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44  爺・・・ではないが

 居心地よく調えられた部屋では、邸の女主人マーリアルがオットマンに足を乗せてソファで寛いでいた。

 さきほどメイベルが届けてくれたレッドメルを食べながら。

 シャクシャクした歯ざわりの紅い実は、甘く、溢れそうなほどの果汁。残念なのはなかなか手に入らないことと、忌々しい硬く小さな粒粒が入っていること。

これさえなければ、ガブッと食べられるのに。

 悪阻で食欲がなかなか戻らなかったのだが、久しぶりにお腹が空いてきた。


(採ってきてくれたタンジェントにあとで礼をしましょう)考え事をしていてマーリアルの耳に規則正しい音が聞こえる。


 シャクシャクシャクシャク・・・


 間断なく響くその音に横を向くと、隣に座ったドレイファスが無心の表情でレッドメルを食べ続けていた。


「あらいやだ、私のレッドメルが!」


 皿を取り上げようとしたが、ドレイファスは最後のひと切れを急いで口に放り込んでニッコリ笑う。


(やられた・・・)


 呆然とするマーリアルをメイベルが、


「まだ庭にありましたから、タンジェント様に分けていただきましょうね奥方様」と慰める。


 ドレイファスはペリルと同じくらい好きなものを見つけた!

もちろんレッドメルだ。美味しすぎて、顔に紅い果汁を滴らせて母の分まで全部食べた。粒粒は、噛まずにプップッとお皿に吹き飛ばしたら、母に怒られた。




(タンジーがまたくれるかもしれない。そういえばペリルがそろそろおおきくなってきたから、あれもまたたべられるかも!

庭でヨルトラ爺とペリルがおおきくなるのを見るのがたのしい!


 ヨルトラ爺ってなんでもおしえてくれるし。ルジーとタンジーとミルケラの次に好きだな。


 それにしてもレッドメルってほんとにおいしいよ!毎日でも食べたいな!)




 その夜、ドレイファスはレッドメルの夢を見た。

正確にはレッドメルとよく似たもの。レッドメルは真っ黒いまんまるだが、夢の中のそれは緑のまんまるに黒いシマシマがあった。

夢の中で、レッドメルのまわりにおとな数人とこども、全部で六人ほどが囲んでいる。

長いナイフでカットすると、中から紅い果実と黒い粒粒が現れた!


こどもたちがかぶりついてもぐもぐと口を動かしたあと、粒粒をペッと吐き出す。


うん、やっぱり粒粒はそれでいいんだよね!


おとなたちは、紅い実を食べながら粒粒を笊に吐き出していく。

食べ終わると、笊ごと粒粒を洗って拭いて!笊をもう一個かぶせて外で干した!


何で?

なんでどうして粒粒なんか洗って干すの?

でも誰も答えてはくれない。

ここはドレイファスの夢の中だから。




珍しくメイベルに起こされるより早く、朝日の眩しさに目が覚めたドレイファスは、ルジーを呼んだ。


「ルジー!」

「おはようございます、ドレイファス様」


メイベルが来た。


「ルジ」

「ご挨拶なさいませ、坊ちゃま。お は よ う ご ざ い ま す っ !はいっ!」


「おはよ、メイベル。ルジー呼んできてほしいの」


「お顔洗って、お着替えが先ですわ」


グズってみせても結局メイベルには叶わず、着替えのあと漸くルジーがやってきた。


「ルジー!レッドメルなの!粒粒ぺって」

「おはようございます、ドレイファス様、落ち着け!レッドメルがどうした?」

「夢でね。粒粒ぺってしてね。その粒粒洗っておそとにおいたの。なんで?」


 いや、なんでって、なんの事だかこっちが聞きたいところなんだがな?と胸の中で思いながら、「ヨルトラの爺のところに行こう!」とドレイファスを荷物のように小脇に抱えて庭へ向かった。




 庭師たちの朝は早い。

五人は外でそれぞれ、庭園の花の世話、畑の世話、畑の記録と分担して動き回っている。

 タンジェントが丹精込めた庭園も、次の季節からはこれ以上の花の移植は行わず、畑を拡張していく予定だ。

 新館に庭園が必要なので、こちらから移して新館を整えることにしている。


 タンジェントは作業小屋から庭園を見渡し、以前の自分なら考えられないなとクスっと笑った。


 今は畑に夢中だ。

野菜や果実、それは大地の営みにより与えられるものであり、人が育てると考えられてはいなかった。


 まだなんの結果も出せていない。

でもそれをやっている別の世界があるなら、ここでもやれるはず。

 タンジェントの誰にも作れない庭を作るという夢は、誰にも作れなかった畑を作るに変わったのだ。

 仲間もいる。公爵家の使用人たちからドレイファス団と呼ばれ、秘密を共有する特別な仲間。


─ドレイファス団か、悪くない。むしろうれしいくらいだ!


