、みんな小屋の食堂で茶を啜っていた。
「兄が訓練の移動で三日後に公爵領に立ち寄ると手紙が来たんだ!会いたいので休みを取りたい」
タンジェントは、そんなの当たり前と言わんばかりの顔で、いいぞと答えた。
「兄は俺に大工仕事を教えてくれたんだ。できたら樽の相談をしたい・・・」
ん?と四人の視線が集まる。
戸惑いの視線・・・、タンジェントが切り出した。
「神殿契約があるから、それは無理だ」
「あっ!」
忘れていたのだろうか?ミルケラはハッとすると、自分の片手で額を打った。
「危なかった・・・」
みんなほっとした顔をしている。
「まあ、座れ」ヨルトラが椅子を引くと、モリエールが茶を淹れて渡してくれた。
「仲のいい兄上なのか?」
ヨルトラに聞かれるままにメルクルの人となり、こどもの頃からの話をとめどもなく続ける。
「兄上は本当は市井で大工か家具職人になりたいと言っていたんだが、剣技に才が認められて遠戚の辺境伯に目をつけられた」
そこまで話すと、不本意な道を選択させられた兄を思って肩を竦めた。
「ミルケラの兄上は、君にとって物づくりの師匠みたいな方なのだな」
モリエールが、わかるよと深く頷く。
ふっ!とタンジェントが悪いことを思いついたような顔を向けた。
「ミルケラの兄上、辺境伯の騎士隊に選ばれるほどなら、なぁ、うちの騎士団に引っ張ったらどうだ?神殿契約が必要だが、そうすれば何でも相談し放題だ!」
アイルムは、バカかよ!と言ったが、ヨルトラはいいんじゃないか!と言う。
ミルケラは・・・。
国境を守る危険な辺境伯領の騎士隊より、公爵領の騎士団の方が待遇も兄の安全も間違いなく上のはずだ。
「もし、そうできたらありがたい」
「そうと決まったらマトレイドに相談だ!」
「え?なんでマトレイド?」
「警備計画立ててるんだよ。あとロイダルに身上調査を頼まんと。ミルケラの兄上なら問題ないだろうが、離れていた間の人間関係などは調べなければならんだろうからな」
そう言うと、タンジェントはすぐミルケラの背中を押して屋敷へ誘う。
タンジェントの依頼は、マトレイドには渡りに舟のような話ですぐ乗り気になった。
今後新館ができることで警護対象が二手に分かれるが、どちらも十分な人数が必要だ。今の二倍近く騎士を増やさねばならないが、数合わせのような者はいれられないので信用のおける者。
モリエールたちより先んじてやって来たミルケラは、既に屋敷の中で信頼をかち得ている。
辺境伯の騎士隊に選ばれるというのもかなりポイントが高い。
タッドライル辺境伯の騎士団はとても大きいのだが、その精鋭が選抜されたのが騎士隊だ。それだけでかなりの腕前だということがわかる。身上調査で問題なければ、ミルケラに引き込ませればいい。
三日後に会う機会があるなら、最優先でロイダルに調査させようと、マトレイドは伝言鳥を飛ばした。
「はー?今俺どこにいると思ってるんだよ!タッドライル領に行けだと?マトレイドのくそがぁっ!」
王都にいたマトレイドは片道一日半かかるタッドライル領に馬を飛ばすことになった。
道中、汚い言葉でマトレイドを罵りながら。
しかし、タッドライル領での調査はサクサクとあっという間に終わった。公爵領に戻るのは間に合わないが、珍しく余裕を持って結果を飛ばすことができた。
さすがミルケラの兄だ。
剣技はかなり優れているが、常に腰が低く貴族としてはかなり純朴な男。時間があると騎士隊の寮の家具を直してくれるがそれがとても上手い、雑用も嫌がらない。要するにすこぶるいい奴ということだ。
浮ついたところがなく真面目な好青年だが、男爵家六男という出自からか、後ろ盾がないからか、縁談はいまのところない。
辺境伯は彼を気に入って領地へ連れて行ったが、縁組を薦めてやるほど重視しているわけではないらしい。
剣技以外は、まるでミルケラの身上調査のようだった。調査どおりなら、グザヴィ男爵家というのは子育てがうまいのかもしれない。
ロイダルからの伝言鳥を受け取るとすぐ、マトレイドはドリアンに繋いだ。
辺境伯の騎士隊を引き抜こうというのだから念のためだ。
「ミルケラの兄か?」
