19 公爵、報告を受ける
作業小屋の窓から朝日が射し込んだ。
タンジェントは眩しさに目を擦り、そろそろと起き上がる。
ベッドから見えるテーブルには小さな樽と細い棒切れが転がっているが、昨夜眠気に負け、やりかけで投げ出したようだ。
陽射しが暖かい。
窓に嵌め込まれた石ガラスは完全な透明でないが、ガラス越しでも外の景色や陽射しがもたらす温度、明るさはわかる。
石ガラスはその名の通り、透明度と耐久性が高い石を薄い板状に切り出したもので、鉱山から発見されてから城や貴族の屋敷に普及した。
本来なら作業小屋になんて贅沢過ぎるが、小さすぎて半端だと捨てられそうなのをいくつか貰ってきてフレームを作り、嵌め込んだ。
平民の家の窓には石ガラスはない。窓はくり抜かれたまま、上から格子戸を下ろしている。
隙間風も入りやすく、家の中は暗く寒いと聞いた。
スライムの小屋か・・・
もし本当にスライムから石ガラスのように透明な固い材料が作れたら、平民でも温かい家に住めるようになるかも知れないな、とガラスの向こうの太陽に思いを馳せていた。
─コンコン!
「おーい、タンジーいるか」
予想より早くルジーが来た。
モソモソと起き出して扉を開けると、朝から元気いっぱいなルジーがドヤっている。
「おはよう」
「はよっ。ドリアン様の面会が昼食後に決まった。朝は登城されるので、帰り次第になるらしい。昼食べたら待機しててくれ」
「わかった」
タンジェントが、ふわぁーと欠伸をするが、ルジーはまったく気にせず続ける。
「昼、一緒に食堂でどうだ?」
「ああ、その方が行き違いにもならないし、いいかもな」
「じゃあ、あとでな!」と疾風のように去っていった。
昨夜の酒のせいか、朝食を食べる気分ではない。庭園とペリルの見回りをしてから、時間まで昨夜のアレをやってみるか・・・
いつもの麦わら帽子を被り、作業着を羽織った庭師は顔も洗わずに庭園へと出ていった。
庭の花園を一周り世話してから、植え替え前のペリルの株、茎を一本づつ鑑定する。
─やはり四本はダメなようなので抜いてしまおう。他は鋭意成長中だ。よしよし─
次はペリル畑の土と、移植したペリルを鑑定していく。
どれも昨日と変わらない。まだ二日だから現状維持なら問題ない。
タンジェントはふと、花の移植でもこんなに細かく確認したことはなかったと気がついた。
自分で思っている以上に、ペリル畑に対し熱くなっているようだ。
─でもそれも悪くないな。
毎日のほんの少しのペリルや自分の成長が嬉しく楽しみになっているのだ。
むしろ花にももっと、手をかけてやるべきだったとも今はわかる。庭師としての自分は半人前にもなれていなかった。でもこれから成長すればいい。たくさん失敗しながら。
高くなってきた陽射しを避けるように作業小屋へ戻り、水やり樽の改良に手を付けたが、どうも進まない。樽に棒をさした隙間から水が溢れるだけ。棒の役割がわからないのだ。
穴掘り棒がうまく行き過ぎた。
時間をかければ何か閃くかもしれない・・・と一旦保留にする。
時間はまだ昼には早いが、たまには屋敷の面々と世間話もいいだろうと、早めに食堂へ向かうことにした。
タンジェントがきれいな敷布に包んだ穴掘り棒を抱えて屋敷の食堂に入ると、もうだいたいの準備が終わり、ボンディが食堂のカトラリーをチェックしていた。
「お疲れさま。今日はこっちでもらうよ」
「あれ!久しぶりだな」
「ああルジーと約束があって」
話しながらボンディは厨房と食堂を行ったり来たりしている。
「あっ、それもっとしっかり水を切って」
ボンディが厨房に向かって声をかける。それにつられて、ひょいとボンディの背後から厨房を覗いた。下働きの少年がザルを振って、中の物の水気を飛ばしている。
飛んでいく水滴を見ていて、あることに気がついた!
タンジェントは発想力の豊かな庭師だ。その力は植物以外にも遺憾なく発揮される。
例えば今。
そうだ!小さな器で水をやるときは土が流れないようそっと回しかける。でも雨のように小粒でパラパラ振り落ちれば土はそう流れない。例えば樽に穴をくり抜いてザルをつけたらどうだろう?
