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28 新しい庭師

 モリエール・ソラスとアイルム・マインザールが公爵邸へやって来たのは、作業小屋の拡張工事が終わった十日後だった。


 本当は大工に各部屋の扉と窓を、家具職人に寝台や机、椅子を作ってもらう予定だったが、ミルケラが干してあった間伐材を使い、ひとりで作り上げてしまった。

 畑はまだそれほど大きいわけではないので、時間は十分にあったから。


 倉庫はそのままで、男四人の個室が新しく作られ、タンジェントがそれまで使っていた部屋はテーブルを置いて、みんなで打ち合わせなどもできる食堂となった。


 職人に頼む金がまるっと浮いたので、タンジェントは四人分の寝具を新調することに。

 ミルケラが持ってきた布団がとても布団とは言えない代物なのを見て、体が資本の庭師なのだからそこは金をかけてやりたいと相談すると、マドゥーンも当然だと賛成してくれた。

 これ以降、公爵邸では寮に布団が無償で支給されるようになったが、タンジェントのお陰だとは誰も知らない。



 モリエールとアイルムは約束の時間にほぼ同時に屋敷に到着した。

 執事に呼ばれたタンジェントが迎えに行くと、ふたりとも小さな荷物を持っただけでずいぶん身軽にして来たようだ。まあ、寝具はいらないと言ったからかもしれないが。

 二人を連れて庭へ戻ろうとすると、マドゥーンが夜なら公爵に面会できると教えてくれた。

夕食後に、ミルケラも一緒に面会の約束を取付けて。


 屋敷の裏口を開けると、タンジェントが丹精こめた庭園が眼下に広がる。


「うわぁ、さすが公爵家だけある!」

「ああ、素晴らしいな」


 誉められて悪い気はしない。


「ここの庭園と裏庭・・・と、新しく建てられる屋敷の庭園が仕事場になる。誰がどこを担当するかなどはこれから相談だ。まずはみんなの部屋に案内するので荷物の整理をしてくれ」


 小屋の裏口から入ると、ミルケラが茶を淹れて待っていてくれた。

それぞれ自己紹介して握手を交わし、ミルケラがアイルムとモリエールをそれぞれの部屋へ連れて行く。


「へえ、作業小屋に部屋をって聞いてたから、もっと本当にアレかと思ってたんだが。新しい個室だしきれいだ!」


 アイルムがうれしそうに見回しながら言うと、隣の部屋に入ったモリエールも顔を出し、


「寝具はいらないと言われたが、新品を用意してもらえるなんて信じられない!」

美しい顔でにっこりした。


「前は食堂にする部屋と倉庫しかなかったんだが、ミルケラとふたりで木材を組んで増築したんだよ。家具はミルケラが作ってくれたんで、予算が浮いたから寝具が買えたんだ。礼はミルケラにな!」


 タンジェントがミルケラを誉めると、照れくさそうに頭をポリポリと掻いて俯いた。


「それで今日の予定だが。荷物の整理が終わったら居間でここでの仕事について説明をする。そのあと、日が落ちる前にご嫡男ドレイファス様が来ると思うので紹介しよう。

夕食を屋敷の食堂で食べたあと、ドリアン様に会うことになっている。落ち着いたらに食堂に来てくれ」



 タンジェントが扉と窓を開け放して、作業小屋の食堂となった部屋から庭園と畑を見下ろし待っていると、アイルムたちがやってきた。

ミルケラが作ってくれた新しい椅子に座り、窓から畑を眺めると。


「あれは・・・ペリルがどうしてこんなところに?庭に群生地?」

アイルムが気づき、モリエールも身を乗り出す。

「それについては、いまから話すよ」


 ドレイファスのカミノメのことは、まだやんわりぼかしている。自分が、夢の話で俺を動かすのかあ?と腹ただしく思ったから。三人にはもう少しドレイファスとの関係が強くなってからと思っていた。

 今話してもよいと思っていることだけではあるが、ミルケラに話したときとは違い、ふたりはひとつひとつ消化しながら聞いてくれた。落ち着いているわけでも冷静なわけでもない。食いつき気味に質問し、瞳は興奮してギラついてさえいる。

