先輩
「久しぶりだな、狩野。 元気してたかー」
あっけらかんとした言葉使いとは裏腹に、その行動は常軌を逸している。
ナイフで俺の脇腹は刺され、血が手のひらを伝う。
先輩が言った、柳沢とは一体何者なのか。
「柳沢さんは、俺の先輩だよ」
先輩がか細い声で言う。
「先輩の先輩…… ですか?」
どうやら、IT企業の別部署にいた奴らしい。
俺とは面識が無かったが、狩野先輩とは深い付き合いのようだ。
柳沢は、筋張った頬に、ギラギラとした目を見開いて言った。
「俺とお前はいっしょーあの会社で奴隷みたいに使われるハズだったよなー。 ……それがよぉ…… 裏切りやがって」
軽いトーンの喋りが、突然豹変する。
殺意に満ちた暗く低い声が、喉の奥から響き渡る。
「お前だけ逃げられると思ったかよ。 お前も俺も、この世の全部を恨みながら生きていくんだよ」
「この、ストーカー野郎が……」
先輩曰く、会社を辞めてからしばらくつきまとわれたが、引っ越してからは撒けていたらしい。
だが、恐らく駅前で盛大に宣伝していた為、柳沢の目に止まり、居場所を突きとめられたのだろう。
(……くそ、結局、ここまでか)
諦めかけた時だった。
「……お前は死んだらダメだ。 カレー主はどうなるか分かんねーけど、ここは俺に任せろ」
「どうする…… つもり、ゴホッ」
口の中が鉄の味になる。
致命傷に近い傷を受けて、意識が遠のきそうになる中、先輩が続ける。
「勝手にこんなことしたら、閻魔様からどんなペナルティ食らうか分かんねーけど…… おめーを元の体に戻す」
……!
どうやら先輩は、カレー主の命を救う、という閻魔様とやらから出された課題を無視して、俺の魂を元の体に戻すつもりらしい。
だが、今それをやれば、先輩は傷を受けた状況でこの男と対峙しなければならない。
「せ、せんぱ……」
まともに声が出せない。
俺が最後に見たのは、血だまりの中、辛うじてその場に立っている先輩の背中だった。