 そう小さく呟くと、朝のまだひんやりした風を頬に受け、麦わら帽子をかぶり直して畑に戻って行った。




 小さな主がやってくると、いつもならタンジーと飛びついてくるのだが、今日はヨルトラを呼びながら護衛に抱えられてやって来た。


「ヨルトラ爺!」


 爺と呼ばれているが、ヨルトラは40歳だ。亡くなった妻との間に子はいなかったので、弟子がこども代わり。

 いままで屋敷を支えてきた年長の使用人たちは、ドレイファスの祖父母である先代公爵が別宅に移る際に連れて行ったため、この屋敷の中でいま一番の年長者は四十代のヨルトラになる。

 そのために爺と・・・。

しかし、ヨルトラは嫌ではなかった。むしろ好んで主を膝に乗せ、聞かれるままに己の知識を与えている。


 他にはないヨルトラ・ソイラスだけの庭園を作ると躍起になって生きてきたが。

 自由に歩く力を失い、代わりにこの穏やかなのにスリルと興奮に溢れた毎日を手に入れた。

 幸運のもとでもあるかわいい主を溺愛する好々爺と成り果てたが、これが存外幸せなのだ。


 主の成長を側で見守り、彼が知りたいことはなんでも答えてみせよう。そう思うようになってから、ヨルトラは資料室の紙綴りを借り出して学ぶようになった。

 植物についてだけではなく、いままで関係ないと嘯いて無視してきた国の政治などでさえも。ヨルトラが勉強を始めたのを見て、マトレイドも影響を受けた。そこからどんどんと広がり、今公爵家の使用人の中では自己研鑽が流行となりつつある。ヨルトラが始めたことが本人の預かり知らぬところで、公爵家の使用人たちをさらに磨かれた精鋭部隊に成長させていた。


 さて。

ルジーに抱えられたドレイファスが、ヨルトラの前にストンと下ろされた。


「また夢見たようなんだが、俺にはなんのことかわからん。聞いてやってくれ!」


 投げやりな口調だか、ルジーの右手は主の金髪を撫でくり回して可愛がっている。

ヨルトラはすぐ、近くの椅子を引いて座らせ、話を聞き始めた。


「レッドメル食べてペッして洗ってかごにいれておくの」


息継ぎせずに一気に話したこどもの話はわかりにくい。

しかしヨルトラは冷静にメモをとっていた。


「レッドメル食べて、ペッというと黒い粒のことだな。それを洗って?かごにいれておく?

一つ一つ確認していこうか、いいかなドレイファス様?」


 気の済むだけ喋り、水やりをして回るとドレイファスはおなか空いたーとぐずって、またルジーに抱えられて屋敷へと戻っていった。


 庭が静けさを取り戻したあと、ヨルトラは食堂へ戻って昨日の食べかけのレッドメルを手に取り齧り始める。


シャクシャク、ペッ。


 もちろん聞いたとおりに粒はかごに吐き出す。

これを洗うのか?

洗ったあとは食べるのではないだろうな?

疑問を頭に浮かべながら、粒を洗ってかごをかぶせ置いておく。

この作業になんの意味があるんだろう?


 ふと、この前弾けて中身が落ちたトモテラを思い出したので、トモテラの粒も拾って洗っておくことにした。


「ヨルトラ様、どちらへ?」


 モリエールが気づいてあとを着いてくる。

 最近モリエールは、漸く師匠ソイラスを名前呼びするようになった。他の庭師や使用人たちが名前で呼んでいるのだから構わないと言っても畏れ多いと固辞していたのだが、とうとうヨルトラ本人に鬱陶しがられて。

 師匠を敬愛するモリエールにとっては、超えてはならない一線だったが、すっかり慣れたらしい。


「ドレイファス様が、粒を洗って外に置いておく夢を見たそうでな。確かトモテラの実が弾けたときに粒が落ちただろう?あれも洗ってみようと思うのだ」


 では私が!とモリエールがトモテラが枯れた周辺を漁り、粒を探しだす。中には黴びた物もあるが、とりあえずすべて洗ってみることにする。ザルごと水を張った樽の中で洗うと、黴も取れたようできれいになった。


ヨルトラが濡れたザルを受取ると、小屋の庇の下に置いて、もうひとつザルを取ると蓋のように被せ、乾くまで置いておくことにする。

乾いたら・・・どうするんだろうな。

いや、本当に食べ・・・るとか?


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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