 面談したときから、きっとこのふたりはそれを非常識という言葉では括らず、新しい挑戦と捉えてくれるのではないかと思っていた。


「なんてことだ!ソイラス様が知ったらさぞ喜ばれたはずだ!共に携われないことが残念でならん」

「俺は師匠の息子に負けて外に出されたと思っていたが、むしろ幸運だったかもしれんよ!今、ここに居られることが最高にうれしいぜ」

「ペリルを見せてもらっても?」


 モリエールは待ちきれないように、外に飛び出して目指す畑の側に座り込む。土に触れると、指先で土の感触を確かめているようだった。

 今度はペリルの葉と茎、花などひとつひとつに時間をかけて触れていく。

 少し離れたサールフラワーも同じように、花や葉、そして根元の土に。

 漸く顔を上げたかと思うと頬を紅潮させ、すごいぞ!と土を握った手が震え始めた。


「ああ、師匠!師匠とこれを話したい」


 独りごちて、モリエールはハッとする。


「そりゃ、神殿契約も結ぶわけだな」


 アイルムも、モリエールの独り言に反応して、そうだなと頷く。


「よかったらソイラス様についてもっと教えてほしいんだが」


 モリエールの呟きに興味を引かれたタンジェントは、小さな声でモリエールに訊ねた。

 四人の男たちは仲よく畑のふちに座り込み、モリエールの師匠ソイラスの話しを聞くことにする。

 アサルティから来た、面談した庭師のうち二人は彼をあまりよく言わなかった。奇想天外と言われた男。


「ソイラス様は、とても自由闊達な方だ。

貴族の庭とはこうあるべきという形より、心が求める美しさを大切にするよう、それが樹でも岩でも枯れ枝でもよいと。


 一般的には、私たち庭師は山や森から花木を採取して庭へ植え、枯れたら抜いてまた新しい花木を採取して植えるをくり返す。

枯れたものなど貴族の庭に相応しくないからだ。

 しかし、枯れて色づく葉を美しいと思った師匠はそれをそのまま残したいと考えた。それまでは自由にやらせてくれた伯爵も代替わりされ、許されずに叶わなかったのだが。


 山や森では冬に枯れた木も、春にまた芽吹く。なぜ庭園では枯れたら棄てねばならないのか。同じ場所で冬を越させることができたら。


 それができる森と、できない庭の違いは何か。そういう話しをいつもされていて。

先代伯爵に呼ばれた方で、先代様からの御言いつけがあったので多少自由すぎても守られていたのだが、先代様がお隠れになられたあとの当代伯爵からは疎まれてな。解任すれぱよかっただけなのに、伯爵の庭園に勝手な庭木を植えるは当主への裏切りなどと意味わからぬ罪を問われて足を斬られたのだ」


 アイルムが、ひゅっと口を鳴らした。

タンジェントは身じろぎ一つしない。

ミルケラは・・・ただおとなしく聞いていた。


「ソイラス様は伯爵に?なんということだ!相容れぬくらいでそこまでやるか?」


 懐深く仕事を任せ、環境を整えてくれるドリアンの元にいる自分は幸運だと思ってはいたが。世の中にはそんな主もいるのか!と驚愕し、そして才能を潰す行為に心底憤った。


「今ソイラス様はどうされているのだ?」

「兄上が小さな領地を守られており、療養がてらそちらに滞在されている」


 ロイダルに調査を頼んだが、その後どうなっただろう・・・


 タンジェントは、ソイラスという男に会ってみたくてたまらなくなった。師匠を若くして失った自分は、師匠などいらぬほど自力でやれると思い上がったこともある。しかし今は、自分より知識と経験があり、大きな視野を持つ先輩を心から求めているのだ。

 ソイラスこそがぴったりな気がしていた。

(とりあえず、ロイダルを催促しよう)


 みんなが、ソイラスへの同情を隠せずに重い空気が漂い始めた時。


 タイミングよく天使が降臨した。


「ターンジー」

「来た来た」


 タンジェントと男たちが声に振り返ると、小さな主が手を振りながら駆け寄ってきた。

ルジーと、グレイザールたちも一緒だ。


 ミルケラが手を振っている。もうすっかり慣れて仲良くなったのだ。

 ただドレイファスが抱きつくのはいつもタンジェントだが。


「ドレイファス様、新しい庭師を紹介します」


 アイルムとモリエールに手を向け、名を告げると、それぞれ名乗りと自己紹介をした。


「よろしくに」


 モリエールはこう見えて、可愛いものが大好きだ。まだときどき舌足らずになる小さな可愛い主が大いに気に入って、美しい顔を綻ばせた。


 アイルムは、ちっさくてかわいいなと思ったが、そうは言っても公爵家嫡男だからと礼を尽くし、深く頭を下げた。


「俺は護衛のルジー・バルモンドだ。ルジーと呼んでくれ。あちらは公爵家次男のグレイザール様と侍女のリンラ嬢だ」


 リンラはグレイザールを抱いていたので、軽く会釈をし、グレイザールは新たな男たちが現れたことでまたお兄様を盗られてしまうと膨れ、行儀悪くそっぽを向いている。


 そんなことに頓着せず、ドレイファスはさっさと水やりを開始した。


 新しい庭師たちはミルケラと同じように、ドレイファス自らの水やりに驚いていたが、その丁寧で優しいペリルへの心配りに感動を覚え、小さな主への愛情が芽生えたのだった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


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