すぐやってみたいが、ルジーとの約束の時間だ。また夜にでもやってみよう。
昼食の時間になると、わらわらと侍女や侍従、下働きなどが交代でやって来る。
その中に、マトレイドとカイドたちが。少し遅れてルジーがやってきた。
一つのテーブルを男たち六人で囲む。
ちょっと暑苦しいかも知れないが。
「昨日はすまなかったな」
「あんな楽しいマトレイドは久しぶりだった」
事情を察したカイドがくつくつ笑っている。
「カイドやハルーサは、タンジェントのことは?」
「顔は知ってるんだが」
「じゃあ紹介しよう」
軽い羞恥心から立ち直ったマトレイドが仕切って、ラインは違うが同じことに関わるチームの仲間としてタンジェントを、そしてカイドとハルーサ、ロイダルを紹介した。
「食事のあとはみんなで資料室に行って、ドリアン様が戻られるのを待とう。マドゥーンが知らせてくれることになっているから」
食事中は他愛ない話をした。
普段ひとりで植物とだけ向き合っているタンジェントは、チームの一人として迎えられたことが意外で、とても新鮮で、とても楽しかった。
資料室に行くと、話の殆どはカミノメについてだ。もちろん興味は尽きない話だが、タンジェントは書棚に置かれた一冊の紙綴りに釘付けになった。
『貴族の庭園づくり』
作者は今の王城庭園の専属庭師ワイル・ソナードラだ!マジか?読みたい!
「あのっっ!」
「何かね?」
すっと立ち上がると、あの紙綴りを書棚から抜き取り、カイドに差し出した。
「この本を読んでみたいんだが」
ドリアン様の蔵書だから恐る恐る言ってみたのだが、チラッとタイトルを見ただけで、いいぞと簡単な答えが戻ってきた。
「え、いいのか?」
「別に構わないぞ。利用する者は少ないが、屋敷で働く者の研鑽のためにドリアン様が集められたものだからな」
タンジェントが「ありがたい!」と小さな声を零し、紙綴りを抱きしめる様をルジーが気持ち悪そうにチラ見した。
─コンコン─
扉が開き、マドゥーンが顔を出す。
「ドリアン様がお呼びだ」
マトレイドとカイド、ルジー、タンジェントが立ちあがり、執務室へ向かう。
「ドリアン様は食事は済まされたのか?」
「城で召し上がったそうだ」
庭師のタンジェントが公爵の執務室の中に入ることはない。初めて屋敷に連れられてきた日に挨拶に上がったきりなので、ひどく緊張していたが、ルジーが背中に手を当ててくれた。
ありがたい!タンジェントは感謝したが、公爵が苦手なルジーがみんなの後ろに隠れるように入りたかっただけだったりする。
それはさておき。
今日の執務室は公爵のドリアン、執事長のマドゥーンとマトレイド、カイドに初参加のルジー、タンジェントが詰め込まれて、かなり狭苦しい。
ドリアンは部下たちが立っているのが鬱陶しいなと感じ、話が長くなりそうなのでみんな座るようにと指示をした。その結果、マドゥーン以外はソファにちんまりおさめられた。
まずはマトレイドとカイドが、メイザー公について調べたことを報告した。ルジーとタンジェントは昨夜聞いたことばかりだ。
一段落つくと、公爵がルジーに声をかける。
珍しくルジーが緊張しているようだ。
「ドレイファスとはうまくやっているようだね」
「はい、ありがとうございます」
「これからも頼む」
そして公爵の黒い瞳がタンジェントを見た。
「君はロズ・モイヤー男爵の子息タンジェントだね」
まさか末端の文官に過ぎない父との繋がりも把握しているとは思わなかったため、一気に緊張感が強くなり、顔が真っ赤になった。
「ルジーもタンジェントも楽にしてくれ。緊張して大切なことを忘れられては困る。ははは」
わ、笑えない・・・・・。
むしろ二人はカチカチのカチカチになった。
「ええと、私も昨夜話を聞いておりますので、ともに報告をしても?」
マトレイドが助け船を出してくれた。
「タンジェントはドレイファス様が夢見したベリルの移植に取り組んでいます」
「ベリルを?なぜ?森に生えているではないか」
「ええ。確かに森にたくさんあります。
私たちは作物が生えている土地を畑としますが、違う世界ではたぶん畑を作っているのではないか?と考え、同じようにできるか試すためです」
「タンジー、土と茎と畑の話を」
マトレイドに求められた昨夜の話をした。
「畑が作り放題か。それは・・・実現した場合、公爵家の立ち回りが些か難しそうだな。うまくやらねば間違いなく王家から目をつけられる。でも領地の繁栄、ひいては国の繁栄のため、やらぬという選択はない」
ドリアンは慎重な性格だ。
「まずは、マトレイドと話したように実証を重ねてくれ。結果を焦らず、時間をかけて」
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