ドリアンは面白いことを聞いたという風に、片眉をあげてうっすらと笑みを浮かべた。
ドリアンの許可が下りた翌日。
ミルケラはメルクルたちが泊まる宿へ、馬を借りて出かけていった。
久しぶりに会う兄弟は、ふたりともよく日に焼けていたが、兄は一層鍛え上げられた筋肉が服の上からでもわかる。
額に深い傷があるのが前髪の間に見え、ミルケラは胸がチクリとした。
「メル兄、行きたい店があるんだが外に出られるかな」
「門限までに戻れば大丈夫だ」
マトレイドが、食事がうまくて個室でゆっくり話ができる店を教えてくれた上、公爵家で予約してくれた。必要経費だと、食事代も出してくれるという恐ろしくうまい話だが、必ず公爵家に連れて来い!とキツく言われている。
兄を連れて向かった食堂は、貴族御用達の高級そうな店という構えで、「フォンブランデイル家で予約をしている」と受付で告げると、メルクルの方が驚いていた。
料理は素晴らしかった。
公爵家の毎日の食事でも十分満足しているが。人生初がたくさん出てきて、兄弟とも幸せに打ち震えた。
「兄メル、騎士隊はどうだ?」
「うん、もう慣れてしまったが、最初は大変だったな。怪我も何度もしたが幸い死ぬことはなかった」
そう言うと、あっけらかんと笑い声を上げた。
ミルケラはメルクルに椅子を寄せ、顔を近づけると小声で話しかける。
「メル兄に頼みがある。どうしてもきいてほしいことなんだ」
いつにない真剣な弟の様子に、眉を寄せ
「なんだ?おまえの頼みならなるべくきいてやりたいとは思うが、無理なこともあるぞ」
兄の答えに一縷の希望を見出し、ミルケラは続けた。
「辺境伯の騎士隊を辞めて、俺と公爵家に仕えてくれないか?」
メルクルの目が点になった。
予想外の頼みだったのだ。
「そ、それはどういう?」
「今公爵家は新館を建てていて、今の本館を別宅にするんだが、警護の騎士が足りないんだ。辺境伯領より公爵家の騎士の方が俸給も高いだろうし、たぶんこちらのほうが危険も低いと思う。
それに時間がある時は俺の相談にも乗ってほしいんだ、来てくれないかな?」
メルクルは、顎に指をあてたまましばらく考えごとをしていたが、ようやく顔をあげた。
「そんないい話、断るやつはそういないだろうな」
ミルケラはパァっと笑って、ありがとう!と兄の手を握った。
「公爵家に仕えるチャンスなんて、そうはないからな。むしろ礼を言いたいくらいだよ。実家にも近いしな」
うんうん、ミルケラが大袈裟に頭を振るのを笑いながら見ていたが、
「退職には筋を通さなくてはならないから一月はかかるだろう」
「それは大丈夫さ。もし辺境伯がなにかごねるようなら公爵様が召し上げてくださるよ」
へ?メルクルの口があいた。
「公爵様はお仕え甲斐のある方だよ、兄上」
「騎士が足りないって言ってたな」
ああ、と答えが戻る。
「もうひとり、騎士隊から呼べるかもしれないが、どうだろう?」
「身上調査して問題なければあり得ると思う」
「では調査したうえでかまわないので、検討してみてくれ。俺の親友なんだ」
そのあとは、門限ギリギリまで妹の婚約者が決まらない話や長男の嫁の話など、家族の近況や思い出話で盛り上がった。
寮への手紙は検閲がある!というので、今後の連絡は伝言鳥を利用すると約束を交わし、機嫌よく暫しの別れを交わしたのだった。
屋敷に戻ったミルケラは、その足でタンジェントとマトレイドに報告と相談をした。
同じ騎士隊からふたり頂くとなると問題になりそうだが、時期をずらせば大丈夫だろう。まずは調査だ。
ロイダルはまだ辺境伯領の近くにいるだろうと、伝言鳥を飛ばして結果を待つことにした。
その日は酒を飲んで早く眠りについていたロイダルが、伝言鳥に起こされたのは寝入って一刻ほどのこと。一番気持ち良く眠っていたところだったのに。
「またかよ、くっそぉマトレイドめぇー!」
枕をに投げつけ、ひとしきり罵ってから布団を壁被って寝直すことにした。
考えてもしかたないのだ。
やるしかないのだから。
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